湯浅ヒトシ『耳かきお蝶』




耳かきの快楽について



 本論に入る前に。

 耳を掻くのは気持ちいい。ぼくのつれあいは、毎日耳を掻いている。旅行に行っても耳かきがないと大騒ぎする。ぼくが1週間も掻かないで耳あかがごそっと出ると見に来て「うわー」と大興奮する。「そんなに掻いてないと何も聞こえないんじゃないの」「よく我慢出来るね」などと。

 耳かき自体はぼくも大好きなのだ。

 2chにこういうスレがあるが、禿同のオンパレードである。

あぁ.........恍惚の耳かき
http://life.2ch.net/kankon/kako/998/998484378.html

14 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2001/08/22(水) 22:30

 前、パワフリャーな実兄に耳掻きをしてもらってた時期があった。
 パワフリャーすぎてちょっとイタイくらいだった。
 そんなある日、耳の中がなんとなくかゆくなってきた。
 それでも耳掻きをやってもらい続けていたら、
 なんか膿が出てくるようになった…
 兄の耳掻きがパワフリャーなせいで、傷をつけていたのだ。

 掻きすぎには注意しましょう。
 1ヶ月耳鼻科通ったよ。

 これはまさにいま自分がそうなってしまっている。耳鼻科に通っている。
 さらに、

27 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2001/08/23(木) 00:06

 プチ外耳炎で外耳道にカサブタ状の耳垢が毎日溜まるので
 何気にほじくってひん剥いてしまう。
 後からリンパ液状の水分が出てくるのだけれども、

 冬場はそれが早くカサブタになるので
 また剥いて…
 大きなカサブタ取れると最高に気持ち良いんだけど、
 何十年も続けてるとガン化のリスクがあるらしいので「耳ネンボー」に変えた。

 これもまったく今現在のぼくである。次のレスが「うおっ仲間がいた(笑) 」だったが、まさにそのとおりなのだ。
 とくに他人にやってもらうのが最高に気持ちいい。
 耳鼻科で医者にとってもらう瞬間がたまらない。
 上記のレスにあるとおり、「後からリンパ液状の水分が出てくるのだけれども、冬場はそれが早くカサブタになるので」、ものすごくでかいかたまりになる。それがペリペリと剥がれるさいのあの恍惚感といったら……。

 医者がやるという安心感が大きい。
 つれあいにやってもらうこともあるのだが、どうも突然痛くなったりしないかという不安でいっぱいになって心から安らげない。また、ほじりすぎではないか、という疑惑もたえず頭をもたげる。
 その点、医者なら安心だ!
 身も心もあずけきった超リラックス状態で掃除をしてもらう。鳥肌がたつほどの恍惚感が走っていることは気取られぬように身を任せる。それが楽しみで医者に行っているので、早く終わると「え、もう終わり!?」と心のなかで叫ぶ。逆に、「あれ……とれないな、コレ」とかいって医者が苦闘しているともう最高。オルガスムが永遠に続いているかのようだ。医者が同性だろうが異性だろうが、それは関係ない。
 カサブタ状になっているとかゆみが走る。なので、それを医者が剥がすさいに、ちょっとだけひっぱられて、ちょっとだけ痛いのも快感なのである。

 原体験として、小さい頃、プールにも入っていないのに、プールで耳に水がつまったような聞こえ方になり、耳鼻科にいったら、「ああ、鼓膜のところで耳あかがカタマリになっていますね」といわれてペリペリと剥がされたこと。すると、ウソのように耳がよく聞こえるようになったのだ。そして、「耳かきもとどかない鼓膜のところに耳あかの巨大な塊が付着している」というイメージが頭にこびりついてしまい、奥の方にそのような「大鉱脈」があるのではないかといつも想像してしまう。

 紹介した2chスレもそうだし、ぼくがいま筆を走らせてしまったのもそうなのだが、耳かきの恍惚は性的な恍惚に似たところがある。「異性にひざまくらをしてもらい耳掃除される」というのが愛情表現だというのは激しくうなずけるところである。
 昔、つれあいではない、ある女性から「紙屋さん、耳掃除させてもらえませんか」と言われたことがある。非常に魅力的な提案だった。別にセックスしたりキスしたりするわけではないから……と一瞬心がゆらいだのだが、よく考えてみてその状況に付帯する性的な空気に思いを馳せ、「いや、それはちょっと…」とかろうじて断った。いやー、もしほじってもらっていたら、完全に浮気だっただろう。

 そういえば「山本耳かき店」というのがあって、女性が耳を掻いてくれるのだが、下記の動画をみると、「当店は風俗店ではありません」という断りが出てくる。
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=113237

 しかしアレだよね、同店のホームページをみると働いている女性の顔写真を並べる雰囲気が風俗店のそれに似ていて、やはり耳かきとは性的なものではないが、性的な空気をそこはかとなく漂わせているものなのだなあと思うね。レポーターも乱一世だし(笑)。


 ぼくなどは、ふつうの肩もみ店でさえ「体に触られて快感を得る」というニュアンスを感じてしまって、入るのに羞恥心を覚えてしまう。ものすごく後ろめたい気持ちがあるので、いまだに入ったことはない。




江戸庶民の生活の活写に魅力の中心がある



耳かきお蝶 1 (1) (アクションコミックス)  さて、そんなわけで湯浅ヒトシ『耳かきお蝶』は設定ですでに萌える。
 舞台は天保期の江戸。耳かきを生業とする美人・お蝶の物語である。
 美人に膝枕をされて恍惚に至らない殿方は滅多にいないであろうが、お蝶はさらに腕がいい。耳かきをされた人は、精神が解放され、さまざまなわだかまりがそれによって解体してしまうのだ。まあ、それ自身は荒唐無稽なのだけども、耳かきのカタルシスをよく表している。

 たとえば、ある大名家をつぐことを逡巡していた男が、お蝶の耳かきをうけるシーンがある。
 重い岩に押しつぶされそうになっている最初のイメージ。
 その岩がとりのぞかれ、男の目の前に笑ったお蝶があらわれると、男の手をとって空に舞い上がっていく。
 耳かき一つで大げさな、と思う人は、耳かきの効果を知らぬ者である。お呼びでない。あっちいけ。しっしっ。

 だけども、個人的には色艶のある女性をせっかく主人公に据えてくれたんだから、耳かきがもつ性的恍惚ともいうべきものをもっと表現として追求してほしかった、というないものねだりをしたくなる。
 そんなふうにしてしまうと、漫画がたいそう下品になること請け合いなのだが。
 いや、ありますよ。耳かきをされた元侍が、お蝶を思って夢精してしまうというくだりが。でもそういうのじゃないんだ。もっとこう、耳かき自体のやらしさっていうかさ、ほら……。

 まあいいや。

 実はこの漫画をぼくがどの点で楽しんでいるかというと、ここまで耳かきの快楽について書いておきながらナンであるが、その点ではない
 一話一話でさまざまな江戸の住人がお蝶のもとを訪れるのだが、その江戸庶民のくらしぶりがウンチク的にも面白いし、また、短いながらに生き生きとした描写になっていて、そのことが読んでいて楽しい。

 たとえばお蝶に惚れてしまう元侍は、士分を捨てて、錦絵の彫師になる。そこでの師弟関係やライバルとの緊張関係が描かれるのがいい。
 杉浦日向子『百日紅』には絵師のギルドが描かれているけども、そうした江戸の職人社会が一つではなくいろいろ見られるのである。
 他にも、花火職人。
 江戸時代には鮮やかなオレンジや緑色を出す技術がなく、その技術を得るために自身と妻までを犠牲にしてしまう職人の話がある。
 あるいは籠かきの世界。落語の『抜け雀』なんかでも解説されるんだけど、籠かきっていうのは当時相当なワルの世界で、ひ弱そうな旅の女性なんかを見つけると断りきれないような形でカゴに乗せ、強姦したあげくに女郎屋に売ってしまうということもあったようだ。
 本作では江戸に出てきた田舎者などをつかまえて、死ぬまでタコ部屋に入れてコキ使う話が出てくる。
 こうした江戸庶民の生活の活写こそ、本作のひとつの魅力だ。

 3巻の終わりにみなもと太郎が、

「殺気を放つほのぼのマンガ、というものがもしありえるとするならば、『耳かきお蝶』がそれだ。ありえない作品なのである。……『耳かきお蝶』を無理にジャンル分けすれば『ほのぼの時代劇』ということになるだろう。しかし、このマンガの登場人物は皆、真剣に生きている。真剣に生きようとあがいている。/主人公のお蝶も、市井の魚屋も、花火職人も、ワケのワカラン浪人者も、みな己の人生を賭けて世の中を渡っていく。そのために時として死と隣り合わせても。/こんなほのぼのマンガがあっていいのか。/いや、あるからこそ素晴らしい」

と賛辞を寄せている。みなもとが二十年以上前から注目してきた作家らしく、思い入れがある。だが、みなもとが「戦慄」とか「殺気」と述べたほどの鋭さは感じなかった。みなもとの評は、どちらかといえばぼくにはピンとこなかったのである。それはやはり長く湯浅を見つめ続けてきたものだけが抱く感想なのかもしれない。

 夏目房之介の評の方が、ぼくにはしっくりきた。

「江戸物なんだが、わりときちんと知識を仕込んでおいて、いい加減に遊ぶという距離感の作品。耳かきされると幸せになって悪人も善人になっちゃうみたいな話なんだが、何か絵がすっきりしてて嫌味がないのと、時代劇みたいな話の作りがうまくて、暇つぶしに読んでうっかりキュンときちゃうみたいな良さ」(※夏目のブログより。現在キャッシュしかみられない)

 夏目は「昨日、眠る前に何の気なしに二冊読んだら、これがけっこう面白いのだった」とも書いているが、まさにそんなふうに読むのが合っている漫画のように感じた。






双葉社 アクションコミックス
全4巻
2008.4.17感想記
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