奥谷禮子「派遣切り・『社会が悪い』は本末転倒」




 奥谷禮子(人材派遣会社ザ・アール社長)の「派遣切り・『社会が悪い』は本末転倒」を読んだ。
http://news.goo.ne.jp/article/php/business/php-20090216-04.html

 「派遣は貯金しとけよ」といううちの父親が酒を飲みながらテレビにむかって叫んでいたこととまったく同じことを主張しつつ、「下」では「正社員の既得権」うんぬん、派遣労働者の存在は無視され続けたと派遣の味方のような顔をしている。
 派遣労働が〈社会的な潮流〉であり〈個人の選択において、主体的に派遣という働き方を選び取った〉ものだというなら、正社員うんぬんなどと「社会のせい」にすべきではないのではないか。
 派遣という働かせ方への懐疑的な言説にたいする資本側の「反論」を、ごった煮のように寄せ集めるから、「反論」としても筋の通らないこんな奇怪な文章ができあがってしまうのである。

 また、奥谷の発言には、内部留保などの企業体力と、雇用への社会的責任に対するまともな検討の形跡もない。CSRの推進をうたう経済同友会の幹事としての自覚は片鱗も感じられなかった。

 ただ、今回は、奥谷発言について、もう少し別の角度から考えてみたい。




派遣切りを大企業の「当然の権利」とする前提



 それは最近共産党委員長の志位和夫の、次の記事を読んでびっくりしたからだ。

現行法のもとでも「派遣切り」を撤回させる道はある
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2009-02-12/2009021205_01_0.html

 詳しくはリンク先の記事を読んでほしいが、章タイトルをつなげるだけでも内容はおおよそわかる。

  • 雇用破壊をいかにして食い止めるか——現行法のもとでも条件はある
  • 「偽装請負」も、違法な「クーリング」も、派遣期間制限に通算される
  • 製造業の大企業では、その大部分が期間制限を超えた違法派遣ではないか
  • 期間制限違反の状態になったら、派遣先企業は直接雇用義務を果たすのが当然
  • 「違法派遣ではないか、直接雇用の義務を果たさせよ」と労働局に申告しよう

 つまり、現行法の範囲でも、いま雇われている製造業派遣労働者の多くは直接雇用に切り替えられる可能性がある、ということなのだ。

 派遣問題をめぐる「対立軸」は、マスコミなどでは、「派遣切り」そのものは派遣先企業(大企業)の「権利」として「前提」扱いされた上で、「雇用の流動性による国際競争力・企業存続の維持」vs「内部留保を使った雇用維持」という構図になっていることが多い。

 志位も前述のURLの冒頭で内部留保を使って社会的責任を果たせ、という論点自体はこれからも大事だと述べている。(




派遣切りは大企業の当然の権利ではない



 しかし、「派遣切りは派遣先企業の権利」という前提自体が、実は現行法に照らしてルール違反ではないかという指摘がされている点が非常に重要なのである。

 志位によれば、製造業で派遣を使ってきた大企業の多くが偽装請負やクーリング期間の悪用によって、すでに法で定められた直接雇用の申し入れ義務を果たせねばならない3年という期間をこえて使っているのではないか、ということなのだ。

 派遣切りが起きたとき、まず最初に内部留保の莫大さを使わないことへの批判がおきた。しかし、これ自体は、あえていえば政策選択の域を出ない。選択するかどうかは企業の判断ということになる。
 そのあとすぐに労働弁護団が、いすゞのケースについて、期間途中での契約解除じゃないのか、期間途中での契約解除は契約自由の原則じゃなくて現行の雇用ルールのもとでは無効だろ、という論点を持ち出した。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-11-22/2008112201_04_0.html

 ここですでに「政策判断」うんぬんではなく、現行のルールを企業が守るかどうかという別のステージに問題が移っている。
 昨年(2008年)末に3万人の非正規労働者が解雇をくらったがそのうち7割が中途解約だという厚生労働省の調査結果が報じられた。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-11-29/2008112901_02_0.html
 だから、この論点は多くの解雇事件に対して雇用をとりあえず期間いっぱいまで維持させ、年の瀬を寒空に放り出さないという点ではかなり貴重な指摘だった。
 ぼくが福岡でかかわった、派遣切りに遭った若い労働者にも、その「契約解除」通知を見せてもらったのだが、やはり中途解除だった。通知は印刷の端が切れており、文意がとれないほどで、「こんなもので解雇された」と悔しそうだった。

 しかし、それでも「契約期間満了」でやられたらお手上げという気分が運動を取り組む側にはあった。地元のトヨタや日産などとの交渉準備に左翼組織の一員としてぼくもかかわったが、労働弁護団が指摘したような論点が大事ではないかと話した。そのとき「トヨタなんかはそのあたり狡猾でぬかりないんじゃないかなあ」という話になったのだ。つまり契約期間いっぱいで放り出すんじゃないかということである。

 ところが今回の志位の論点提起は、たとえ期間いっぱいであっても、すでに法の定める3年を超えて違法な状態を続けているところが大半ではないか、というものなのである。〈しかも労働者派遣法でいう派遣労働を三年以上受け入れてはならないといった場合の「同一業務」とは、同じ労働者の「同一業務」である必要はありません。……たとえある派遣労働者が、半年しかそのラインで働いていなくても、そのラインが三年を超えて派遣を使いつづけていたら違法になるのです〉という。

 これはすごい、と思った。

 ぼくは志位の質問をネット中継で見ていたが、迫力のある質問だという程度の一般的な感想にとどまっていた。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2009-02-06/2009020604_01_0.html

 ところが、後日この記事を「赤旗」で読んで、自分の不明さを恥じることになった。

 そんな一般的なもんじゃなかったのである。

 運動上のゆきづまりを打開する非常に重要な論点を提起していた。

 この後、弁護士グループである自由法曹団と、労働者教育協会がシンポジウムを開き、労働局への申告の一大運動をおこそうと呼びかけている。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2009-02-15/2009021501_01_0.html

 自由法曹団は申告の雛形も作っている。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2009-02-17/2009021704_02_0.html

 直接雇用とは派遣先が直接雇用することを意味する。派遣関係のような無責任さは消える。しかし、それはただちに正社員化を意味するのではない。志位がとりあげた日立グループ企業で違法派遣を5年続けられていた女性は正社員になれた。しかし、松下プラズマレディで偽装請負のあとたたかって直接雇用された吉岡力は、5カ月の期間工を申し訳程度に与えられたあげくに解雇されている。志位が今年(2009年)の2月にした質問では、パナソニックは時給810円(半分以下に切り下げ)の期限付きアルバイトにして「直接雇用」にしたという。
 ゆえに、直接雇用になってそのまま万々歳というわけではない。
 しかし、前述の論点提起は、少なくとも派遣切りを最大限に現行ルールのものとで食い止める力にはなるのだ。

 今年の3月には「2009年問題」といって、製造業派遣で大量に雇われた人たちが「期間満了」で大量に放り出される可能性が指摘されているが、焦点は「大企業の権利行使か、内部留保活用か」ではなく、「現行法のルールを守るかどうか」というそこにある。




貯金しろとか偉そうに言う前に考えることがあるだろ



 さて、そう考えてきた時に、奥谷である。
 奥谷が社長をつとめるザ・アールが製造業派遣を仕切っているかどうかは知らないが、自らが属する派遣業界とその「お得意様大企業」が現行法内でのルールを守れるかどうかが厳しく問われており、奥谷はそのことにまず答えねばならないはずだ。「派遣は貯金しとけよ」と他人事のように説教を垂れている場合ではないだろう。

 しかも、奥谷は経済同友会幹事のはずである。同友会はコンプライアンス(法令遵守)を掲げ、加盟企業にチェックさえ呼びかけ、さらにCSRを提唱し、それはコンプライアンスなどという「最低限」をクリアしたうえでのさらに広い概念だとまで言っている。

 自らが幹事を務めるその理念に照らして、大量の違法派遣状態が生まれ、それが「派遣労働者の首切り」という結末で終わろうとしているときに、やはり大企業様のご機嫌うかがいをしてそれを唯々諾々と飲むのか、コンプライアンスを敢然と掲げるべきなのか、奥谷には答える義務があるはずだ。




 ちなみに、内部留保について、「赤旗」は次のような検証記事を載せた。

内部留保 雇用のため使えないのか 大企業の言い分を検証する
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2009-02-13/2009021303_02_0.html

 一言でいえば「少なくとも今年雇用を維持する分については内部留保のほんのごく一部を使うだけなので、いずれの言い分もあたらない」というものだ。
 志位が出演した村上龍の「カンブリア宮殿」を視ていたときも、財界系シンクタンクが出てきて「内部留保をもしなくしてしまうと…」という前置きが気になった。そんなことは誰も言っていないのだ。ありもしない前提で反論されるというもの変な話である。





2009.2.18感想記
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