奈良本辰也『日本の歴史17』


 東京にぼくが住み始めたころ、つれあい――そんときはカノジョでしたが――上京してきて、渋谷の交差点みたんですよ。渋谷。
 「うわー今日おまつり?」。

 東京って、人多いですからね。

 人が多いって、昔、いいことみたいにおもってました。
 市の広報の「今月の人口」とか見てね。「お、今月プラス13人じゃん」「もうすぐ9万人だな」とか。
 地図帳で、日本に百万以上の都市が、各国にくらべて多いのに満足しちゃったり。
 近代の都市ってもんが資本の原始的蓄積の結果、農村から無惨に引き離されてできた化けもんだとは思わずにね。

 そういえば、こんな統計みたんすけど、明治初年の全国の都道府県の人口なんですがね(むろん、まだそのときは藩だから、現在の都道府県の区分になおしたもんでしょうね)。ちょうど、江戸にきていた各国の大名と武家がぜんぶ引き揚げたあとらしいんで、かなり人数減ったらしいんですが、

  1位 石川県 183万人(5.1%)
  2位 新潟県 152万人(4.2%)
  3位 愛媛県 144万人(4.0%)
        ……
 15位 東京都 096万人(2.6%)

というぐあいなんです(月尾嘉男『縮小文明の展望』)
 上位はぜんぶ米所ですよね。地方がかなり栄えていたってことですよね。

 で、この標題の本を読んでいたら、日本にマニュファクチュア、つまり工場に人をあつめるんだけどまだ機械とかなくて手作業、っていう段階があったか、ってな話になっていて、18世紀後半の江戸時代にはもうあったらしいんです。
 ま、歴史学のあたりじゃ有名な話らしいっすけどね。
 服部之総って人が、幕末ってのは「厳密なる意味におけるマニュファクチュア時代」なんだよ、といったそうでげすよ。ま、これ、あとで論争の火種になって、「厳マニュ論争」ってひきおこすんですが、それはおいといて。
 なんか、群馬の桐生が例にだされてたけど、すごいっすよね。
 「水力八丁車」ってのが発明されて、手で糸を撚るよりもすげー速くやれるらしいんす。
 「水力」ですよ、「水力」。
 なんか産業革命みたいじゃないっすか。って、水車も水力ですけど。
 おまけに、西陣から高い能率の織機なんか入れたりしちゃって、宝暦のころには、もー、700人くらいの奉公人がいるみたいなとんでもない工業地帯になってたそうですわ。

 この時代、地方ってやっぱり豊かだったんだなあ、とか思いましたよね。
 ちがってますか、ぼくの認識。
 そもそも、「近代以前は地方が豊か」って、自主ゼミで他の人の言ってたことをパクってるだけなんですけどね。さりげなく責任回避してますか、ぼく。

 それで、この服部を紹介する、奈良本の言い分がまたイイんですわ。
 ちょっと紹介しましょうか。紹介。
 「最近、おまえのサイトの文章、長くてウザい」とか苦情が多いんですが、ほっといてください。
 好きでやってんですから。なんも制約されたくないんです。はい。

「簡単にいうならば、そのような考え方が根本となって、服部氏は、わが国にも経済史的にみてマニュファクチュアが成立していなければならないとした。マニュファクチュアが実証されていたから、それをもってマニュファクチュア時代を思いついたのではない。方法的な思索の上で、マニュファクチュアがなければならないと考えたのである。歴史的なものの考えかたというものは、これが本当なのだ。その眼をもってみなければ、いくらたくさんの本を読み、また多くの史料にあたっても、たいせつなことは少しも出てこないだろう」

 どうすか、これ。ええ?

 型紙ですか。イデオロギーですか。それとも頭でっかちですか。
 ええもう好きな罵倒のことばを並べてくださいよ。好きなだけ。
 「ぼくちんは事実からしか学ばないもんね」
 ネットが流行っておるんで、そういうぐあいに、理論をひたすら馬鹿にする輩が多いわけですが、そんなやつはネットの海で溺れてろ


奈良本辰也『日本の歴史17 町人の実力』
中公文庫 2004.1.21記

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