よしながふみ『大奥』



大奥 1 (1)  これは美しい。まっこと美しい。
 様式美である。

 江戸城の大奥(将軍の正妻や側室など女性ばかりが住んだ場所)を描いた時代劇なのだが、ふつうの時代劇ではなく、将軍は女で、三千人といわれる(実際には800人程度)大奥は全員男なのである。
 オビにあるように「男女逆転大奥」だ。
 第1巻は貧乏旗本の息子で、美男子の水野祐之進が大奥にあがる話である。

 当然「そんなの絵柄的にも物語的にも成り立つのか」というツッコミが0.2秒くらいで入ると思うのだが、あにはからんや、これが成り立つのである。それどころか、実に美しい物語に仕上がった、というのがぼくの印象だ。すばらしい。

 よしながは、『フラワー・オブ・ライフ』などを読んでも、好んで「侠気(おとこぎ)」のある人物を描く。直情径行、まっすぐで怒りっぽいが、竹を割ったようにさばさばしている。くわえて、友や人のために命や力をつくし熱くなる――こういう人物をよしながは愛しているんだなあと読んでいていつも思う。
 だが、『フラワー・オブ・ライフ』でもその役回りの花園春太郎は、いまひとつ燃え上がらない! いや、春太郎のキャラ造形はクオリティが高いし、作品自体は別の方向で楽しすぎるけど、こうなんつーか、春太郎というキャラが完全燃焼、吹き抜けるっつうか、そうなっていないのである。

 ところがである。

 この侠気のあるキャラクターというのは、言ふもおろかなりであるが、やはり時代劇のなかでこそ見事に立ちまくる。冒頭に「美しさ」とぼくは言った。「美しさ」というにもさまざまなニュアンスがあるが、ここでは「様式美」の「美しさ」である。主人公・祐之進の侠気は、時代劇の通俗性、ベタさに、もっともよく映えるのだ

 よしながは『愛すべき娘たち』のなかで、登場人物に時代劇への愛を語らせていたが、察するに本人も相当好きなのだろう。勝手な推測だけど。
 「何だい!! そんなに大奥で綺麗な着物着て贅沢な暮らしがしたいのかい ろくでなし!!」とか「お信… きっと浅草の観音様がお前の願いをかなえてくだすったんだよ…!!」とか。このベタさがたまらん。杉浦日向子のような「江戸情緒」ではなく、「時代劇感」をたっぷり出しているこうしたセリフ群や感情描写が、白黒単純なスッキリした背景となり、そこに祐之進の侠気がすっくと立っている。
 いやあ、いなせだねえ。
 男のぼくでも惚れ惚れする。

 物語としても、エピソードの作りこみがどれも印象的で読み飽きない。
 ぼくが薄めて伝えるのは愚かなことなので、3つばかり頭出しをするにとどめておく。
 ひとつは裃の艶やかさを競うシーンである。祐之進がだすアイデアの洒脱さもさりながら、その仕立てをする針子の垣添がぼくはいじらしくてかわいて仕方ない。
「あ… あの… 何も… 何もいりませぬ水野様 た…ただ ただ…っ」
なんていわれたら、狂い死にしちゃうぜ。

 ふたつめは、垣添がなくした針をさがすシーンで、これは『太閤記』ばりの機知(こういう賢しらな工夫ってアタシ大好き)と、そこでみせる祐之進の颯爽とした風情に心を奪われちまうのだ。

 そしてみっつめは、この物語は8代将軍徳川吉宗(もちろん女)が登場してくる物語が平行してすすむわけだが、改革に邁進する吉宗の迫力やクールさが、見逃せぬ読みどころである。
 とくに、先代まで政治を専横していた側用人(秘書)を更迭するさいに、扇子を「パン!」と音を立て、

「聞こえなんだか 暇(いとま)を取らす!
 下がりゃ!

と一喝するシーンの迫力はもう圧巻である。

 よしながは『愛すべき娘たち』のなかで、どこまでも誠実でどこまでも博愛がゆえに、誰か特定の人を愛することは偏愛につながると懊悩した人物・莢子を描いた。
 これはぼく的には萌えたのだが、世間的には、この過剰なまっすぐさは、一つの歪みとして映ったようだった。
 よしながは、祐之進のような志操まっすぐな人間にあこがれるところがあるのだろう。
 しかし、女性の身体や社会的に形成された女性のメンタリティをもってしては、このような形象を描き得ないのだという自覚、あるいは、よしながの中にある女性性への拘泥が莢子のような「歪み」にまで達してしまうのだという自覚、そうした自覚がよしながのなかにあるのではないかと思う。
 現実の男権社会のもとで、男女関係は往々にして抑圧的であり、女性であるというだけで生きづらかったり傷ついたりしてしまう。そのことが、女性を描くことや素の男女関係を描くことの、生々しさ、忌諱へとつながり、その関係性を自由にくみかえることのできるボーイズラブ文化が成立する(真島か、お前は)。男同士の恋愛におきかえたり性別を自由にとりかえた物語を描くことで、対等性を回復したり、逆の抑圧の関係を自在につくりだし楽しむことができる。虚構こそ精神を解放するのだ。

 よしながが、逆転大奥などという珍妙ともいえる迂路をつくりあげることで、ようやくこの美しい物語を紡ぎ出せたのは、彼女がBL出身作家であることと深くかかわっているのだろう。


 まあでもあの、ごたくはいいから、読んで。





よしながふみ『大奥』
白泉社ジェッツコミックス(1巻/以後続刊)
2005.10.3感想記
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