岩田康成
『社長になる人のための決算書の読み方』



 いや、別に社長になるわけじゃないけど。

 労働組合のナショナルセンターのひとつ、全労連(&労働総研編)が出した今年の『2005年 国民春闘白書』には、「企業通信簿」が登場した。日本経団連の「政党通信簿」の逆バージョンだ。
 従業員の増減、勤続年数と男女格差、労働・公害訴訟の有無、政治献金の有無、天下り役員数、一人当りの内部留保、昨年の賃上げ結果、などを項目にして点数をつけている。

 どこがトップでどこがビリだったのかは、買ってみてのお楽しみ(学習の友社)。

 CSR(企業の社会的責任)を問う流れのなかで、大企業がその責任を果しているかどうかを問うというのは、労働運動が今後もっと力をいれていかなければならない問題の一つだと思われる。

 環境などのNGOに参加している友人が、企業の環境面からの会計にかかわっていて、このCSRの角度からの企業会計や決算の話をきくけども、ぼくはしろうとなのでちんぷんかんぷん。
 そういうものはどこで読んで勉強したらいいのかなあ、と思っていたら、出版社につとめている自主ゼミ参加者から「あの、『社長になる人のためのナントカ』っていうシリーズがでてて、あれがいいんじゃないすか」とすすめられた。

 で、読んでみたわけです。

 えーと、それでこの『社長になる人のための決算書の読み方』ですが、結論からいえば、大変わかりやすく、入門中の入門としてはよろしいのではないかと思った次第。
 第1講から第5講まであって、「企業の研修会での講師と参加者の対話」という形式で書かれている。ぼくは、本書についていえば、この対話という形式がかならずしもその特性をいかしきれていないのではないかと思うのだが、その形式とは別に、書いてあること自体はわかりやすいものだった。

 ひとことでいえば、概念の定義集である。

 そして、その概念がわかると、経済新聞などに登場する企業決算の記事のなにが読み解けるのか、ということをごく簡単にふれていくというやり方だ。
 どんなものであっても、日常の現象(ここでは新聞記事)が読み解けるようになるということは、小学生がそうであるように、大いなる快感にはちがいない。決算にかかわる用語が出てくると「あーッ」とかいって、記事から目をそむけることは少なくともなくなる。

 第1講「会社はドラマの舞台です」は、「予算は政治の顔である」という言葉に似ていて、すなわち会計や決算には、その企業でどんな「ドラマ」がおきているのかが色濃く反映されている、という話である。要は、無味乾燥な数字のカタマリなどではないのですよ、ということ。正しい。

 第2講「決算書を読んでみよう」では、損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書を実際に読み解くこれが本書の本体であるといってよい。
 ぼくが新聞を読んでいてわからなくなるのは、企業の「もうけ」とは一体どの概念なのか、ということである。「粗利益」「売上総利益」「営業益」「経常利益」と、さまざま出てくる。
 そのあたりを解説するのである。たとえばこんなふうである。

鈴木 粗利益とか売上総利益というのがありますが、これはどういうものですか?
 丸山 売上総利益は売上高から売上原価を引いた利益をいいます。製造業では製造原価、小売では仕入原価を差し引きます。
 鈴木 ということは、ここに製品、商品なりのコスト競争力、収益力が表れると考えてよいのですね?」

新庄 営業利益ですか……営業利益とは売上総利益から販売費及び一般管理費を引いたもので、本業が稼ぎ出した利益のことです。
 丸山 ちょっと待ってください。販売費、一般管理費とはどんな費用ですか?
 新庄 本社や支店、営業部門、管理部門でかかった費用、研究開発の費用が含まれます。さらに、運賃や保管料も入ります。
 丸山 はい、オッケーです。したがって、会社の本来のビジネスが稼いだ利益、儲けを表します」

 こんな感じ。
 こういうことを日常的に扱っている人には常識すぎてあきれるかもしれないけど、それを誰もいってくれないし、難しい専門書を読まないといけないのかと思っているので、こういう説明はそれなりにありがたいわけですよ。
 そして、日経の02年7月26日付の「ソニー営業益519億円」という記事を実際に読み解いてみせるのである。

 第3講は「経営分析を学ぼう」。
 ここは、第2講で学んだ概念を基礎にして、それらの決算書の項目をたしたりひいたり、かけたりわったりすると、その企業の何(成長しているとか、こういう強い・弱い体質があるとか)がわかるのか、ということを学ぶ。
 最近、なにかとよく聞く、自己資本比率もここに登場する。
 ここではたとえば、こんな説明がなされる。

「営業キャッシュフロー対設備投資比率=営業キャッシュフロー/設備投資額

 横田 営業キャッシュフローは本業が稼いだキャッシュですね。営業で稼いだおカネで設備投資をどのくらいまかなったかを表すのですね?
 丸山 そうです。設備投資が営業キャッシュフローの範囲を超えると、手元資金を取り崩すか、借入金を増やす必要があります。課題設備投資は、最終的には借入金を増やし、財務体質を悪化させます。同じように、営業キャッシュフローで長期負債の返済がどのくらいまかなわれているかを示すものがあります」

 いま、ぼくは、コミュニストだという理由で差別されている大企業の労働者やそのOBと勉強会をやっているのだけど、そこで「最近、会社がやたらキャッシュが必要だとかいうんだよなあ」という話を聞く。はあはあ、こういうことも関係しておるのだなあ、と読みながら思うのである。
 ここは、少し疲れるところである。
 なぜなら、2講できちんと学ぶか、日常的に元になる概念を使い慣れていないと、とっさに式が意味していることがわからないからである。
 それでも、どうにかこうにか、前のページをめくりながら読めばきちんとわかるようになっている。

 第4講「企業価値を分析しよう」は、なかなか骨が折れた。単純な加減乗除だけではよくわからなくなるからであるし、概念をあやつる話がこみいってくるからだ。
 企業の価値をはかるというのは、いまの決算書などの指標をもとに、その企業が将来どれくらいの価値、モウケをたたきだせるのかを試算して、たとえばその企業を買収するときの計算の根拠にしようというものである。

 第5講「知的資産の時代です」は、資産のなかに、これまでは注目されてこなかったが、実は価値を産み出す重要な要素、すなわち知的資産というものを含めていこう、という話である。「見えない資産」とでもいうべきもので、たとえば特許の価値、ブランドの価値などだ。
 そんなもん、勘定できんのかよ、と思うわけだが、たとえば経済産業省が出しているブランド価値の算定についての考え方は、要約すると次のようなものである(本書より)。

「そんなにむずかしくありません。考え方はこういうことです。ブランド製品はノンブランド製品を上回って価格が付きますので、その価格プレミアムによって超過利益が生ずる。このブランドがもたらす超過利益または将来のキャッシュフローを割引現在価値法により算出し、これをブランド価値にするというものです」

 とまあ、こんな調子である。
 あとは経済新聞なんかを読んで、日常的にこの概念に接するようになれば、多少は使えるようになるのではないかと思う。

 レーニンは、『帝国主義論』のなかで、金融資本が社会からもうけを絞り出す主要な手段として「金融詐術」をあげ、そのなかでドイツの雑誌を引用しながら「貸借対照表の最新の技術」について言及する。

「貸借対照表作成の最新技術は、取締役会にそのおかした危険を平株主の目から蔽いかくす可能性をあたえるばかりでなく、実験が失敗した場合には、おもな当事者が適当なときにその持株を売却することによって被害をまぬかれる可能性もあたえる。……数多くの株式会社の貸借対照表は、中世の時代から知られているあのパリムプセプト――上に書いてある文字をまず消さなければ、その下にある、ほんとうの意味をもった記号を解読できないもの――に似ている」(『バンク』1914年5月号)

 そういうものを見抜いたりせにゃいかんわけだけど、道はまだ遠いなあ。




『社長になる人のための決算書の読み方』
日経ビジネス人文庫
2005.1.29感想記
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