第3部:紙屋研究所が好きな漫画批評サイト

さていよいよ、嫌いな漫画批評サイト、好きな漫画批評サイトですが。ずばり嫌いなサイトは。
いや、やめましょう。そんなこと言って、大手のサイトでもあげようものなら、ネット界から消されますよ。
だから、この馬鹿企画に唯一野次馬根性的に期待できるものがあるとすると、それでしょう。ここまで読ませておいて、「言えません」では怒り出す人がいますよ。
勘弁して下さい。
ははあ、するとわりと「大手のサイト」が……。
いや、小サイトでも、あげつらったら、なにされっかわかりませんよ。
けっこう小心者ですね。あとでじっくりと聞きましょう。ま、じゃあ、まず好きなサイトから。
ふーっ(安堵感)。

漫画偏愛主義」

好きなサイト、いつも見ているサイト、これなら言えるでしょう。
はいはい。えーっと、ブックマークに入っている中からあげましょう。最初は、朝日新聞のサイトにある松尾慈子記者の「漫画偏愛主義」です。
ほ。ありきたりという評価はありませんか。
んー、やっぱり決まった短い分量のなかで、きちんと論じるというのはすごいなあ、と。あの短さで、あらすじの紹介をしたうえで、当該漫画への自らの偏愛ぶりを語り、なおかつその偏愛が人に通じ、なにがしかの普遍性をもっている、というふうに書けるのは、さすがプロだと思いますね。よく、作品のあらすじ紹介でかなりの分量を使っちゃっているサイトがありますけど、対照的です。あらすじ紹介を「レビュー」というのなら、そういう「レビュー」の存在意義ってよくわかりませんね。大塚英志も“レビュー的短文は世界を雑報化する”って危惧を表明していましたし。もっとも今そのテの本が売れているとは聞きますが。
「偏愛主義」で、ときどき愛がないと思うのありませんか。
あ! ありますあります! 「ま、流行っているんで紹介しました」みたいな。そういうときは「偏愛」が感じられない。色に出にけり、ですね(笑)。

「魁!!漫画塾」

ほかにはどうでしょうか。
えーっと「魁!!漫画塾」は面白いですね。「かまくら」というテキストサイトの一部のようですが、本体や日記のほうで書いているエロテイストとかなり違うというその落差が興味をひきます。
「あら、この人こんな深みもあるんだ」と思わせて「女をひっかける」という、そのサイトがあげている術中に見事にあなたもハマっているわけですね(笑)。たしかに、漫画批評の方の文章は、最後にいろんなオチはつけてるんですけど、なんだか透き通った純粋さを垣間見ることがけっこうありますよね。最近でも6月17日付(2004年)の『小さなお茶会』の批評なんか。
そう思います。「この物語の良さは、その大いなる無駄のなかにこそあり、第一話のもっとも見るべきところは三匹がお茶をしている幸せそうな笑顔ただそれだけなのである」「この物語にとっての『お茶を楽しむ時間』は『小さな幸福をかみしめる時間』と同義であり、つまるところ人生とはそういう時間をいくつ持てるかによって価値が決まるのである」とのべ、自分もこの本を読む時は安い紅茶のティーバッグを用意して読むが、「この猫の夫婦の幸せそうな笑顔を眺めつつなら、こんな安紅茶でもそれなりに美味しく感じるものである」とまで言うわけでしょう。この作品の批評にかぎらず、全体にこういう調子が出てきて、ぼく的には非常に好きです。榛野なな恵『ピエタ』についても面白く読めました。
ただ、たとえば、この『小さなお茶会』では、援助交際や家庭内暴力の例をあげ、現実の家族の「汚さ」と、透明な理想の家族の「純粋さ」を対比したようにみえて、わたしとしては現実のなかにきちんとこういう芽をみてほしかったんですが。
いや、言っていると思いますよ。そのあと、この人は、家族間のコミュニケーションが意識的で持続的でなければならぬと言っていて、現実にある家族をきちんと見据えてると思います。ほんと、夫婦にしても「以心伝心」とかいう人いますけど、あれウソですから。
さっき、榛野なな恵の批評を見たといいましたが、あなたの感想にはそれは反映されましたか?
いや、するときもありますけど、たいがいは意見の相違が、この人の批評との間では多いです(笑)。それを鏡のようにして、自分の感想を彫琢するときもありますね。むろん、むこうはこっちのことを知らないわけですけど、ぼくがとよ田みのる『ラブロマ』の感想を書いたあとで、この人は批評を書いたんですが、これがもう酷評でしたね。とよ田は才能ゼロだ、みたいな。
はいはい。
たしかにほかのとよ田の作品をみたことないので、意外とあたっているかもしれませんけど、まあ商業誌にきちんと出てきたもので評価してあげないとね。そういえば、この人はとよ田のサイトの「NETトキワ荘」というネーミングがダメダメだとこき下ろしていたんですがじゃあ「魁!!漫画塾」というネーミングはそこからどれくらい距離があるのかなと(笑)。いや、どっちも別に悪くないと思うんですが、なんでそんなにサイトの名前に刃をむけんのかなあと不思議に思いました。
※その後、当該サイトの『ラブロマ』評が改訂され、このくだりは現在ありません。
「紙屋研究所」なんてのも芸がないですがね。

「ひとりで勝手にマンガ夜話」

えーっとあとは「ひとりで勝手にマンガ夜話」です。
これ、文章長いですよね。
人のことはいえませんよ、お互いに
どうですか。
いやー、もちろんむこうはぼくのことなんか知らないので、偶然、同じような作品を論じるときがあるんですが、それを読むと、なんかぼくのほうは叱られているというか、いや、先回りされて「チッチッチ」と批判されているみたいな気になりますね。
たとえば。
いろいろありますけど、『リバーズ・エッジ』の評価で“死体に意味なんかもたせんなよ”といっているところとか、コマの分析なんていうのは甘っちょろいもんじゃないぜ、とか。『おおきく振りかぶって』なんかも、“他の野球漫画を読み込まずして語るなかれ”というキビシイ姿勢がありますね。ぼくは「死体」の解釈もしちゃいましたし、コマ分析なんてこのひとのいう水準ではさらさらやってないし、他の野球漫画なんてほとんど知りませんし。
この人、読み込みがハンパではない、という印象を受けますが。
ええ。たとえば、志村貴子『敷居の住人』なんか、あれだけぼくは何度も読んでいるのに、「伏線」なんて文脈で読んだことなんてないですよ。まったく恐れ入ります。しかし、その水が狭い隙間に浸透していくような目線が、「○ページの○コマ目のアレ」という叙述になるんでしょうけど、これは非常に読みにくいですね。読んでいない人にはもちろんちんぷんかんぷんですし、読んでいる人にもなかなか想起するのが難しいです。
夏目房之介はストーリー解釈ではなくコマ運びや絵に力点をおいた批評をしているわけですが、その系統に属するわけですね。
そうですね。むろん、どんなサイトでもそういう視点はあると思いますが、これくらい徹底してやっているサイトはめずらしいと思います。
この人、坂口尚のファンですね。
あー、ぼくも『石の花』なんかはリアルタイムで読んでいて、単行本も全部そろえました。友人が「暗っ」とかいって本を閉じていたのを鮮明におぼえてます。一度は論じてみたいんですが、なんかこのサイトの管理人に怒られそうな気がまたしているんです(笑)。

私淑しているサイト

えーっと、私淑しているサイトがあって、こういう文章を書きたいなあと思えるサイトがあります。
ほう、どこなんですか。
もう更新はやめてしまって久しいんですが(※)、「漫画読者」というサイトです。なんか、一時期、ハマってしまって、ぜんぶプリントアウトして旅行にもっていって読書がわりにしていたことがありますよ。
※2004年9月に再開。
('ε') フーン。どんなところがいいわけですか。
昔、ぼくが鎌田慧の『自動車絶望工場』を読んだときのことですが、鎌田はトヨタの工場に労働者として潜入しそのライン労働をルポするわけです。で、鎌田自身が、まわりの労働者の様子や会話を淡々と描きながら、突然文章のなかに、あなたの『資本論』の章句をはさんだりするんですね。それがもうすごくかっこいいなあと思ったことがあります。そんなふうに日常と学問概念が融通無碍に往来できるっていうのは、すばらしいことだ、と。で、このサイトのユニークな構成は日記形式になっていて、自分が日々感じていることと、読んだ書籍とそれと漫画の感想が、自由自在に行き来しているんです。しかももっと大事なことは、それが簡潔で本質的な言葉にきりっとまとまっている。とうていこういう文章はかけないなと思いながら、いつかそんなふうになりたいと精進している次第でして。さらりと簡略かつ本質的に漫画の感想を伝えられるようになりたいと思っているんですが、この人の言葉はまさにそうです。
このサイトの「『ヤンサン』『ファイト』読みながら定食屋でレバニラ炒めとビール。 家でウイスキーと『現代民主主義の病理』佐伯啓思。 『病理』の閲読後、ウォルフレンの悪口を書きかけるが、30行くらい出来たところで止めて、デリート。電波による指令にしたがってしまうところだった。 」なんていう文章は相当に可笑しい(笑)。
ビールとかのつまみをつくって喰ってる様は、とっても颯爽としていて、かつ、うまそうで。
しかし、それほど分量がある批評にも見えませんが。
さっきもいったとおり、簡潔ななかにすべてをいいつくす言葉の妙に、深くうなるわけです。たとえば、「スーパージャンプの平松伸二『マーダーライセンス牙&ブラックエンジェルズ』、マーダーの板垣元総理がいい味を出していて憎めません。官僚を罵倒しながら殴る。今週号では殴らなかったけど、腐敗警察官僚が相手。密談中の県警署長室にドアを蹴破って板垣元総理登場。ひとたびズンと踏み出せば、人間力に劣るキャリアらはヒイイイーッとか言って平伏する。この丸メガネのジジイが総理大臣で、体格が妙にしっかりしてて、チンケな正義ふりまわして、粗暴な水戸黄門。ああ愉快、平松をすっかり見直す。」という文章なんか、大好きです。
レビューや粗筋紹介に堕さず、かつ、自分の印象を語るという。
そこなんです。いつかこういう文章を書けるようになりたいっすね。好きなサイトとか、注目しているサイトはほかにもいろいろあるんですが、とりあえずこのくらいで。