塀内夏子『雲の上のドラゴン なつこの漫画入門』



雲の上のドラゴンなつこの漫画入門 有名な藤子不二雄Aの『まんが道』は言うに及ばず、漫画家の描く「マイまんが道」はハズレが少ないと思う。

 本書もその例外ではない。非常に面白い。

 「なつこの漫画入門」とサブタイトルがついているように、(1)漫画の描き方(2)自分の「まんが道」(3)漫画を使った「漫画家論」(4)他人の「まんが道」で構成されている。
 カエシに、
「4、5年前、増刊号か何かに、たわむれに『漫画の描き方』をテーマにエッセイ漫画を2、3回描いた。そしたら好評で、当時のN編集長が『小冊子か何かにして投稿者に配ろうか』とおっしゃる……。冗談じゃない! タダで配られてたまるか! 絶対、枚数増やして単行本にしてやる!」
とあるように、不純な動機で描かれたものであるが、(1)〜(4)を通じて単なるテクニックだけではなく、漫画家として姿勢や心構えなんかもわかっちゃう「入門書」なのである。



新人作品の実作指導がキビしくてヨイ


 何が面白いかといって、まずあげられるのは(1)の部分で、新人の作品を実際に登場させてかなり細かく「指導」を入れていること。本人は愛情をこめているつもりかどうか知らないが、ぼくからみるとかなりキビしい、はっきりいってクソミソ。わずかにところどころ持ち上げているという程度の遠慮会釈のなさ。まったく他人事なので、ぼくは愉快なのである。

 しかも塀内の言っていることは、オーソドックスな漫画の作り方からすれば至極まっとう、非常に道理のあることなので、ぼくは本格的創作の心得はないけども、たぶんそうなんだろうなと説得されて、「なるほどなるほど」とうなずきながらページを繰ってしまう。
 つうか、あまりにオーソドックスすぎ! さすが描くものが過剰にマジすぎて息もつけない近代主義的漫画の権化のような塀内ならではのご意見だ。

 まず作品をホメたあと、塀内はすかさず愛のムチを飛ばす!

「大きく気になるのは次の3つだ!
(1)ラブコメなのに、彼氏の存在感がなさすぎる」

 「彼氏はどこにいるんだい?」など原稿の中を探す塀内のすっとぼけたイラストが添えてある。え? これ「ラブコメ」? と思うくらいに例にあげられた新人の作品は、彼氏などどこにも出てこない。ホントに添え物。
 この作品はスノボを題材にしていて、その面白さを伝えようとする気持ちは伝わってくるのだが、「ラブコメ」という要素は、「よそでくっつけてきました」感がいっぱいである。塀内の「とにかく出番が少なすぎる! 読んだあとカオも名前も覚えとらんぞ!」はキビしい一言ながら的確。

 「(3)セリフで説明しすぎ」「テンポが悪い」という塀内の批判も、はじめはフーン(´_ゝ`)とか思って読むのだが、塀内がためしにつくったコマを見るとなるほどと思ってしまう。ここでの例に限らないが、そのように塀内が実際に描いてみたコマがついているので、アドバイスがしみとおるようにわかるのである。

 「高橋留美子さんを参考に」という類の発言が何度か出てくる。塀内の基盤がわかるとともに、実作者から見ての高橋という漫画家の存在の大きさもまたよくわかる。

 さらにキビしいのは、スキー場でコーチ役をゲットする展開以降の指摘である。

「ここからはかなり無理な不自然な展開だ」
「一番ヘンなのはこのコーチ役の存在だ
 まったく意味がなく何の役割もない
 その割には出番が多い」

などと容赦がない。しまいには主人公についても、「ハッキリ言って私はこの主人公をパワーはあるがただの自己中心的な女の子としか感じなかった」とまでいっている。
 いやそれは言い過ぎだろう、とぼくのほうが慌てたりして。

 ぼくからみるとこの新人の作品の問題点と改善点は、(ア)ラブコメとしてはまったく機能しておらず、テーマをスノボの楽しさにしぼったほうがよい。(イ)スノボが滑れるようになる瞬間の洞察・取材が不足している。できないものができるようになってしまう、ということだけに焦点をあてるべきで、そのためにはもっと取材が要る……ということであろうか。
 絵やテンポについては何も言うべきものをぼくは持っていないのだが、その裏返しで、テーマさえよくしぼりこめば、絵や展開なんて少々荒くたってどってことない、と思う。スノボを描く楽しさはあっても、スノボ自体の楽しさを客観視することをもっとした方がいいんじゃないかと思うのだが。


 あと、別の新人の作品で、星空の下で抱き合っている二人の描写について、「なんかペラ――って感じ 紙人間みたい」とむちゃくちゃなことを塀内は描いている。いや、言いたいことはよくわかったが(笑)

 こうしたボロクソ発言も、塀内の戯画化された自画像の、得体の知れなさによってかなり緩和されている。意地悪なこともいいそうだなあという三白眼で、漫画において内面を映し出すメルクマールである「瞳」は、まるで内面を隠すように最小限にしてある。『皇国の守護者』における新城だ(笑)。


 こんな辛辣な批評がいっぱい読めて、読む方は楽しい。

 あと、冒頭に、「ネームの作り方」がある。
 というか、「ネームのもとになるアイデアの出し方」である。
 えーっとここで塀内が紹介しているのは、早い話が「机の前にいるだけじゃすすまない。インプットを大量にせよ」ということなんだけど、それを前提としたうえで編集者と「しゃべる」ことを重視していることがポイントだ。インプットしたものを、撹拌し、先鋭化させるのは質のいい対話者との「対話」である。これ真実!
 ブログで書くことがすぐなくなったというキミ! 大量にインプットし、そのうえで、質のいい友だちや年長者と「対話」しよう。

 しかし、編集者と十分喋ってもまだすぐネームにはとりかからず、料理したり、雑誌整理したり、ボーッとしたりするというのである。
 傍からみると完全に逃避であるが、これはよくわかる。
 逃避ではないのだ!
 ぼくも、原稿を頼まれた時、せっぱつまるとまったく同じ行為をやっている。これはアイデアが熟成するための期間なのである。


 という具合に漫画以外の創作にも利用できるのである。



塀内的「まんが道」


 ふたつめの面白さは「塀内的まんが道」である。

 いやーこういう自分の下積みとサクセスのストーリーっていうのは誰が描いても面白いのかねー。くり返しボツにされ、一生懸命さが空回りするというのはよくわかる。あ、別にぼくが漫画のもちこみをしたわけじゃなく。
 連載とか商業作品ということになるとどうしても肩に力が入って、普段の自分ののびのびした感じが出せなくなるというのが「わかる」んだ。どうやって脱力するか、不要な力を抜くかが、ぼくなんかも大きな課題になる。ネット上で字数制限もなくダラダラ書いている時が、悪く言えば緊張感がなく、よく言えば肩の力が抜けているのである。

 へえと思ったのは、塀内が連載を持つ前の苦しい時期と今とを比べて、違いを語っているところで、「あの時の暗闇にくらべたら今はとってもらーくちん! だってアシさんはいるし―― めんどうくさいところはやってもらえるし―― ネームも作り方のコツを覚えたし――…… 自信もついたし 自分の適性もわかるし」などとのたまい、あげくに「プロって楽だったんですよ…」などぼブラックな表情で語るのだ。
 そして、すぐ「うそ! うそ!」と自分で否定し、「のぼり方を覚えたという方が正しいかな」と結論づけている。

 この「のぼり方を覚える」というのがプロにおける「楽」さなのだという表現には、はじめて接したような気がする。そうか。そうなのか。
 いわば方法論として自覚化されるということなのだろうが、それを「楽」と表現することに新鮮さを覚えたね。んーっと、プロになったら別のステージの厳しさというものがあって、「楽」なんていう表現は思いもつかない、みたいな事態が待ち受けているのかと思っていたのだが、そうでもないわけだ。

漫画家誕生 169人の漫画道 ちなみに、本作とは関係ないが、この「マイまんが道」というジューシーな部分を、なんと169人分も集めてしまったのが中野渡淳一『漫画家誕生 169人の漫画道』(新潮社)である。

マンガ家誕生。 しかし、やはり自分が描くのではなく、他人が取材し、しかも文字で2ページしかないために、いかんせん薄味になってしまっているのが悔やまれる。本人が漫画でかけばこの数十倍は濃厚で面白いものになっただろうに! (なお、それを有名な巨匠漫画家10人でやってのけたのが中野晴行編『マンガ家の誕生』〔ちくま文庫〕である。これは期待通りにすごい。もしもはや殿堂入りした巨匠ではなく新興の169人が描けばむちゃくちゃ面白い、超絶ベストセラーができることであろう。)

 この中野渡の『漫画家誕生』のかけがえのない貴重さは、むしろ「マイまんが道」集めたことよりも、ここでしか拝めないような漫画家の写真がたくさん載っていることだろう。「こいつこんな顔していたのか!」というのがゾロゾロあって、それだけでも貴重すぎる本である。そしてもちろん、作家の成り立ちを簡単に知る上では便利な資料でもあるのだ。



ぼくそっくりな自意識


 もともと『雲の上のドラゴン』をぼくに推挙してくれたのは、東京時代の友人で、そいつはわざわざこの本のある部分を画像ファイルにしてメールで送ってきて「お前そっくり!」などと笑い者にしたのである。
 その「一部」とは、「漫画家って……どんな人?」の章だ。
 ここで塀内は自分のことを一般化して、漫画家一般とはこのような生き物であると断言している。

「ひっそりもくもくと描いてますが そのくせ実はめだちたがりです 描いたものを見てほしいのですが恥ずかしがりなので誰かが気づいてくれるのを待ちます」→オレじゃん!

「ホメられることが何より好きです」→オレじゃん!

「美内すずえや和田慎二はうまいなァ おもしろいなァ 絶対かなわないやあ あ でもこのへんのヘタクソには勝てるかも」「志が高いんだか低いんだか」→オレじゃん!

「こんな程度ではまだまだダメだと口では言いながら 内心ではつごうのいことだけを想像しています(絶対そうに決まっている)」「すごいっ天才だっ」「即連載っ 巻頭カラーだっ」「単行本が売れに売れて品切れにっっ」→オレじゃん!


――などなど書かれている大半がぼくのことなんです。

 漫画を描く人だけでなく、漫画の感想や批評をする人も読んでおいて損はない。
 なのに友人によれば在庫僅少なのだとか。惜しいことである。ぼくは、なぜか出産祝いのはずなのに前の職場から多くのガラクタ(NOVAが直接製作した不出来な方のNOVAうさぎのぬいぐるみとか、職場においてきた目覚まし時計とか、放置したはずの文具雑貨とか)を福岡にわざわざ送ってきたなかにこの一冊が入っていて「読んだら返せ」と記されていて読めたのである。お前らなー…。






塀内夏子『雲の上のドラゴン なつこの漫画入門』
講談社コミックス
2007.7.11感想記
この感想への意見はこちら
メニューへ戻る