南Q太『クールパイン』/68点


 クールパイン

主人公の女子高生が、先輩の家に遊びにいって、なかば強引にヤられてしまい、その後も、ちぐはぐな先輩とのついあいをしているうちに、その先輩がすごく好きになっていく。

 と、こうあらすじを書くなんだかなあ、というふうに聞こえる。

 南Q太のマンガは、そんなふうに、あらすじを紹介しても、なんの意味もないものばかりだ。

 ある映画評論家が、南Q太のマンガを評して、「ひとつのエチカ(倫理観)に貫かれている」といったが、南Q太をこう言えるのはなかなかすごいことだと思う。
 というのは、わがつれあいは、南Q太のマンガの一つで「さすらい」というのがあるんだが、マンガを読んだ後、そのトビラ絵が、田舎の風景を描いてタイトルがはじっこに「さすらい」とあったのをみて、「この作者は絶対になにも考えずに、こういうタイトルをつけたにちがいない」と云ったからである。

 つまり、なにか訴求したいものが明確になっていて、それを描いているというわけではなく、思ったままをダラダラと描いているという印象をうけるのだ。

 前に描いた魚喃キリコは、『strawberry shortcake』というタイトルを、「ほんとうはイチゴショートケーキのように甘ったるい本質をもっているんだよ」といいながら、徹底したドライな人間関係を描いている。
 しかし、南Q太にはそういう計算がまったくないように思う。『クールパイン』というタイトルには、そういう奇妙な、形容しがたい、かつ安っぽい味のことを名付けたくてこうしたように思うのだが、魚喃キリコのようなハッキリとした戦略性を感じないのだ。

 たとえば、『クールパイン』のなかで、最初に、先輩に強引にヤられてしまい、そのあと、友だちに見栄をはるような、強がりの電話を入れる。「おう! やったやった。もーすっげー痛ってーさいてーだよ。めちゃくちゃ痛いわ、あれ」。このセリフとやり取り、ほんとうに、ぼくは恥ずかしいような、さびしいような、たしかに居心地の悪いなれ合いを感じる。
 ぼくは、そして、ただヤりたい一心でヤってしまい、事が済めば用なしのような顔をしている先輩に、強い嫌悪を感じた。じっさい、しばらくさびしそうなセックスの描写が続く。
 そして、主人公・里香は、ただふて腐れたようにセックスをつづけている自分を「なんかしらないけど、負けたくなかった」と感じている。
 男に話しかけられるだけで、「やったんだろ」と決めつけ、不機嫌になる先輩。
 里香はそのことがむかつくので、「てめーの頭にはセックスしかねーのか」とキレる。
 ぼくは、ここでも先輩になんの共感も感じないし、あいかわらず嫌悪をかんじる。
 ところが、里香の友人、たかこが、先輩と親しそうにしているのをみて、自分のなかに嫉妬心をのようなものがおきてくる。先輩と再びいっしょに帰る姿をみて、たかこが「より戻ったんだ?」というと、里香は「そう」と一言だけ返す。
 そう言ってしまうことによってだけ、自分の気持ちの輪郭をなぞったかっこうだ。
 ここまでのやりとりをみても、ぼくにはあいかわらず先輩は不愉快な存在だし、なんの魅力も感じない。里香が先輩を好きになるような必然性もどこにも示されはしない。

 南Q太は、その場その場のいらだちや居心地の悪さ、あるいは気持ちよさを、ただなぞっているだけにすぎない。内田春菊が男を描く時のように、何かを告発しようという気負いもまるでない。
 ぼくには、おそらく自分の気持ちのうつろいを、ただただ漫然と描いているんだろう、それがある世代の感性にたまたまヒットしたということだろう、としか、はじめは思えなかった。

 しかし、冒頭に紹介した映画評論家はそうではなかった。
 一貫したエチカが流れているという。「彼女のマンガに登場する女の子たちは、ある居心地の悪さや苛立ちを持っているが、これは、そのエチカを周囲の人々と共有することが出来ないことがその理由だろう」とのべている。
 そして、南Q太自身も、「思うに、みんな愛を知らないんですよ。…みんな肝心なことがわからなくなっちゃってる。でもそうじゃないだろって(私も)言っているだけで、私も何も言ってないのかもしれない。分からないから、いくつもいくつもマンガを描いているわけだし」とのべている。

 ただ、その映画評論家は「誰からも所有されることを拒否するような個別性」を一貫したエチカだといっているが、それは本当に南Q太のごく一部でしかない。
 この漫画家がいらだっているものの正体は、本人にもわからないし、読んでいる人にもわからない。いまではぼくは、そういうとらえどころない、恋愛の豊かさを、ただただ紙をつかって表現しようとして、またそれを逃してしまうようなもどかしさを感じることができる。


(祥伝社)


『地下鉄の風に吹かれて』の感想はこちら


採点68点/100
年配者でも楽しめる度★☆☆☆☆

※参考「ユリイカ」97年4月号
2003年 1月 13日 (月)記

メニューへ