第6部:遠距離恋愛講座〜12年のプロが語る


いよいよ最後のインタビューです。遠距離恋愛についてなんですが。
やっぱりこの企画やめましょうよ。
なんで。
いや、だってどうせ読者の興味本位につくるんだから、セックスは週何回ですか、ゼロですか、数十回ですかとか言わないといけないんでしょ。そんなことを全世界に公開したら、つれあいから殺されますよ。ぼく、あした、晴海埠頭に浮いてます。まちがいなく。
浮けば。

遠距離恋愛は新しい社会現象

遠距離でもう12年だそうですね。結婚してるんでしょ。結婚してからというのは、そのうち何年ですか。
えーと、ひいふうみい、もう5年ですね。いちどもいっしょに暮らしたことがありません。
結婚前、つまり、つきあってた時代には。
最初の2年間はいっしょのガッコでしたから、近所にいましたけど、あと7年間はずっと遠距離です。
そもそもこの第6部のインタビューのねらいなんですけど、何なんですか。
インタビュアーがそれかよ。つまり、むかしは女性が職業を持つっていうのがそもそもかぎられていて、しかも持っていたとして転勤を必要とするような状況になかった。事務職や教職・看護職とか。しかし、女性の社会進出や職業選択の幅が広がるようになって、女性が自分の生きがいをかけた職業が、つきあっている男性の職業任地とはまったく別個の土地で展開されないといけないようになり、「遠距離恋愛」「遠距離婚」という問題が非常にクローズアップされてきているわけですよ。男権社会がそれにあわてていたり、まだ準備をしてなかったりするわけですよね。心理面でも、社会制度としても。これほど大規模におきているのは社会の歴史上はじめてでしょうね。
そういや槇村さとるの『イマジン』なんかも遠距離恋愛というシチュエーションが出てきますね。
そのあたり、さすが槇村ですね。考えないわけにゃいかないですよ。リアルな男女の生活をみつめたばあい。
『ちょこッとSister』(竹内桜/雑破業)にさえ登場しますよ。
萌え系にさえ登場するんですから、世の中進歩しました。ま、あれはかなりあっさり遠距離恋愛を破綻させてますけど。それはどうでもいいんですが、端的にこの企画のねらいをいいますと、「どうしたら遠距離恋愛がうまくいくのか」というコツを考えるというインタビューですね。

友情とはセックスのない恋愛である――「あんたとエンゲルスのことだよ!」

その前に、なんでそんなもんにわたしがインタビュアーとして呼ばれないといけないんでしょうか。わたし、妻とはいつもいっしょにいて、遠距離恋愛なんかやったことないっすよ。
ちげーよ。エンゲルスと、だよ。
は?
エ・ン・ゲ・ル・ス。「将軍」こと(エンゲルスが軍事ヲタだったために、マルクスの娘たちからこう呼ばれた)、あんたの相棒、フリードリッヒ・エンゲルスだよ。
え!? フレッドのこと!? あの、だって、あのその「恋愛」って。
あんた、橋本治の有名なテーゼ、「友情はセックスのない恋愛である」を知らないのか。エンゲルスと20年も別々にくらしていながら、ケンカずきで人間関係こわしまくりのあんたが、ものすごい緊密な友情でむすばれつづけている。これぞ、遠距離恋愛だYO。
えーっ! じゃあ、エンゲルスとのつきあいが「遠距離恋愛」経験だってこと?
ご名答。
とほほ。
だから、インタビューっつうより、遠距離恋愛経験者の対談だよ、対談。

遠距離恋愛サイトをのぞく

「遠距離恋愛」でヤフーのサイト検索をかけると、いくつかヒットします。たとえば「遠距離恋愛のススメ」というサイトですが、興味深いデータをのせています。額面通りうけとれば、2004年7月11日の段階で回答総数1万6781というけっこうな数のアンケートをのせています。これをみると、圧倒的に20代前半の人が遠距離恋愛をしている。44%ですから、半分ですね。つぎに10代後半。
10代前半が30代前半と拮抗しているってどういう状況なんだとか思いますが(笑)。
や、10代前半でいうと、転校したとか、ちょっと学校がかわったとか、そんなのを「遠距離」にふくめてる場合もありますし、30代のばあい、もう結婚していて「遠距離恋愛」とカテゴライズしない場合があるんじゃないですかね。
遠距離恋愛の期間は3ヶ月未満が圧倒的ですね。全体の4割ですよ。
つまり、遠距離になったばっかりで不安になってそのサイトに来たってことなんでしょう。われわれのごとき10年をこえる猛者は極少数ですよ。3年以上で、せいぜい5%です。
二人の距離なんですが、一番多いのは、500〜1000 kmですね。これって、東京-京都、東京-広島くらいの距離ですよね。あなたの場合は、ロンドンとマンチェスターでしょう? まあ、だいたいこんなもんすかねえ。
紙屋研究所さんのばあい、最長距離は、数千kmなんじゃないですか。
ええ、それが3年くらいつづきましたかね。
いずれの人たちも、まあ経験、距離からすると雑魚みたいなもんですね。
すっげええらそうだな、おまえ。

「どれくらいの頻度でメールとか会うとかしたら浮気されないんですか?」

遠距離恋愛の不安というのは、端的にいえば「距離があるために、会う時間がなく、おたがいに疎遠になったり、もっと魅力的な相手が近くに現れて、関係が消滅するんじゃないか」ということですよね。
ええ。
そこで、出てくる関心というのは、「どれくらいの頻度で会えばいいか」「どれくらい密に連絡をとればいいか」という問題になりますよね。
そうですね。ぼくもけっこうそのあたりよく聞かれたりします。距離が100kmくらいだったときは週1回、距離が数千kmだったときは3〜4ヶ月に1回、いまは距離が1000kmくらいですが、月に2回ですね。
電話とかメールというのは。
これは毎日ですよね。30分から1時間くらいです。長いと2時間とかになります。距離が数千kmのときは前半はメールでしたが、通話料金が安い工夫ができて、あとは電話です。
毎日ですか。よくそんなに話がもちますね。
「よく話がもちますね」だって? ぼくとしては、あなたのほうにそれを言いたいですよ。あなたはエンゲルスにだいたい、近所に住んでいた期間をのぞくと、生涯手紙を出し続けていたんだと思いますけど、マンチェスターとロンドン時代の20年間で往復1344通だしていたわけでしょう? 年平均67通、つまり月平均5.6通、週1回以上やりとりしていたわけで、このあいだには、会っている期間もありますし、散逸した手紙がのぞかれていますから、もっとすごい。この数字だけみても、週1〜2回は手紙でやりとりしていたわけでしょう。しかもそれを20年間。産業革命がようやく終わった当時の郵便事情を考えると、ものすごいことですよ。メールでさえ、こんな頻度にはなりません。
はは。
そうなると、「そんなことはできない」という話になるわけですが。
いや、けっきょく、それは頻度をどう設定するかという問題じゃないんですよね。
そうですよね。
相手が自分にとって面白い、興味深いやつだったら、喜々として話をしようということになると思うんですがね。
わかります。あなたとエンゲルスとの書簡をみていると、日常の雑事から、時事問題、読んだ本のこと、仕事の相談まで、ほんと人生と世界のあらゆることがつまってますよね。
エンゲルスとやりとりするのは楽しいんですよ。アメリカの出版社から百科事典(『ニュー・アメリカン・エンサイクロペディア』)の項目を執筆するように頼まれたことがあるんですけど、もうフレッドのほうは、どんどん項目をならべて、もんんんのすごいヲタクな知識を書いちゃうんですね。「僕だったら、この百科事典全部をひとりで引き受けると、彼(編集者)に言ってやるところだがな」(1875年4月22日エンゲルスからマルクスへ)と豪語している。まあ、百科事典の軍事の方は、わたしがけっきょくある程度書いたんですが、フレッドのほうは、いくつかの項目をかなり精密に書きました。
彼は相当な軍事ヲタクだったようですね。
彼の書いた「軍隊」なんていう項目は、軍隊の数千年の歴史がヲタク的に書かれていて、もうそこらへんにいる昨今の軍事ヲタなんて目じゃないですよね。知識量といいスコープのレンジといい。クリミア戦争や普仏戦争でもかなりすぐれた評論を書いて、匿名だったんで「あれを書いたのはスコット将軍(米国の当時の有名な軍人)にちがいない」とかいわれたくらいで(笑)。
あなたは、日常レベルにおいて、かなり「奇人、変人」のたぐいで、文章もペダンチックでまわりくどい。たいするエンゲルスは、「すらりとして背が高く、身なりをととのえ、ビジネスマンの雰囲気をただよわせ、いつも書斎を整とんしておくのを忘れない人間だった」「できるだけ平易な文体で、博識をひけらかすようなレトリックを避け、読者にわかりやすく書くことにつとめた」と、ある本にありますよ。にもかかわらず、じっさいには、かなり内側にそういう軍事のことみたいな、ヲタ精神を秘めていたわけですよね。TPOをわきまえて書いていた。
なんかわたしについてはむかつく評ですね。まあ、フレッドは、イギリスで繊維会社の社長をやっていて、昼間は今でいうと商工会議所とかロータリークラブに出ているくせに、夜な夜な革命運動やっていたわけで、つきあっていたブルジョアどもはだれも彼のそんな「夜の顔」を知らなかったようですよ。
そのへんの、精神の均衡がとれているのにミステリアスってな具合が、また……。
まあ、そそられるといいますか、興味のつきない人物って感じですよね。だいたいどんなことを言っても面白い返事が返ってくる。自然科学にも造詣が深いから、きょう地質学の本を読んだよ、とかいえば、ばーっといろんなことを書いてよこしてくれる。
あなたでさえ、自然科学の問題については「僕はいつも君の足跡について行く」(1864年7月4日マルクスからエンゲルスへ)といってますもんね。だいたい、あなた、いちど、おかしな生物学者(トレモ)の学説(人種の特徴や国民性がその国の地質によって規定されている等々)の虜になって、「ダーウィンよりもはるかに重要で内容が豊富」(1866年8月7日マルクスからエンゲルスへ)だとかわめいて、エンゲルスに手紙で「ていねいに一蹴」されてるでしょう(笑)。エンゲルスが「彼(トレモ)の全理論はとるにたりない」「笑止千万」「純然たる作り事」(同年10月2日エンゲルスからマルクスへ)とか鼻で笑う手紙を送っている。
あー(赤面)。あのとき、かなりムキになって反論の手紙とか書いたんですが。
エンゲルスにこてんぱんにやっつけられると、あなたは反論できなくなって、こっそり別の人(医者のクーゲルマン)にトレモの説をまた吹聴するという(爆笑)。
いやまあ、あのその(滝のような汗)。
ほかにも可笑しかったのは、あなたの冷やかしですよね。エンゲルスが生理学の勉強をしているといったら、「君が生理学の勉強をしているのは、メアリ(エンゲルスの妻)のところでか、それともどこかほかのところでか?」(1851年2月3日マルクスからエンゲルスへ)とからかったりしてますよね。これって、現代風にいうと「へー保健体育の勉強してるんだー。じゃあ、エリコのベッドで教えてもらいなよぉ」とかいうのと同じでしょ。
あんた厨房ですか。
うるせえな! 人の手紙なんか読むな!

相手にとって「興味がつきぬ」存在

ちょっと話が脱線しましたが、相手が「つまらない」人間じゃなければ、電話とかメールとかけっこう自然に頻繁にやりとりしますよね。
そうですね。遠距離の連絡では、そのことってけっこう大事じゃないかと思いますよね。
別に、客観的にスゴい人かどうかじゃなくて、相手にとって、「つまらなくない」人間であればいいわけで。あなたの娘たちが書いた本のなかで、「二人は、毎日のようにたがいに手紙を書いたが、うちでは、モール(ムーア人の意味。マルクスは色が黒かったので)と呼ばれていた父が、エンゲルスの手紙にむかって、書いた当人がまるで目の前にいるかのように、『いや、そうじゃない』、『そうだ、まったくそのとおりだ』などと語りかけていたことが、幾度もあったのを、いまでもおぼえている。なかでもいちばんよくおぼえているのは、モールがエンゲルスの手紙を読んでたびたび笑いもしたが、ときには涙が彼の頬をぬらしていたことである」(『モールと将軍』)と言っているでしょう。あなた、よっぽどエンゲルスが好きだったんですね。
(赤面)いやその。まあ、そういうことを考えてみると、こちらの「遠距離恋愛論」というサイトなんですが、ここのアドバイスというのはまったく賛成できないですよね。「遠距離恋愛の秘訣」として女性側に説く心理テクニックとして「男は追いかけられると逃げる」として、「自分から彼に電話をかけない」「メールは返事を待つ」と主張しています。非常に違和感を感じます。
同感ですね。そもそもサイトがアフィリエイトをしているというのが不純ですが(笑)。「自分磨き」をしておけ、という項目もあって、それだけは、いまぼくらが話してきたことに重なりますけど、このサイトのいう「自分磨き」というのは、多分に化粧や服装、せいぜい「お教養」の臭いがします。しかもそれは女性側にだけ説かれていて、男には求められない。男性側の秘訣をみると「マメに連絡しろ」とか「デートの計画をたてろ」としか書いてない。しかもぜんぶアフィリエイト(笑)。非常にいやらしい男性観と女性観が見えかくれしていると思います。
さきほどとりあげた、「遠距離恋愛保存委員会」サイトのほうは、男女問わず、「意識的にコミニュケーションをとる努力をしろ」といっているわけですが、これ自体は大事だとおもいます。
ええ。ぼくもそう思います。相対的に見てそのことは独自の努力がたしかに要ります。だいたい、会いに行くのはぼくのほうですし(泣)。しかし、やはり規定的な問題として、おたがいがおたがいにとって興味つきぬ存在でないとそういうモチベーションが生まれないということが根っこにあると思います。それなしに、いくら頻度をあげても無意味です。頻度の高いコミニュケーションというのは、どちらかといえば、その結果ついてくるようなもんだと思いますがね。「興味がつきぬ」ってのは、必ずしも「自分磨き」をした相手でもない。馬鹿でドジな男でも「もうしょうがないわねえ」みたいにして「興味がつきぬ」ってこともありますよね。
おまえじゃん。

けっきょく生活の苦労がはじまったら、ママゴトみたいなもんじゃないの?

安彦麻理絵の漫画(『コンナオトナノオンナノコ』)で、子どもができて、はじめて夫婦の家庭像のズレに気づくって話があるんですよ。この漫画、陣痛がきたとき、「もうふたり(夫婦)だけじゃなくなるんだな」「ふたりだけの生活がもうすぐ終わるんだ」「もうすぐ終わるんだな」としつこいくらいに心の中でくり返し、強調して、子どもができれば人生で二度とそういう「ふたりだけ」という瞬間はこないということに思いを馳せて、女がタクシーの中で男の横で涙を流す瞬間があるんです。これすごくよくわかりますよ。なつかしいとかさびしいという気持ちになるんですね。いや子ども生まれたことありませんけど。
ほう。
ある意味でコドモ的な甘えだとは思うんですが、経済理由や不妊、なんらかの不安で子どもをつくらず(つくられず)にいるのではない場合、つまり、二人だけの時間を楽しみたいというので、子どもをつくらない場合、ふたりでホゲホゲしている時間というのは、自分で時間を搾取しているようなもので、その場合、結婚にいたらないつきあいとか、ふたりだけの同棲生活とか新婚生活なんていうのは、「ママゴト」みたいなもんなんじゃないか、子どもができ、保育園や学校に通わせ、それを支える生計が問題になっていく瞬間に、真の「社会生活」がはじまるのであって、いま自分がしている恋愛とか「新婚」生活というのは、まだなーんも試されていない、ただの甘ちゃんの話じゃないか――そんな不安はたえずあるんです。
この漫画(のこの回=12step)のラストに主人公のモノローグが入りますよね。「『うらやましーよォ マサミちゃんとこはー』 昔友達が言ってた事を思い出す 『未だにふたりでずーっとしゃべって盛り上がってるんでしょー?』 たしかにね たしかに会話がないよりも あった方がいいにきまってる でも『かんじんなこと』話さなきゃイミないんだよ 『どーでもいーこと』はいっぱい話した でも『かんじんなこと』はぜんぜん話してこなかった 私達はこれからどうなるのかな」。で、子どもの育てかたの違いのズレでお互いの気持ちまでどんどん離れていくという。
こ・わー。こわすぎ。リアルすぎるっす。本年最高のホラーに決定。
だから、いまいってきた「遠距離恋愛」どうのこうのというのも。
いや、ほんとママゴトみたいなもんで、実際にはいっしょに生活をはじめて子どもができたときに、逆に生活の厳しさを試されてないぶんだけ、崩壊する危険だって大きいと思うんですよ。だから、いっしょに住んでたり、子ども産んで育ててる人のほうこそすげえな、とか思います。その意味で、あなたは夫婦生活、家庭生活においては、ぼくよりも年季が入ってますよね。
いちおう、妻一人、娘3人の家族でした。
非常に貧しい生活だったわけですよね。貧困のために、息子(エドガー)が5才で死んだりとか。
ええ。棺桶も買えませんでした。
なんかものすごいシビアな話になってますが。
とにかく貧乏すぎました。どん底です。わずかな家賃が払えずに、ベッドや衣服、子どものオモチャまで差し押さえられて。原稿用紙を買うためにわたしはオーバーを質屋に入れたり、貴族出の妻は実家から持ってきていた高価な食器を質に入れようとして盗品と間違えられてブタ箱に入れられました。
「ここ8日ないし10日の間、私の家族はパンとジャガイモだけを食べてきました。今日はそれすら手にいれることができるかあやしい次第です」――これ、あなたのエンゲルスへの手紙ですよね。イェニー(マルクスの妻)の悲しみようも尋常じゃない。あなたがエンゲルスに送った手紙をみると、奥さんが非常に苦労してときはあなたを責めていて、あなたはそれに反論もできないってさまがよく出てくる。「妻の苦しみやぼく自身の無力を考えると、悪魔の口のなかにとびこんでしまいたいくらいだ」「妻は毎日、ぼくにいう――子どもたちといっしょに墓に入ってしまいたい、と。そして、ぼくには彼女がそういうのを本気で責めるわけにはいかない」「こんな泥沼は最悪の敵にさえ渡らせたくない」。
面目ない。
エンゲルスに仕送りしてもらっていたのは有名ですよね。手紙をみると、いつもあなたに仕送りしていて、あなたはいつも申し訳なさそうに受け取っている。それをエンゲルスが“そんなふうに他人行儀に感謝するのはよしてくれ。申し訳なさそうに全然しなくてもいいんだ”と慰めている。いったい、どれくらいもらってたんですか。
やはり20年間、仕送りしてもらいました。総額で3000ポンドです。
いまでいうと、どれくらいのお金なのかなあ。
当時の不熟練工の年収が約50ポンドですよ。
じゃあ、ひじょうに大雑把にかんがえて、当時の50ポンドがいまのフリーターの年収くらいってことですか。
これが仕送りの年次表です。(みせる)
(それを見て)はー。最初の10年くらいは50ポンドくらいで、あとは2〜300ポンドですね。けっこうたいそうな額じゃないですか。
エンゲルスの収入の10分の1くらいを仕送りしてもらっていました。
それを20年! あなたの才能をみこんで、自分はそれを支えるという決意で献身したわけでしょう。いや、ほんとそれって、「愛情」なしには考えられないと思うんですが。あなたに惚れ込んでいたわけですよ。そういえば、あなたは、ジャーナリズムにモノを書いて生計を立てていた以外に、家計を救うために、鉄道員に応募したことがあったとか。
ええ。ロンドンの駅の改札係なんですがね。この、ぼうぼうのヒゲと人を刺すような目つきが悪印象で、しかも稀代の悪筆だったんで、落とされました。
フリーターなみの収入で、就職面接にも落ちたことがある――なんか、今の若い人のなかにある「貧困」そのものですね。とにかく、あなたはそういう苦境のなかで『資本論』を書き上げ、3人の娘を立派に育て上げた。あなたのエンゲルスへの手紙とか読んでいると、娘さんたちが学校で賞をもらったり、けっこうすごい才媛として紹介されてますよね。
食後にシェイクスピアを声に出して読み、みんなで聞くのがわたしたち家族の楽しみでした。
なんかすげえ教養家族ですね。しかも娘たちの書いたものを読むと、奥さんともかなり仲むつまじかったとか。
率直に言って、妻が死んだ後の2年間は「廃人」でした。
いや、話がおそろしくディープなところまで行ってしまいましたが、そういう話をきくと、あなたは、生活の苦闘もしながら、家庭生活も営んできた。
営んだんだか、破綻していたんだかわかりませんが、辛酸をなめたことはまちがいないです。
ぼくは、生活の苦労がはじまって、はじめて生活の「本史」がはじまるんじゃないかと思うんです。そういう意味では、まあ、遠距離恋愛でくっつこうがはなれようが、人生のうちのひとつのエピソードであって、まあ、どってことないんじゃないかと思いますけど。
それがオチですか。怒られますよ。





【この企画を作成するうえで参考にした文献】

『マルクス・エンゲルス全集』29〜31巻(大月書店)
服部文男『マルクス探索』(新日本出版社)
木原武一『ぼくたちのマルクス』(筑摩書房)
大内兵衛『マルクス・エンゲルス小伝』(岩波新書)
柄谷行人・浅田彰・市田良彦・小倉利丸・崎山政毅『マルクスの現在』(とっても便利出版部)
不破哲三『古典への旅』(新日本新書)
不破『「自然の弁証法」――エンゲルスの足跡をたどる』(新日本出版社)