中原アヤ『ラブ☆コン』 いま手許に「反恋愛哲学」と題した、なぐり書きのノートの切れ端がある。 「僕の生まれ育った環境は、男女交際に関する考え方が大変遅れていた。……僕は××高にきて、最初その男女交際の先進性・開放性に驚いた。猫もシャクシも男女交際をしている。……そういうカップル群の中にいて非常に強く感じることがる。それは“恋愛哲学”なるものの存在である。特に女性にこれを尊重する傾向が強い。/具体的に恋愛哲学とはどういうものか説明しておこう。まず一つは、恋愛の儀礼・作法である。こういう場合、男性は女性に電話をすべきであるとか、ああいう場合は男性はおごるべきであるとか、そういう場合は女性は素直に謝るべきであるとか、そういった恋愛に関するおびただしい犠牲・作法である。そしてもう一つは恋愛観。特定の異性と交際する場合は他の異性とあまり疑われるような言動をすべきではない、それは尻軽を意味する、とかいったものだ」 この文章のあとに、Qさんという女性をさそってコンサートの約束をとったことと、実は何人もの女性に声をかけていたことがQさんの怒りを買ったというエピソードが紹介され、当人がその怒りに困惑する、という話が出てくるのだが、それはどうでもいい。 この恥ずかしい文章は、ぼくが高校のときに書いたもので、これを恥ずかしいというなら、いまの文章も相当に恥ずかしく、やはりぼくは進歩していないあなどと思うわけであるが、まあそれはおいておこう。 中高生は恋愛や異性観にかんして、無数のドグマにかこまれている。 「こうあるべきだ」という先入観が、実は意外なほど強い。 なぜなら、それを精査し、批判する力をもっていないせいだ。 親から強く押しつけられてきた男女観や、マスコミや友人から不用心に侵入してくる恋愛観は、若い無防備な精神を驚くほど早く侵食していく。そうやって無秩序に形成された恋愛観と恋愛観が、なんの基準もなく解け合い衝突しあうのが中高生や思春期の恋愛というものであって、ある子はそれを経験によって、ある子はそれを文学や言葉によってのりこえていく。 「こうあるべきだ」という先入観、あるいはどのような男女が美しいかとする美学は、まさに中高生にとっては所与のもの、外側から押しつけられた無根拠の教条、すなわちドグマである。その発生根拠をさかのぼり、それをうたがうにはまだ時間が必要なのである。 この『ラブ☆コン』では、「背の高いカッコイイ男の子と背が低くかわいい女の子はベストカップル、またはお似合い」だというドグマに挑戦する。主人公の男(大谷)女(小泉)にとって、自分が背の高い女であること、背の低い男であることは、「コンプレックス」なのだ。いつもどつきあいをしている二人は、クラスのみんなから「オール阪神・巨人」だとからかわれる。 二人は、お互い一番息の合う存在だと心の中で思いながらも、そのドグマとコンプレックスにしばられて、相手に素直に接することができない。 しかし、そんな思い込みや断定を排して、おたがいの気持ちに正直にむきあってみれば、実は外見上一番不向きと思われる相手が一番ピッタリの相手なのだという、非常にシンプルな「恋愛哲学」を教諭する。 それは、中高生にとって、素朴であるが、もっとも重要な真理の一つを、教えるのである。 「背の高いカッコイイ男の子と背が低くかわいい女の子はベストカップル、またはお似合い」というドグマはここで批判されているのだ。それは前提を奪われ、容赦なく審査される。 正直なところ、ぼくはこの本をあまり面白いとは思わなかった。 中高生時代の恋愛のなつかしさを思い出すには、必要なリアリズムというものがまるでない。最近おおの藻梨以『くにたち物語』を読み、これこそあの時代のリアルだと思ったのだが、そういう不毛で無限循環のような片思いのリアルはまるでない。『ラブ☆コン』は、きわめて素朴で単純なつくりなのだ。 しかし、こうした規範、あるいはドグマへの批判というものは、中高生が人生のどこかで必ず学ばねばならない。そう、中高生は、今まさに学んでいるのだ。『ラブ☆コン』で。 越え難い規範をのりこえ、愛の真実に到達する――近代の黎明においてはこの越え難い規範とは家であり身分であった。したがって、『野菊の墓』が成立した。現代にそうした規範はないが、かわりに、近代社会が生み出した独特の男女観にかかわるドグマがぼくらをしばる。それを必死でのりこえようとするビルドゥングス・ロマンだという意味で、『ラブ☆コン』は、あるいは多くの少女漫画は、現代版『野菊の墓』だといったら、言い過ぎだろうか。いや、内容は関西弁、漫才調の、高校のお話なんやけど。 しかし、退屈だ……。大人は読まなくていい漫画である。 それはこの漫画がダメという意味ではなく、今の中高生がおそらく『くにたち物語』をハア?(゜Д゜)と思うことと対になるもので、その世代が必要としているものかどうかという問題である。 |
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