本田由紀・内藤朝雄・後藤和智
『「ニート」って言うな!』

――感想その1



 しばらく沖縄に行っておりました。つうか、これも沖縄でアップしています。ようやくアップできる環境に移動できたのです。お待たせ。だれも待っちゃいませんが。


 本題です。

「ニート」って言うな!  この本のもっとも重要な価値をあげるとすると、統計的事実によって、昨今の「ニート急増」という虚像をくつがえし、ニート問題はフリーター問題に解消され、ニートという問題そのものが存在しないのだという認識を得られることである(ただし、本田のあげている統計が事実であれば、であるが)。

 3人が同じテーマで執筆をした「合本」のような性格の本(3部構成)で、著者の一人である本田のブログを媒介にして生まれた。それまでは顔も合わせたことがなかったという。
 うち、最初にぼくがのべたことは、本田の執筆した〈第1部「現実」――「ニート」論という奇妙な幻影〉にほぼ集約されている。「あとがき」で、ニートという言葉は消えても本書は普遍性をもっているので後世まで残るであろうと、さりげなく大言壮語して自分の執筆部署を売り込んでいる内藤の箇所(第2部)は、ぼくが重要とみなした価値は有していない(笑)


 本田ののべた統計事実はおどろくべきものだった。

 本田は、ニートの厚労省統計を分析し、「非希望型」=今仕事に就きたいと思っていない、「非求職型」=仕事に就きたいが今仕事を探していない、というタイプにわけ(「ニート」の総数は両者の合計)、1992年と2002年を比較し、非希望型は1.02倍、非求職型は1.65倍という事実を紹介している。これは政府統計の「就業構造基本調査」によって分類でき、数もはじき出せる。

 「働く気がない」という世間によくあるニート像は「非希望型」のみを指すことになり、この数はほとんどかわっていない、ということなのだ。つまり、働く意思や進学・職業訓練する気がない人間は、いつの時代にも一定数存在しているという事実を示すにすぎない、ということである。

 ニートのもともとの定義=「就労中でもなく、就学中でもなく、職業訓練もしていない若年層」ということからすれば、「非求職型」をニートにふくめるのは当然だという反論も返ってきそうだが、実はこの数は統計上「フリーター」概念(内閣府定義)に含まれているのである(このことは本書に書かれていない)。統計上のフリーター概念は、非正規雇用のほか、「失業者」つまり具体的に求職活動をしている人間を含むのであるが、内閣府が出した定義の中には、さらにそれ以外に、無業者ではあり求職活動をしていないが、就職の希望をもっている人間もフリーターに含めているのである(雇用構造調査で「就業意思あり」の割合を算出。それを国勢調査の既婚女性と学生をのぞいた「非労働力人口」に乗ずる)。なお、厚労省のフリーター定義には入っていないので、話はややこしくなるのだが。

 いまのニート概念(厚労省定義の)フリーターと、非求職型ニートの間に、太い線を引いてしまっている――本田はこのことに強い警鐘を鳴らす。なぜか。

〈実は「非求職型」すなわち仕事に就く意欲はあるが行動をとっていない層というのは、そのすぐ外側に接する位置にある失業者や「フリーター」の層と、本当は同種で連続的な層――同じような原因から生み出され、同じような困難な状況に直面している層――として、捉えられるべきである……にもかかわらず、両者を分断するような議論が生じたということです〉(p.45〜46)

 これはきわめて正しい。そしてすぐれた指摘である。

 ぼくが以前、玄田有史・曲沼恵子『ニート』を書評したとき、ぼくの頭には「非希望型」と「非求職型」が明らかに混在していた。言い訳めくが、これは、ニートの本来概念からすると当然ななりゆきだった。ぼくの書評で、左翼の友人が言った「ニート問題は就労ではなくて教育の問題」という処方について肯定的に紹介したのは、明らかに「非希望型」を念頭においてのことだった(本田はさらに「非希望型」のなかで「働く意欲がない人」と「必要に迫られていない人」を分け、前者を「不活発層」と呼んだ。より正確にいえば、ぼくはこの「不活発層」を念頭においたものだった)。
 しかし、「非希望型」をいつの時代にも一定数で存在する層だという認識をし、「非求職型」が増大しているのだ、というふうに考えれば、両者をいっしょくたにした「ニート問題」というものは確かに消滅し、「非求職型」の増大はフリーター問題へと吸収・解消されてしまうのである。

 そして、本田は「ニート」という概念が広まることの否定的影響として、労働需要側の問題、もっといえば企業側が正社員採用を抑制しているという社会構造の問題を見えなくしてしまうということをあげている。

 まったく鮮やかと言う他ない。すばらしい分析である。


 なお、「非希望型」のうち「働く意欲がない人」すなわち「不活発層」にたいして、教育的アプローチをして変化を促進することや、そのためのNPOが活躍していること自体はぼくは肯定的にとらえている。そのことはこの本を読んだ後もかわっていない。ただし、それは「急増するニートへの緊急かつ就労対策としての対応」という角度ではなく、変化を必要とした人にゆっくりと手をさしのべていくような、慎ましやかな活動としてである。そうした活動がいつの時代でも存在し、地味だが重要な活動をする意義をもっているように。


※感想その2につづく



光文社新書
2006.8.30感想記
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