ある改憲派のかたからいただいたメール


 先だってアップした「広告批評」2・3月号の憲法特集にかんする拙文について、サイトをごらんになっていただいている方からメールをいただきました。
 兵庫県の33歳の男性のWさんというかたです。

 ある意味で核心をついたご意見だと思いますので、ぜひご紹介させていただきます(掲載にあたっては、個人情報記載部分をのぞき、Wさんのご快諾をいただきました。ありがとうございます)。

 なお、下記のメールの中ではご本人は「改憲派」とは自称されていらっしゃいませんが、ぼくの責任で便宜上このように呼ばせていただきました。


 みなさんも、ぼくの文章や、Wさんの文章について思うことがあれば、メールをください(必ずしもアップするものではないので、「いい」「悪い」でもけっこうです。お気軽にどうぞ)。






紙屋研究所様

初めまして.
Wと申します.
かなり頻繁にホームページを拝見させて頂いております.

私は元来不勉強で,紙屋研究所さんの読書量にはただただ驚くばかりであり,また書評を拝見していつも鋭い指摘に感嘆しています.

しかし,『広告批評』2・3月号の書評で感じた,或る疑問ついて,ご意見をお聞きしたくて,このメールを送らせていただきます.

それは,

「改憲派の言説には、そのリアルさがしばしば脱落している。」
「日本がその先制攻撃戦略のただなかにすでに『基地国家』『兵站国家』として組み込まれているというリアルを忘れていないだろうか?」

という部分についての疑問です.

このご指摘も実に鋭い指摘だと思ったのですが,一方で,ここには日本という国の立場,日本という国が置かれている状況のリアルだけが存在し,「アメリカという相手が存在している」という「もう一つのリアル」が抜け落ちてはいないだろうか,という疑問がわきあがったのです.

全ての改憲派がそうではないかもしれませんが,改憲を唱える人の多くは,上記のもう一つのリアルにも率直に向き合っているからこそ,改憲を唱えているのだと私は思っています.

イラク戦争を見れば,アメリカの横暴は明らかです.
アメリカという国は,もともと,自国の兵士,他国民の血が流れることを厭わずに,長期的な戦略に基づいて国益を追求し,戦争をする国です.
そしてこれまでは,少なくともヨーロッパ各国は異論を唱えないであろう大義名分のオブラートでくるんで戦争をしていました.

しかし,イラク戦争ではそのオブラートを捨てた.
これは,「どう喝」の効果を考えたのではないかと私は思います.
リビアやシリアの変節をみれば,その横暴なアメリカの戦略が功を奏しているのもまた事実でしょう.
そしてこのどう喝には,日本の再軍備を促すという効果も計算されているように思われます.

そのような状況下,横暴なアメリカに如何に対処したらよいのでしょうか.
アメリカの横暴を非難すれば,アメリカは考えを変えるのでしょうか.
もちろん,その努力は必要でしょう.
しかし,フランスやドイツ,ロシアの反対にも耳を貸さなかったアメリカが
日本の非難で考えを変えることがあるでしょうか.
むしろ「敗戦国が生意気な!」的ナショナリスティックな反応を喚起する可能性が高いように思います.
無論,アメリカの指導層が極端に感情的な反応を示すとは思えませんが,議会や世論は分かりません.

別の方法は,核武装を含めた軍備拡張路線を取ることです.
しかし,これもアメリカとの対立は避けられないでしょう.
現時点で賢明な方法に思えません.

さらに別の方法は,アメリカの戦争への協力を高く売り付けることです.
それにより,アメリカの政策にわずかでも影響力を行使できるかもれません.
日本政府が考えている方法がこれだと思います.

それで,私は前回の選挙では自民党に票を投じました.
(次回は民主党を考えていますが.)

勝手な独断かもしれませんが,紙屋研究所さんのご意見の中に「アメリカのという相手の存在」が欠落しているのは,旧来の共産党の旧弊をそのまま引きずっておられるように感じられます.
しかし少なくともこの先の数十年はアメリカを無視して,日本が繁栄を謳歌することはできないでしょう.
またアメリカの没落から無傷で逃れる道もなさそうです.
となれば,アメリカとの共存共栄の道だけが残された道ではないでしょうか.(以上)




「広告批評」2005年2・3月号への感想
2005.3.25感想記
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