山田昌弘・白河桃子『「婚活」時代』




「婚活」時代 (ディスカヴァー携書 21)  つれあいが朝日新聞の書評(2008年6月15日付)を読んで買った。「女性誌みたいな文体だからすぐ読めるよ」と言われて読んでみた。なるほど「MORE」や「With」の特集記事を読むみたいにすぐ読めた。そして、面白かった。



就職のアナロジー


 「婚活」とは「就活」をもじったもので、結婚を実現させるためにあれこれと活動することである。
 もっとも、ただ言葉をもじっただけではない。著者らは、「結婚」と「就職」がよく似ている、というアナロジーを披露する。
 著者らによれば、結婚も就職もさまざまな規制やルールがあり、それゆえにその実現はほとんど自動的なシステムだったのだけれども、規制緩和や自由化がおこり、それがおこったがゆえにうまくマッチングしないケースがふえて、逆に結婚難・就職難という事態をひきおこしてしまった、というわけである。
 だから、就職に学生が血眼になっているように、結婚をするのもかなりの意識的な活動、すなわち「婚活」が必要だというのだ。

 それが第1章。山田が書いている。
 章ごとに書き手が交代している。
 第2章は白河。なぜ結婚できないか、を男女が相手側に求めているもののミスマッチからさぐっている。
 女性はOLもキャリアも、安定した高めの年収、それにともなう一定の経済的・社会的地位を求めているのだという。これにたいして男性側は受け身なうえに、家事・育児の女性依存だという点があげられている。

 第3章は、「婚活」以前の時代にどのような「規制」があり、自動的に結婚にいたるシステムがあったかを山田が論じている。これを論じることで、この「規制」が緩和されてシステムが崩れたことによってなぜ「婚活」が必然的にならざるをえないかを明らかにしようというのだ。

 第4章は白河。「彼と彼女が結婚できない理由」というのが章タイトルなんだが、2章で展開された抽象論を、より具体的に論じている。率直にいって、ここは「おしゃべり」コーナーである。週刊誌や女性誌で取材を重ねてきた人間が、「結婚できないオトコ(オンナ)にありがちな法則」を面白可笑しく紹介しているような感じの章だ。
 ニートやフリーターとつきあうキャリア女性がふえてきた、とか、魅力的な男性は一定数しかいないのでオットセイ社会になって長期不倫になる可能性も高い、とか、ホントかよ、ソースは、データは、とか思っちゃうのだが、そういうことをすっとばしたおしゃべりとして聞いているとたしかに楽しい。

 第5章は山田。「結婚したいのにできない社会的要因」と題されているとおり。3つの要因をあげている。
 第6章は白河。「婚活」の企業システム、すなわち結婚情報サービスの実態を書いている。
 第7章も白河。40歳になってからの「婚活」をリポートしている。
 そして終章は「成功する婚活」である。




結婚情報サービスの実態の話が興味深い


 「へーそんなことになってるんだー」という純粋に知識的関心を満たしてくれたのは第6章、結婚情報サービスの実態を書いてあるところだった。他にも出会い系サイトや合コンサイトなども紹介されている。
 ぼくは結婚情報サービスに対して一つの夢想があって、それは、自分があれに登録したら女性が自分を見いだすだろうかどうだろうか、というものである。
 まあ、あくまで夢想なので聞き流してほしいわけだが(このエントリを職場でこっそりみているであろう我がつれあいにも言っておくが)、ぼくは女性は今のつれあいとしかつきあったことがないし、むろんつれあい以外とも結婚したことはない。つれあい以外の女性に選ばれたという経験がないわけである。
 なので、自分という存在が「結婚」という市場においてどれくらいの価値・価格で評価されるものなのかを知りたいのである。「承認欲求の強いやつだなー」と指差して笑ってる場合じゃねーぞ、(゚Д゚)ゴルァ!
 なので、6章は自分が結婚情報サービスを利用するようなつもりで(ホントにしてませんよ! しつこいですか)読んでしまったのである。
 「けっこう選ばれるんじゃないかなー」などという根拠のない妄想にふけりつつも、年収の低さや年齢の高さから相手にされない可能性も高いな、と思う。なにしろ2章によればOLの願望は「自分の年収の2倍」だそうですから。
 最大の問題はカオであろう。先日も免許証の書き替えがあって写真をとったのだが、自分の免許写真史上最悪の出来映えで、なんですかこいつはと自分で思ってしまったほどだ。

「セレブとの出会いを売りものにする某結婚情報サービス会員に聞いた話です。月二人必ず紹介相手のデータがくるのですが、最初の月はすごくすてきな人。外見も条件もパーフェクトで、『これから月に二人もこんなすてきな人が』と舞い上がってしまう。ところが、翌月からどんどんレベルが……。ハゲ・デブ・チビ・オジサンとなってしまうわけです」(本書p.124)

 「ハゲ・デブ・チビ・オジサン」って……いけないのかよ。しかしこのくだりを読むと、ぼくなんか「翌月からレベル」決定だなと思ったものだが、よく考えるとそれは「セレブ」でなければならず、ぼくはそこにも入れないのか、と、我が身の不憫さを思い、よよと泣いたものである。




「結婚しない」のか「したくてもできない」のか


 さて、そんなふうに感想をだらだら書いてきたものの、もう少しまじめに問題を考えてみたい。

 本書のオビには「今の若者の四人に一人は結婚できない!?」とある。「しない」のではなく「できない」というわけである。本書は「結婚」を「就職」や「雇用」のアナロジーで論じているわけだが、ここでも「就職」や「雇用」と同じように、「結婚する気がない」のか、それとも「結婚したくてもできない」ということなのかが大きな問題となるのだ。

国民生活白書〈平成17年版〉子育て世代の意識と生活 (「暮らしと社会」シリーズ)  内閣府の出している2005年版「国民生活白書」には、結婚への志向を問うている調査がある。それによると、「いずれ結婚するつもり」と答えている人は男女ともに94%ほどである。逆に「一生結婚するつもりはない」と明言しているのは6%なのである。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01020002.html

 このデータと「国民生活白書」の「生涯未婚率」(50歳時の未婚率。その時点で結婚していない人ではなくてその時点で一度も結婚経験がない人の率)とを比べてみよう(本書ではp.17)。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01010003.html

 このグラフによれば、女性は山田が「節目」とのべた1975年から1990年にいたるまで4%台を推移し、現在でも5.82%(最新データでは6.8%)でしかない。
 ということは、女性の側は少なくとも現時点ではおおむね「一生結婚するつもりはない人の割合」=「生涯未婚率」ということがいえる(厳密には世代のズレがあるのでそう単純にいえないのだが)。つまり女性の側は「結婚したくてもできない」のではなく、「結婚するつもりがない」というライフスタイルの問題ではないかという推論がうかびあがる。

 これにたいして、男性側は深刻である。
 男性の生涯未婚率は1975年には2.15%で急上昇して現在は12.57%(同じく最新では15.4%)となっている。つまり現時点で、男性人口の10%ちかくが「結婚したくてもできない」という「結婚難民」になっていることが推測されるのだ。

 単に「ライフスタイルとしての非婚」ではなくて、「結婚したくてもできない結婚難民」、しかもそれが男性側だけに起きているというふうに問題を見直したとき、事態は非常にクリアかつ深刻になる。

 先ほど本書の2章を紹介したさいに言及したように、OL系の女性も、キャリアウーマン系の女性も「上方婚志向」、つまり年収が上の方の男性をねらっているのだと白河は本書でのべている。
 OLはともかくキャリアウーマンまでそうした志向とは意外ではないか。白河はこうのべる。「頭のいい彼女たちは、年収云々は口に出しませんが、たとえば外資系に勤めていたり、留学経験のある女性たちの場合、『せめて日常会話程度の英語ができる男性でないと。友だちのパーティーなどで夫が一人ぽつんとしてしまうと困りますから』とよく言います」(p.30)……orz 1週間の観光で米国にいったとき、入国審査で「滞在期間は?」と聞かれ「せ、せ、セブン・イヤーズ」と答え、あまりの通じなさに日本語担当官を呼ばれたぼくは一体どうなるのだ!

 女性が男性に経済力を求めていることは、「国民生活白書」からもうかがえる。「結婚相手を決めるとき重視すること」という問いへの回答を分析して「白書」は「女性が結婚相手に求めようとする条件は多岐にわたっており、特に男性と比べて経済力に関心が高いことが分かる」とのべているのだ。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01020101.html

 これは男性の側の意識にも反映しており、「白書」は「結婚をしていない理由として『経済力がないから』を挙げた人の割合は、20〜30歳独身女性では28.7%に対して、20〜32歳独身男性では46.9%となっている(前掲第1−2−4図)。また、31〜49歳独身女性では5.6%にすぎないのに対して、33〜49歳独身男性では28.7%が挙げている。つまり、ここでも、男性においては家計を支えなくてはならないとの意識が強いことから、『経済力がない』ことが結婚への大きな障害となっていると考えられる」とものべている。
 
 つまり、「経済力がない」がゆえに男性が「結婚難民」化しているという、あまりにもあからさまな事態がここにはある。




「婚活」では「結婚難民」の本質的解決はできない


 それはまさしく「就職」や「雇用」のアナロジーでいうならば、個々人をみれば「婚活」でもして何とか相手をゲットしてほしいということになるのだが、社会全体でみればもはやそんなことでは事態は解決できないところまで来ているのである。

 すでに厚生労働省の外郭団体(独立行政法人「労働政策研究・研修機構」)が男性の収入と結婚率の関係を2005年に調べているのだが、年収が少ないと結婚率が低いというデータが出ている。15〜34歳男性において正社員では結婚率は40.4%だが、非正規では13.5%だ。
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2005/08/post_c713.html
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-08-24/2005082404_01_2.html

 「年収が少ないと結婚率が低い」という関係は、容易に想像できるものではある。問題は、たんなる相関関係にとどまらず、「男性の結婚難民」が生じる主因がまさにコレではないかと特定されてしまったことなのだ。

 秋葉原無差別殺傷事件において、犯人の「工場派遣的貧困」と「非モテ的孤独」に注目が集まった。
 もちろん、この事件の本当の原因は裁判などで明らかにされるものだろう。大事なことは、メディアをふくめて多くの人がこの二つのことを事件の背景に見てしまったということなのである。

 そしてデータがうたうところをみるならば、「モテ」は密接に「貧困」と関連している。早い話が「貧乏なやつはモテないし、結婚できない」ということだ。

 だとすれば、本書がすすめるような「婚活」を多少頑張ったところで男性人口の10%、あるいは未来予測においては20%が「結婚難民化」するという事態は根本的に打開できるものではない(もちろん本書も「婚活」が万能だとは言っていない。せいぜい「『婚活』をしなければ、結婚がしにくくなっている時代に入った」〔p.4〕という程度のものなのだ)

 貧困を退治しないかぎり結婚難民は増え続ける、というひどくありきたりな、しかし深刻な真実にたどりつくのである。

 ちなみに、今あなたのまわりで結婚を焦っているものの、そいつは別に貧乏じゃないよ、というようなケースがあるかもしれない。しかし、それは単に「晩婚化」の一側面でしかない。結婚が遅い、というだけなのだ。結婚を望みながら本当にアブれてしまう人の深刻さではない。






ディスカヴァー携書
2008.7.7感想記
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