わたなべぽん『桃色書店へようこそ』



 東京に住んでいたころ、近くに朝4時まで開いているビデオ屋があった。
 本屋と一体で、漫画などが意外にも豊富だったので、日付をこえて帰宅するときなどによく寄った。この店は、手前の方には漫画が並んでいるがすでに手前の一部から「アダルトコーナー」が始まり、奥には入り口からは棚でしきられたようなかっこうでアダルトビデオのコーナーがある。べ、別にそのコーナーを利用していたわけじゃないからね!

 そのコーナーに入っている男性客たちには独特の雰囲気がある。
 黙々とビデオやDVDを繰っていく。やや緊張した面持ちで。
 自分の欲望に見合う「商品」を必死で探し当てようとする妙な熱気と、あまり満天下に向かっては公表はできない後ろ暗さが混ざりあう。

 細銀縁の四角フレームのまじめそうな青年もいる。
 そこに!

「あれー!? ○○さんじゃない!?」

 と、その細銀縁の四角フレームの青年に声をかける、別の青年が!(ちょい遊び人ふう)

「意外だなぁ! なに、○○さんもこんなの見るのー!? へぇー」

 「や、その……」という狼狽したふうの声。おそらく職場の同僚であろう。細銀縁青年と遊び人青年との職場でのウマのあわなさを何となく想像してしまい、明日からこのネタでからかわれるであろうという細銀縁青年のあえかなる身の上を思った。

桃色書店へようこそ  というぐあいに、「街の小さなエロ書店兼ビデオ屋」には、独特の空気とドラマがある。本書は、そのような「街の小さなエロ書店兼ビデオ屋」で働く女性店長のコミックエッセイである。
 冒頭に店の見取り図が載っているが、良く似ている。
 ただ、この店はアダルトコーナーがカーテンで仕切られているというのが、ぼくの行っていた店と違う。ぼくの行っていた店は「一般の漫画」コーナーと「エロディスク」コーナーがゆるやかに連続しながら、しかし棚で区別されているという「見事な」構成で、この作者の店のようにカーテンで仕切られているときのような断絶感がなかった。
 自然なのだ。

 そんなどうでもいいことをぼくが論じているのは、エロビデオを買う/レンタルせんとする男性にとって、このような「入りづらさ」「居心地の悪さ」は微妙な影響を与えるからだ。そして、本書は、このような男性客のもつ羞恥心を、女性の目から冷静に紙に落としていく、ということを一つのウリにしている。

 書店の常連で、店長である「ぽん」がちょっといいなと思っている山内さん(好青年ふう)。
 山内さんは、カウンターにすわるぽんに自分がいいと思っている本などを熱く語ったりする。山内さんは、ぽんが店長を勤める書店(はちどり書店)が次第にアダルトものをふやしていることを嘆くのだ。

「この店 随分変わったねぇ 僕はあまりこーいうの興味ない方だけど… これまさか 君が仕入れて… あははは ごめん違うよねぇ」

 ところがぽんが防犯カメラをチェックしていたところ、アダルトコーナーのお客さんのなかに、「山内さん」が映っている。しかも「2時間かけて大人の玩具を吟味しているではないか!!」。

 男性のもつ後ろ暗さ、欲望を体裁で固めるその欺瞞性とは裏腹に、店にくる女性客たちの開放性は実に対照的だ。「普通」の女性たちが「大人の玩具」を買っていき、「レディースデー」にはアダルトコーナーに来てはしゃぎ回る。
 そして、それがまた男性客の微妙な後ろ暗さを刺激してしまうのだ。

 エロビデオを隠れてみようとする作者の弟の小細工ぶりにも既視感がある。その巧妙すぎる小細工ぶりとともに、アクシデントによってその小細工が崩壊し、家族の前にその欲望が暴露される瞬間がたまらなくおかしい。ぼくとしては身に覚えがあって戦慄もするわけである。


 作者はあとがきで、「アダルトビデオや大人の玩具って人間の欲望に深く関わっているもの」なのだが、「そんな品々を求めにやってくる人々は真剣だったり、照れてたり見栄を張ったり、情けなかったり…と、なんだか人間くさくて可愛く思えます」と書いているように、この本からは「そんな雰囲気を感じ取って」いくことができる。

 ただ、この漫画は単に男性観察にとどまらず、「店長」として起きるトラブルへの対処や、経営的視点から何が売れるか、ということも綴っている。

 一番驚いたのは、「飼い主/ペットの調教プレイ」をこの店にしてやっていったカップルのことだ。女性にイヌと同じような屈辱的行為をさせるというアレである。
 驚いたというのはそのプレイのことではなく、そのプレイをやっている女性が「本当はイヤでたまらないのだが、男がどうしてもというから1回だけやってあげた」という事情だった。心底好き、という男女であれば、まあそういうやつもいるだろう、と思うのだが、女性がイヤでたまらないのに、よくそのプレイにつきあったな、ということだ。
 しかも別に男性から支配を受けているという様子でもないのである。

 女性に逆ギレされるシーンは、ある種の痛快さがあるとともに、男性側が非常に情けなく、読んでいる方もいたたまれない。ヘンな心持ちだ。

 「別ダ」誌連載ということもあって、絵柄とテンポはまるっきり若い女性むけのほのぼのコミックエッセイ。久世番子の『暴れん坊本屋さん』のようなハイなテンションがないので「名作」と呼ぶほどのエネルギーは感じられないのだが、日誌ふうの淡々とした叙述が客観性を高めており、かつ女性からの視点がユニークで、それなりに面白く読める。ちょっとばかり異色の「佳品」といえる。




メディアファクトリー
2007.3.4感想記
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