一井かずみ『それでも君を奪う』


 はい。このタイトルをみて、想像されるストーリーは。

(1)夫との新婚生活を満喫する若妻・紀子は、ガーデニングのホームページをひらいていたが、そこでメールのやりとりをはじめた曽我とオフ会をする。はじめは普通に会ってガーデニングの話をするだけだったが、次第に「火遊び」のような気持ちが紀子に生まれる。やがて、本気の不倫に発展しかけ、気づいた紀子が引き返そうとするが、曽我はもはや収拾がつかない。曽我は狂気じみた愛で紀子を奪う。「ストーカー」というレッテルをのりこえ、その偏見を粉砕し、狂気をふくんだ真の純愛を蘇らせた問題作。

(2)文具会社につとめるOLレイコは、幼馴染みのヒロとラブラブ。そんなときに、ヒロの友人・巽を紹介される。レイコは巽と会ううちに、自分のなかに眠っていた欲望に気づく。巽にも婚約者がいて、順調なカップルだったのだが、レイコは自らの欲望に誠実に生きるために、その巽と婚約者の仲を破壊して、巽を奪う。ヒロとの関係も無惨に崩壊する。レイコの欲望への開眼までの展開が圧巻で、覚醒した官能の前に、結婚という〈制度〉や言葉による〈愛〉がいかに無力かを描破しきった奇作。

(3)教師・汀(みぎわ)は、担任するクラスの中学生・さやかのことが気になる。さやかは、あどけなく、また、「彫物師」になりたいという自分の夢にひたむきだ。休日にさやかと偶然街で会い、話していたことが後日学校で大問題となり、汀は転勤させられる。家庭に、社会に、そして国家によって、さやかと隔絶された汀。しかし、汀はもはや自分の気持ちに気づいてしまった。汀は教職を辞め、後先も考えずに、さやかと駆け落ちする。さやかとの永遠でプラトニックな3日間の逃避行をみずみずしく描いた快作。


 とまあ、ヒンコンな想像力で、キモチわりぃ3つのストーリーをつくってみたのですが、正解はどれでもありませんでシタ。

 結婚直前の主人公は(以下、ネタバレあります)、仕事第一でクールな同じ職場の婚約者との間に、気持ちのズレを感じていく。主人公は同僚と浮気を始める。「結婚するまでの間、私と浮気して」――やがて、職場でセックスをしようとしていた2人をみつける婚約者だが、その発見現場でも仕事第一をつらぬこうとし、私事は口にしない。
 それをみた主人公は、婚約者との訣別を決意し、同僚を愛していた気持ちに正直に生きようとする。

 って、こんなふうにまとめてよろしいでしょうか、一井先生。

 ぼくは、けっきょく、最初から最後まで、いったい「奪う」とはだれの決意で、そして奪われる「君」とはだれなのか、判然としなかった。

 ここには、「奪う」という行為も現象も存在していない。
 ただ、欲望に忠実であるという、偽装された「誠実」があるだけである。

 「それでも君を奪う」の「それでも」とは、なにかの障害を克服・打破することを意味する。そこまでの大きな抵抗を克服して対象を奪取しようという並々ならぬ決意の表明である。
 その障害が封建家族や国家制度でないかぎりは、現代ではたいていは、「愛した相手にパートナーがいること」である。もし、相手とパートナーの関係が崩壊していたり、空洞化していたりすれば、それは障害というほど大げさなものではなくなる。「それでも君を奪う」などと大見得を切るほどでもない。

 パートナーとの関係が良好であるにもかかわらず、相手をそこから剥奪してこようという決意は、すでに狂気であり、一方的であり、偏執的であり、暴力的である。この意識の一面性は、文学や創作としては題材になりうる。

 じじつ、一昔前まで狂気をにじませた偏執狂的な愛情は、一種の美しさをもって称揚されることがあったが、「ストーカー」という現実と概念が成立し、法制度まで整備された現在では、愛情が一方的で偏執的であることは何の価値もないものとされている。

 家の前で、片思いの女の子(彼氏あり)を待っているキミは、「一途な恋」なのか「ストーカー」なのか。むろんストーカーである

 その時代に「それでも君を奪う」――そこにあえて挑戦しようという野心作のように、本作は見えたのである。

 残念ながら、一井の作品の場合はそうではなかった。まさに、「相手とパートナーの関係が崩壊していたり、空洞化している」ケースそのものであり、それは「それでも君を奪う」というような狂気の決意を要するものではまったくない。
 主人公が経験したものは、欲望に目覚め、その欲望に忠実に気持ちがうつろったということにすぎない。「結婚をやめるのは大変だけど簡単だった」という一文は、結婚という「制度」に囲まれていたことが「障害」と映っているが、愛情の空洞化という現実の前には、その突破はたやすいことをしめしている。


 『それでも君を奪う』におさめられている短編のほとんどは、この「欲望への拝跪と忠誠」という古典的なテーマでつらぬかれているといっていい。「欲望に屈服することが、もっとも人間的で、もっとも『ジブンノキモチ』に誠実である」という歌を、何の変奏もアレンジもせずに歌い続けるのだ。

 これはプチフラワーをはじめとする昨今の女性漫画の一潮流、それも一大潮流をなすテーマである。



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2004.2.20記
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