恋愛とは「変化する関係性」である
紀伊国屋書店のゆめタウン博多店に30代独身女性のための特別企画コーナーがあって、そこで置かれていた。なんかそのコーナーで座り込んで超熱心にいくつかの本を読んでいる女性が数人いたので、気圧されてのぞいてしまいつい買ってしまったのである。 本書のサブタイトルが「幸せの王子様(ベストパートナー)の育て方」となっているように、王子様にめぐりあうのを待つのではなく、パートナーを自分に合うようにカスタマイズしてしまおう、という趣旨のハウツーコミックである。
書いたのはライトノベルなどの書き手である小説家の高殿円。
安野モヨコ『ハッピーマニア』を持ち出すまでもなく、人間、ある年齢までは「自分に合う相手との出会い」として恋愛や結婚をとらえている。ぼくが敗退したYahoo!知恵袋における恋愛相談カテに来る者ども(主として中高生)も、不動の与件として自分に合う・合わないということのみに目を奪われている(※一例)。
※彼氏と洋服の趣味がとことん合わない
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211189517
※彼氏と合わないってことでしょうか??
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1113826511
しかし、恋愛とか結婚というものは、そのようなものではない。
お互いに理解したり、関係を深め合ったり、逆に妥協したり、保留したりすることで相手は自分にとって居心地のいいもの、かけがえのないものに変化していくのである。つまり「変化する関係性」が恋愛であり結婚だ。
本書はこの真理をタネにしている。
「生まれたときから一緒にいる家族だって…
完全にピッタリ自分に合うことなんてなかったはず
まして『彼』は赤の他人!
そんな人に『自分とピッタリ』を望むのは——
そりゃー無茶です!
開眼しましょう
王子様はいない!
(じゃあ「自分だけの王子様」とは一生会えないの!?)
それが…
そんなこともないんです!
王子様(ベストパートナー)と人生を歩みたいあなたは…
自分で作ればいいのだ!!
今付き合っている彼 出会ったけれど迷っている彼
彼らは『王子様の原石』です
彼が『王子様』に少し遠いなら…
あなたの手で改造!
最初から『王子様』の状態で転がっている人はいませんが
それを変えて『王子様』に作り上げることはできるのです!」
そして、高殿が示す王子様の「完成見本」の一つは、「進んで家事を分担してくれる」「ごはんを作ってくれる」「ふたりの時間を楽しもうとしてくれる」「健康に気遣いほどほどに良いスタイル」「とりあえず恥ずかしくないファッション」「たまにはプレゼントも買ってくれる」というものであった。
これは……これはハードルが高い! 絶対無理! そう思う女性も多いのではないだろうかと思う。事実、本書でもまず「えーでもー男の人って変わってくれないよ」という躊躇の声を載せている。そのために本書があるのだ! というワケなのだが果たしてどうなのか。
素材探しが困難ではないのか
「まぁつまり柔軟性がある人ですね
つーか地雷を踏まなきゃほとんどはOKなんだよね」
そして、高殿は踏んではならない地雷男=だめんずの5類型をあげるのである。
つれあいはこのだめんずの類型バナシをわりと面白がって読んでいた。実は本書の真の面白さはこのだめんず告発にあるのではないか、とさえ思う。本書はハウツーとして役に立たなかった、という人はそこだけ楽しんでもよかろう。
それにしても「柔軟性がある=聞く耳をもつ」という男性というのは、そんなにゴロゴロしているわけではない、とぼくは思うのだがどうであろうか。「地雷を踏まなきゃほとんどはOK」などといえるほど多くはないと思う。実際、高殿はこのだめんず5類型以外にもよくみるとダメだしを他にもしていて、実は原石たりうる男性には制約条件が多いのだ。地雷男をうまくつかまされなかったとしても、「柔軟性がない=聞く耳をもっていない」男性というのは結構いるのではないか。
たとえば、家事をやらせる操縦術として高殿が提起しているのは、
というものである。これをクリアできる男性とできない男性がいる、というのは直感的にわかるだろう。
ただし、「オーダーメイドダーリン」になる素質がありながら、操縦術を誤っているがゆえに家事をしていない、という男性の場合は、たしかに聞くべきものがある。高殿がいうように、「自分でやるまでは ごはん——自動的に出てくるもの 洗たくもの——いつのまにか引き出しにあるもの」と思っている男性はかなりの数いるのだから。もちろん、「自動的に出てくるもの」うんぬんは一つの比喩である。心の底から本気でそう思っているわけではない。自分が小さいときは母親、いまはパートナーがやっていることはわかっている。しかし感覚としてはまさにこのようなものなのだ。「ごはん」や「洗たくもの」は、商品でもなく、単なる家事労働生産物にすぎないのに、マルクスの物神性論よろしく、それはいきなりできあがった「モノ」としてぼくらに対峙するのである。
こうした男性には、労働過程を実際に見せること、あるいは視覚的に理解させることで、それが人間の労働の生産物であることが本当に自覚されるのである。
意外と素材にならない男性は初めから市場にいないかも
だが、マーケット的な分類をしてみると、意外とそうでもないかもしれない。
高殿があげる「オーダーメイドダーリン」の世界観というのは、基本的に「働いていて自立できるほどの収入のある女性」の要求であろう。
しかし世の中には、男性正社員と結婚し、「家事はもっぱら自分がやるというので別にかまわない」と考え、男性につくすことを欲している女性も一定数いる。そして専業主婦をパートナーにもつような男性正社員というのはたいてい過酷な労働時間に追われ、二人の時間も、家事も、料理もやっているヒマなどない。こういうカップルにとってオーダーメイドもくそもないわけである。しかし、お互いが合意しているのであればこれはこれでカップルの一つの幸福な形なのであり(長時間労働に追われていること自身は幸せではないが)、他人がとやかくいうことではない。
だとすれば、「オーダーメイド」的価値観と無縁な男女はすでにはじめからこのマーケットの外にいるのである。
そういう除外を初めからしたうえで「聞く耳をもつ男性」を探す、というのならば、少しは探しやすいかもしれない。
サヨクの若い男性をおすすめする!
作:高殿円 マンガ:今本次音
『オーダーメイドダーリン
幸せの王子様(ベストパートナー)の育て方』
飛鳥新社
2008.4.28感想記
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