山本夜羽『マルクスガール』



 この漫画は、ある種の「独立左派」の気分や雰囲気というものを、暴力的なエネルギーで表していて、その爆発解放されるエネルギーの前には、スジが粗いとか、話が破綻しているとか、そういう小賢しいツッコミはどうでもよくなる。それが気になる人は、「独立左派」であったという個人史を今あるいは過去に一度ももっていない人である。

 本書は、マルクスボーイ(戦前マルクス主義に傾倒した学生や青年をこう呼んだ)ならぬマルクスガールたる女子高生・菅野清子(かんの・すがこ)とそれをとりまく面々の、破天荒な高校生活を描いたもの。

 ぼくは、「独立左派」すなわち組織というものを忌諱する左翼であるという個人史を、まさに菅野清子と同じく、高校時代にもっており、菅野がしばしば作品中でみせる高踏的な姿勢や反秩序的なふるまいにすべて既視感がある。というか、自分に突き刺さって痛い

 表題を「マルクスガール」としたのは、山本的な「独立左派」の気分を見事に表している。無根拠な自分というものがまずあり、その自分自身を表現したいという欲望があって、思想は自己を表現する上での道具にすぎない。菅野清子は言う。「あたしには伝えたいことがある だから描く… 絵はあくまでその手段の一つ…」。
 そこでは、左派的な思想というものは、自分の反体制的な感情や、世界を破壊し創造しようという志向を、「表現」してくれさえすればいいものである。マルクスが何を体系的に明らかにしたかなどということよりも、マルクスの言葉の断片からイメージされるもの、マルクスにまつわる文化やその周辺の空気や「匂い」こそむしろ大事なものとなる。
 だから、菅野はマルクスについて「100年以上も昔にね…… 夢を喰って夢を売った天下の大サギ師……」という以上には語らず、部屋に大きなマルクスのポスターを貼っているばかりである。
 そうだ。
 ぼくもマルクスのポスターを部屋に貼るというメンタリティ、ロフト・プラスワンのような場所でクダをまく調子、校舎の壁に大きな落書きをするという悪行、セックスという反秩序感やリアルを貪るような感覚に身を沈めることに憧れた(いや、別にそういう高校生活を送っていたわけじゃありません)。
 マルクスそのものではなく、マルクスによって表現された自分である。
 別の言い方をすれば、それは思想を「ファッション」として扱うことだ。
 戦前、「マルクスボーイ」と呼ばれた学生や青年たちにむけられたこの呼称には、思想をこのように扱うことへの揶揄がこめられている。
 だが、山本的な「独立左派」にとっては、まさに思想をそのように扱うことこそが必要なことなのだ。「あたしの革命」「思想が人をダメにするんじゃなくて人が思想を貶めるんだ」というこの作品中にちりばめられているセリフには、その決意のほどが見て取れる。まず自分があり、自分が世界にむかう道具として思想がある。だからこそ、菅野にとって世界とは「ちっぽけな一人一人の強い意志」によって獲得されるものだとみなされるのである。「真の民族派右翼」と「マルクスガール」がやすやすと越境できてしまうのも、思想がそのように扱われているからに他ならない。

 マルキストであり、組織を使う左翼であるぼくは、いまやそれとは違う思想の扱いかたをする。世界という客観的実在があり、それを把握したものが思想だととらえる。不破哲三が「あなたにとって共産主義とは」とある新聞のインタビューで尋ねられ「世界観です」と答えたのは、まことに不破らしいが、これは組織的な左翼の思想に対する態度を端的に表している。
 だから、まさにいまのぼくは「マルキスト」であるのだが、菅野は「マルクスガール」なのである。

 じっさいのところ、この山本的な思想の扱いにシンパシーを感じないでもない。というか、かなり強烈に「後ろ髪をひかれる」ような思いをもっている。
 ある友人がぼくの結婚式のパンフレットに「そういうことへのこだわりは、思春期を終えたときに、あるいは唯物論を知ったときに、たいがいの人は、どこかに捨ててくるものではないかと思う。しかし彼にはそれが残り続けている」と書いたが、「独立左派」であった高校時代のぼくというものを完全に埋葬してしまうことはなかなか簡単にできるものではなさそうなのだ。

 しかし、やはり「わたし」からはじまり「わたし」で終わる革命は、果たして世界を変えられるだろうか、という思いの方がぼくの中では強く、「このような思想の扱いから自分は離れたのだ」、と今懸命に自分に言い聞かせているところなんスよ。



 ところで、秋水と刑務所で最初に面会したときに、秋水が着ている、「臨界」ってロゴされて目を塗りつぶしたアトムが飛んでいるTシャツはどこかに売ってないでしょうか。ぜひほしい……。


ヤングチャンピオンコミックス(全2巻)
※山本のペンネームは現在「山本夜羽音」である。
2004.10.10感想記
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