長沢智『マリア様がみてる』(原作:今野緒雪)1巻


 通称『マリみて』。
 同名の小説を買いましたが、けっきょく読まずに古本屋に売りました。

 お嬢様お嬢様した私立リリアン女学園(高等部)には「姉妹(スール)」というシステムがあり、ロザリオを先輩からもらうと、その人は、「妹(プティ・スール)」となって、「姉(グラン・スール)」である先輩からさまざまな指導をしてもらうことになっている。
 学園には、山百合会という生徒会組織があり、その幹部間でのスール秩序は、一般生徒のあこがれである。一般生徒の一人である主人公・祐巳は、そのあこがれの山百合会の幹部の一人・「祥子さま」にスールになるよう言われる……とまあそんな始まり方。

 こういう設定をきくだけでもクラクラするというか、ついていけないと思う人がいるだろう。少女漫画では一つの流れをなしてきた世界設定だけど、やはり異常に濃い空気を感じざるをえない。

 これ、つれあいの職場の男性(20代後半〜30代前半)数人がハマっていると聞く。
 ……ぼく、全然萌えないけどなあ。

 これほど濃いのに、ぼくが感じる違和感は、漫画作者の長沢智が「ふつうの少女漫画」のテンションで描き上げていることだ。

 たとえば、主人公の一般生徒である祐巳を、ときどき崩して描く。少女漫画ではまったくめずらしくない。ふつうのことだ。ドジっ子だという記号だし、作品の息抜き。

 しかし、ぼくは、この作品では、やらないほうのがヨイと思う。

 つまり、息抜きにならず、世界をこわしてしまう効果しかもたらさない。せっかくこの異常な世界をパテで埋め、濃く息苦しい空間を構築してきたのに、絵が崩される瞬間、この濃密な世界が希釈されてしまう。

 その瞬間、稚野鳥子の世界にひきもどされるような気がするのだ。


左が崩したときの顔(長沢智『マリア様がみてる』1)

 「姉(グラン・スール)」となる「祥子さま」と主人公との、夢のような連弾のシーンなどは、この崩した顔が出てくるために、気持ちが引き込まれきれない。

 全編、マジでとおせ。しっとり、ねっとり。これ命令。
 スールシステムという、異常な世界を、気密性高く描いてほしい。
 そのとき、もうなんだかわからん異様な空間が出現するはずだ。

 むろんぼくは責任とらないけど。


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(以後続刊)2004.2.27記
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