もしもアカの他人にセックスをお願いすることが…



 ソフトバンククリエイティブのメルマガ「ビジスタニュース」に「ドラえもんの革命、マルクスの革命」という一文を書いた。ウェブにもアップされましたので、興味のある方はごらんください(掲載は2番目)。

http://www.sbcr.jp/bisista/mail/art.asp?newsid=3356



 その文章でぼくは、

〈「ドラえもんの道具で欲しいものは何?」という問いかけを小さい頃、一度くらいはしたことがあるだろう。ぼくはいつも「もしもボックス」だと答えていた。〉

と書いている。

 もし「もしもボックス」があったら電話してみたいと思っているのは、「道ですれちがった女性にセックスをお願いする双方の精神的摩擦が、もしも握手するのと同じ程度だったら」という「もしも」である。

 電車の中でまったく見ず知らずの人に「握手」を求めるのは、かなり勇気がいる。しかし、できなくはない。知り合いでも「え、なんで?」と思われるだろう。しかしセックスを頼むよりは圧倒的にハードルは低い。

 乗り越えるべき壁の高さが微妙だと、なんとかクリアできるのではないかと妙に思考が熱中してしまい、道を歩いている時にそんなことをひとしきり考えて、「よし! これなら万全だ!」などと勝手にその場面をイメージトレーニングする始末。

ぼく

「あの……すいません、ちょっと申し訳ありませんが、ぼくとセックスしてもらえませんか?」
相手 「えっ……ええっと」
ぼく 「100人とセックスすると願いが叶うっていうのやってまして…。すいません、変な宗教みたいなお願いですが」
相手 「はあ……じゃあ、まあ……」

 いける! これならいける! すごいなー。選挙の候補者とかになれば、かなり自然にできるな、とか。

 しかし、これならナンパと同じくらいのハードルになってしまうのかな。



 よく考えれば「握手と同程度の摩擦」というのは、自分で勝手に設定したハードルなんだから、そんなに燃えるのは道理がないのだが。






2009.3.14感想記
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