『ミサイル防衛――大いなる幻想』/採点62点


 ある小学生の人のサイトにいって、ちょっとショックをうけた。
 「お父さんがさっき朝鮮の話をしてくれて、こわかった。ミサイルでねらわれてるんだって。死ぬかも知れない。死ぬなんて考えたこともない。どうしよう」
という趣旨のことが日記に書いてあったことだ。

 もちろん、これが日本の平均的な声の一つであることは、よく承知している。
 しかし、なんつーか、その、「北朝鮮脅威」論の「浸透現場」をリアルタイムで見せてもらったような、生々しさがあったのだ。

 はじめにいっておくけど、わたしは、北朝鮮という国は、かなり無法きわまる国家だとおもっている。拉致はもちろん、大韓航空機爆破、ラングーン事件(韓国大統領爆殺未遂)、日本漁船銃撃事件など、枚挙に暇がない。もちろん、いまはじめている核開発は言語道断である。
 そして、この「小・中学生」の人がいったように、日本が北朝鮮のミサイルの射程内にあることもそのとおりだろうとおもう。

 ただ、つぎのような指摘もある。
「状況を公正に言えば、北朝鮮と中国こそ、長い間、日米軍事同盟によって攻撃的戦域(中距離)ミサイルの圧倒的な脅威にさらされてきた。横須賀には、横須賀米海軍基地を母港とする6隻の米軍艦に500基ものトマホーク巡行ミサイルの垂直発射管が装備されている」(『ミサイル防衛――大いなる幻想』70ページ)

 「中国や北朝鮮こそかわいそうだ」という話ではない。「平和な日本を、得体の知れない悪魔がおそってくる」などというナイーブな話を信じるわけにはいかない、ということを言いたいのだ。東アジアをとりまく情勢は、相互に軍事的に緊張した、きわめてあやういバランスのうえに立っているのである。

 北朝鮮が無法な国だという問題と、その国の国際的な無法と冷静にむきあうこととは、まるで別の問題である。いくらでも世界にはひどい軍事独裁の国があるが、だからといって、それでその国とつきあいをやめたり、戦争で抑え込んだりするわけにはいかないのだ。
 だから、いま、日米の政府が、どちらもミサイル防衛構想に走り出しているというのは、まことに理性を欠いた対応というか、無法に無法でこたえるものだいわざるをえないのである。この「小・中学生」のような煽られ方をして、「だからミサイルで防衛を」という落としどころは、私にいわせてもらえば、むしろ危険を増幅させるものなのだ。
 その意味で、この本はたいへんタイムリーである。

 この本は邦訳書であり、原題は『天空のマジノ線』という。

 マジノ線とは、フランスが二次大戦前にドイツ国境に築いた長大な要塞群のことである。
 フランスは、これでドイツの侵略をふせげると、安心しきっていた。
 ところがヒトラードイツは、そのウラをかいて、マジノ線を迂回してフランスに侵攻したのである。
 この本の筆者、デービッド・クリーガーは、アメリカ・ブッシュ政権がすすめているミサイル防衛構想を、宙天にかけられた「マジノ線」のようなものだという皮肉をこめてこの題をつけた。

 知らない人のためにいっておくと、簡単にいえば、飛んでくる敵のミサイルを、ミサイルまたはビームで撃ち落とすという構想である。「弾丸が弾丸をうち落とす」といわれるが、そんな生易しいものではなく、とんでくるミサイルは秒速7キロと想定されているから、太平洋のむこうで発射されたミサイルが数十分のうちにやってくる。しかも、それらは囮をばらまく。だから、迎撃は至難の技だといわれているのである。

 この本は、20人の専門家がこの構想を批判しているのだが、多くの論者が、たとえ完璧に迎撃できたとしても、米国に挑もうとする者は、ミサイルなどという手段をつかわずに、飛行機をのっとってビルにぶつけたり、船に小型核をつんで米国に寄港する、と指摘している。
 つまり、まさにマジノ線のごとく、何十兆円もかけてつくりだした防衛線を何の苦もなくすり抜けて攻撃をしかけるだろうと批判している。軍需産業にカネを落とすためだけに、しかけるようなものである。

 分析は共通している。
 この構想は「防衛」の名を冠しているが、実際には、そのまま先制攻撃の道具になりうるものである。そして、そのいちばんの心配をしているのが、中国とロシアである。
 小国(北朝鮮やイラク)には、アメリカに対抗するようなミサイル兵器をもっている国はいない。中国とロシアがかろうじてもっているが、もしこの構想が実現したら、まったく圧倒的な力の優位が誕生することになる。絶対にそうさせじと、中国とロシアが軍拡競争に走る、というものである。これが共通している。

 私は一市民として言わせてもらえば、そこで軍事悪循環に対応する中国とロシアにも罪深いものがあると思う。やめりゃあいいのである。ただ、この競争を加速する決定的なボタンを押すのは、まちがいなくアメリカのこの構想であり、それがいちばん罪深いことは言うまでもない。
 この本の論者たちが指摘するように、一番の解決は、「核兵器をなくすこと」(論者たちの言い回しでは、核軍縮とABM条約などの核管理体制の維持、ではあるが)である。

 SF『銀河英雄伝説』には、不敗の名将(しかし厭戦家の)ヤン・ウェンリーが登場する。
 ヤンの敵がいる星は、「アルテミスの首飾り」という12の強力な軍事衛星に守られており、すっかり安心しきっている。
 ヤンは、この軍事衛星群を、敵の思いもかけぬ方法で破壊してしまうのだが、そのとき彼は「要するにアルテミスの首飾りというハードウェアへの信仰をうちくだいてしまえばいい」とつぶやく。

 まさに、ミサイル防衛構想とはハードウェアへの信仰であり、それは軍事の悪循環をもたらし、防衛にもなんら役立たない。笑いが止まらぬのは軍需産業と、一部の「右」派論客だけである。

 と、ここまで私が高く評価しているのに、なぜこんなに点数が低いのかというと、私の勉強不足かもしれないが、大変な悪訳だからである。「無辜の市民を全滅させたり、自然環境を永遠に荒廃させたりする絶え間のない脅威に基づくのではない国防態勢には、確かに本物の魅力がある」って、意味はわかるけど、いい加減にしろといいたくなる。

 それでもブックレットで薄いので、がんばって読むことをお勧めする。



(デービッド・クリーガー、カラー・オン著、梅林宏道・黒崎輝訳/高文研)

2002年 12月 26日 (木)記

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