今泉吉典『ねずみの社会』・宇田川竜男『ネズミの話』ノート



 谷口ジロー『シートン』の感想のところに書いた、ぼくの職場でネズミが出現する騒動のことだが、あの感想を書いた後、偶然にもそのとき読んだ本のノートが出てきた。もう7〜8年前のものになってしまったが、なかなか面白かったのでその一部を書いておく。ただ、今泉の本は1955年の初出だし、宇田川の本も1974年のもので、かなり古い知見であることはおことわりしておきたい。



ネズミの進化上の強みとは


 ネズミというのは、基本的にとりえがない。とって食べやすい動物なのだ。それがなぜふえたかといえば、多産による繁殖。これである。たとえばドブネズミの場合、すぐ交尾し「百発百中」なのである。1回で10匹がうまれるが、21日で出産。寒中と盛夏をのぞいて繁殖しつづける。政府の統計によれば、1匹のネズミは1年で5000匹になるという。



ネズミの種類


 日本のイエにいるネズミは3種。ドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミである。
 ドブネズミは中央アジア原産で木登りがヘタ。下水や台所に住む。水がないと生きていけない
 クマネズミは東南アジアが原産で木登りがうまい
 ドブネズミとクマネズミはひどく仲が悪く、ケンカしてクマネズミが打倒されることになる。ただ、ぼくの職場で繁殖してたころ、東京23区西部では被害が拡大しており、そのネズミの正体はクマネズミの方だったのだが。
 ヨーロッパでペストを大流行させたのはクマネズミなのだが、やがてドブネズミに駆逐されたのである。

 ネズミは、一つの住宅(ビル)で「養える」ネズミ数が決まる。それ以上になると追い出され「無宿人(無宿鼠)」となって放浪するのである。



ネズミの被害


 ネズミはかわいいではないか、といっている人はいないと思うが、ネズミは肢体がとくにグロテスクというわけではない。同じげっ歯類でもハムスターがあれほど人気があり、アニメとしてのネズミはミッキーマウスをはじめ愛くるしいキャラだ。なのに、現実のネズミはドラえもんの悲鳴もあながち大げさとはいえぬほどの忌み嫌われようである。

 ネズミには具体的な被害がある。

(1)「かじる」ことによる交通機関への被害。1972年に新幹線がネズミによって止まる事件があったが、1965年の段階で東京管区内でこうした事故は1216件(年)にものぼっている。

(2)農業上の被害。1950年の調査では、米9万4791石、麦9万9764石、雑穀38万4187石、野菜728万1929貫、果樹21万5415貫、サツマイモ・ジャガイモ486万1723貫が一年でネズミによって失われており、「100万トンの輸入米がちょうどネズミの食害量に匹敵する」というキャンペーンがおこなわれた。

(3)現在最大の問題は衛生上の被害であろう。
  1. ペスト。クマネズミに寄生するノミにより媒介される「センペスト」で死亡率は70%、肺ペストで100%だという。ただし1910年ごろに日本で流行したのが最後である。
  2. 食中毒。宇田川の著作によれば「夏になると多発する食中毒のほとんどはネズミの仕わざである」(p.44)という。サルモネラ菌はネズミを媒介して広がる。最大の惨事は戦後におきた「浜松北高事件」。運動会で配った紅白もちで中毒がおこり、2200名余の患者、44名の死者を出した。前夜にネズミのオシッコが工場でアンにかかったため「ゲルトネル菌」というサルモネラ菌の一種がもちにまざったのである。この他、赤痢、腸チフス、パラチフス菌などを媒介する。
  3. ワイル氏病(黄疽出血性レプトスピラ症)。ネズミの尿に入っていて、らせん状の菌(スピロヘータ)。水たまりやプールで尿をすると感染する。死亡率は5〜20%。1972年に茨城で286名の患者が出て29名が死亡した。
  4. 寄生虫。糞の中にナナ条虫。
  5. 鼠咬症(こうそしょう)。かまれると関節が激痛と高熱にみまわれる。スピロヘータが入り込むのだ。

           このノートを調べて数年後に、ぼくの下宿の天井にネズミが巣をつくり、日夜走り回る音が聞こえたのだが、そのとき、ぼくはダニに悩まされた時期があった。生涯そのようなものに苦しんだことはなかったので、保健所に相談にいったら、「あ、それはネズミです」と即座にいわれ、大発生しているからとパンフレットをくれた。ダニも媒介するようである。



          ネズミの体の各部位の特徴

           犬が嗅覚であるとか、人間は視覚であるとかいわれているがネズミは何が発達しているのだろうか。

          • 目……色盲。あまり細かくは見えない。夜目。
          • 嗅覚……かなり鈍感。相当の忌避剤も効かない。
          • 歯……門歯はとっかかりさえあれば、コンクリートも金属も穴をあけることができる。
          • ヒゲ……触毛とよべるほど発達している。神経。これと壁とで自分の位置を測るのでよほどパニクらないかぎり、もとのルートで巣に戻る。
          • 味覚……非常に発達している。食物をきわめて敏感に選定する。
          • 耳……クマネズミは敏感だが、ドブネズミはそれ以下である。
          • シッポ……中央アジア出身のドブネズミは草原で立ち上がるさいに使われた。東南アジア原産で木登りが得意なクマネズミは高所を移動する際のバランサーとして使う。
          • 頭骨……幅が1〜2cmしかないのでその大きさの隙間を出ていける。


           すなわち、ネズミは視覚や嗅覚では行動しないのである。「人間のにおいがわかる」「人間をみてわかる」というのは俗説である。
           ここから、匂いや視覚がポイントとなるしかけは無意味だということがわかる。
           また、頭骨が小さいので人間的常識では考えられない穴から出入りする。
           どの本も駆除には「毒殺」をすすめているが、これが至難なのだ。なぜなら、最大の武器である味覚を相手にせねばならず、(A)10〜20秒で全表面をなめて判断し(B)初体験のものには強い警戒感を示し、飼うと新しいエサでは食べずに死んでしまうほどである。




          駆除のための3条件


           このネズミの特徴をとらまえたうえで、駆除方法が出てくる。
           まず、駆除の環境づくりであるが大事。

          1. 食糧を与えない。食糧はすべて容器や戸棚に完全にしまい、生ゴミはフタつきのものに入れる。天井裏で走り回っているものは文字通り「運動場」にしているので、この対策はあまり意味がない。
          2. 巣の環境を破壊する。「雑然とした地下室」というのは大敵。戸は必ず閉め、巣の材料となる紙や布を放置せずに整然としておく。
          3. ネズミ道・進入口を断つ。ネズミが出た時、追わずに静かに明かりをつけると「ネズミ道」を歩いて戻っていく。ここをふさげばよい。

           この3原則を基礎に、「毒エサ」で対処するのである。ちなみに、ドブネズミはバレイショ、トウモロコシ、ナンキンマメ、大豆、麦、カボチャ、ニンジンが好物で、とくに米とサツマイモは大好物である。




          毒エサのむずかしさ


           しかし、毒エサには難しさがある。
           すなわち「二次被害のないもの」「ネズミにさとられないもの」「ネズミに人気のあるもの」を同時に満たさねばならないからだ。

          • クリマン系:徐々に赤血球を破壊する。フラフラになって日数をかけて殺す。光をもとめて出てきて明るいところで死ぬ。ただし抵抗性のあるもの(ビタミンKを多く持つもの)には効かない。
          • タリウム剤:強い殺害力だが二次被害。
          • 燐化亜鉛:ネコイラズもこの一つ。毒は気化するといわれているがそうでもない。ネズミに人気がない。
          • フラトール:二次被害が大きく、米国では使っていない。




          ネズミとの知恵比べ


           ネズミとは知恵比べである。
           エサを食べない。そしてパチンコ(エサをおいてネズミがくるとバネの力でネズミを押さえるワナ。『トムとジェリー』でよくみるアレ)をよける。いい加減に毒やパチンコをおいてもとれるものでもないのである。
           ネズミは非常に臆病だ。今までなかったものが急においてあると、それがなんでもない、まったく危険でないものでも、なかなか近寄らない。
           しかし、少しなれてくるとわざわざ近づき食べる。
           安心だと用心しなくなるのである。

           ほう。そうすると、時間がたてば、馴れて毒や器械にひっかかるのだろうか?

          「一匹のネズミが毒をたべてくるしみだしたら、もうだめです。ほかのネズミはそれをみて、『あぶないあぶない。もうぜったいあのだんごはたべないぞ。』すぐに用心して、たべなくなってしまいます。パチンコでも同じことです」(今泉p.193)

           イギリスでの実験がある。
           40匹のドブネズミをブタ小屋に入れた。
          • 【1日目】見なれないエサを入れる。朝7時の段階で1匹が食べて巣に持っていった。正午すぎにはエサはすべてなくなった。
          • 【2日目】朝6時に食べ始め正午前にはエサがなくなった。
          • 【3日目】6時前に食べ始め、11時前には食べ終わる。
          • 【4日目】9時には食べ終わり、このころにはすべてのネズミが出てくるようになる。
          • 【5日目】毒入りエサを入れる。6時から食べはじめるが、しばらくして食べるのをやめる。35分後にすべてのネズミが中止、50分後すべてのネズミが隠れる。

           翌朝巣をこわすと全滅していた。

           この実験がしめすものは、30分以内に異変に気づく、ということだ。つまり30分以内に全ネズミがエサを食べる状況にもっていく。「早くエサをとらないとなくなっちゃう」ということを学習させないといけないのだ。

           ロンドンでは1943〜44年に2700マイルにおよぶ下水のネズミを1100人を使い、10週間で撲滅したというとりくみがある。やはり何日かエサに馴らして、毒殺した。
           このようにネズミに食糧と住処を与えず、ときどきこうした根絶やし作戦を行う。これで基本的には駆除できるというわけである。
           ただ、食糧がなくなるとネズミは狂暴化する。1950年には銀座で赤ちゃんが2匹の大ネズミに食い殺される事件があった。2階の赤ちゃんがあまりに泣くので1階にいた母親が見に行くと、口・顔がかじられ血まみれに。2時間後に死亡した。
           イギリスの炭坑でも、しばらく閉じていた坑内に入った男がドブネズミの大群に食い殺されたという事件もある。
           同種のネズミ間でも、食物がないときには弱いネズミ、死にかけたネズミを食う。食物と個体数のバランスがとれると平和になるが、多産のためすぐこの均衡は破られる。



          けっきょくぼくが採用したのは……

           こう書いたけども、ぼくが結局使ったのは「ネズミモチ」。ゴキブリホイホイみたいなやつ。
           いま、薬局などで駆除装置を買いにいくとこれが主流である。ネズミ道におくのだ。
           しかし、ヒゲが発達しているということを書いたとおり、置き方にも工夫がいった。
           自分のいたフロアで捕獲できたのは1匹で、これは穴のすぐ前におき、ちょろりと出た瞬間に捕まった感じである。ゴミ捨て場ではまったく無造作においておいたのだが、これには数匹ひっかかった。ひっかかったネズミは、一晩中「きいきい」と大声で泣き叫んでいた。





          今泉吉典『全集 日本動物誌6 ねずみの社会』(講談社)
          宇田川竜男『ネズミの話』(北隆館)
          この感想への意見はこちら

          メニューへ戻る