『やさしいことばで日本国憲法』 採点98点



山田まりやが「平和ボケ」というコトバで話す、街頭インタビューのおばちゃんが「国際貢献」というコトバでしゃべる……評論家の大塚英志がすっかりショックをうけた、911テロ以後の、テレビの言語状況だった。

右派論壇のコトバが、平然の日常市民のあいだにはいりこみ、そのコトバのみで「平和」と「戦争」が思考されているのだ。いわゆる対抗者であった「戦後民主主義勢力」がもっていた、平和と戦争を思考するコトバはみるみる衰退していったというのが、大塚の危惧するところだ。

かんがえてみれば、私たちは「憲法9条があってさー」とはあまり日常的にはつかわない。日常の中で平和の論理をくみたてるコトバを、(右派論壇のコトバ以外に)もっていないのだ。

「戦争っていやだよね」。これは残っている。強烈に残っている。大塚は、911のあとマクドナルドで女子高生がこういっていたのを聞く。おそらく戦後民主主義がのこした大きなコトバと意識だろう。
だが、これだけでは、複雑に思考をくみたてていくことができない。

大塚は「戦後民主主義のリハビリが必要だ」という。
戦後民主主義の側は、もういちど私たちの日常生活におりてきて、日常生活のなかでフツーにつかわれるコトバ、フツーにつかわれる理念、感情で、「平和」をかたる「訓練」をしなければならないのだ。

大塚は日本国憲法前文を自分のコトバでつくりなおそうという呼びかけをした。自分のコトバでかたれる「日本(の人たち)の理念」をつくりなおそうとしたのだ。

この『やさしいことばで……』は、まさにその呼びかけにこたえたものといっていい。

すばらしい。

訳し直された前文をよんだあと、なにかの形容ではなく、ほんとうに鳥肌がたった。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、」

は、つぎのように訳されている。

「日本のわたしたちは、
平和がいつまでもつづくことを強く望みます。
人と人との関係にはたらくべき気高い理想を
深く心にきざみます」

どうであろうか。

ことばの復権である。
これを足がかりに「日本のわたしたち」は理念をもういちど自分のコトバで語り直し、考え直すことができる。

訳出は前文にかぎらない。9条や人権条項なども翻訳されている。
解説を書いているラミスは、「思考を“ほどく”作業だ」といっている。この見解は大塚のそれと重なりあっている。

解説では、9条は自衛権の放棄ではなく、自衛と平和にむけての政府に命じた外交戦略なのだと指摘し、「宣言だけで平和がまもれるか」という俗論を軽妙に斬っている。

これほどの作品に出会えたことは僥倖というほかない。
まったくもってすばらしい!
高い点数をつけたい。


採点98点

池田香代子訳 C.ダグラス・ラミス監修・解説
マガジンハウス

2002年 12月 9日 (月)記

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