一条ゆかり『プライド』12巻


※ネタバレがあります。





 12巻にて完結。
 この終わり方はねえだろ

プライド 12 (クイーンズコミックス) 有名歌手の娘として明るさ、ポジティブさ、まっすぐな性格をもつ史緒と、貧困の中に生まれ育ち、暗さ、ネガティブさ、鬱屈を抱えた性格をもつ萌という二人の対照的な女性歌手の生き様を描いたのが本作である。この「正のエネルギー」と「負のエネルギー」を対等な感覚で描いていて、一条がどちらに軍配をあげるのか、あるいはどういう結末をつけるのかがこの作品の行方の注目点でもあった。

 史緒は、財閥の御曹司、怜悧で計算高い男・神野と婚約する。しかし、神野は萌とも関係をもってしまい、萌は妊娠をする。神野は史緒への誠実な愛に目覚めるがゆえに、結婚を破談にしようとするが、史緒は神野の愛に気づき、それゆえにありのままの現実を受け入れ、神野との結婚を決意する。萌もまた、一人で子どもを産み育てる決意をするのだった。そして、史緒と萌はかつて互いを嫌っていたのだが、歌の才能を認めあうという点で、お互いを尊敬しあうようになる。

 萌は自分の歌の才能を開花させる中で、そして神野の子を身ごもることを通じて、自らを解放していく。最後まで格闘の対象であった母親に対しても、実は自分は母親に愛されていたことを知る。つまり萌は自らの中にあったネガティブなものを否定して変貌していくキャラクターとして描かれているのである。萌は浄化された存在になってしまったので、それをどう「始末」するのかが急激に問われてくることになる。

 結末のつけ方、というのは物語が高い品質、強い緊張度をもって展開されていくほど、アポリアとして残ってしまう。

 いくつかの結末のつけ方が考えられた。
 「萌は一人で子どもを育てました。めでたしめでたし」とすると、神野は子どもへの責任をどう考えておるのか、という感情がわいてきてしまう。その変種として、「萌は子どもを一人で育てているんだけど、史緒・神野夫婦とわだかまりなくつきあい、まるで3人で育てているかのように、幸せそうに行き来するようになる」というラストもあるであろうが、それでは、あまりにアマアマな展開のような気がしてくる。

 かといって、少し前で進路を転換させて、「神野と史緒は別れて、史緒と蘭丸(史緒・萌とトリオを組んでいた男性で史緒に恋心を寄せていた)がくっつき、神野は萌と結婚する」という展開にすると、最も納まりがいいのだが、少女漫画(あえてこう呼びたい)的には反則。納まりがよすぎて面白味がないのだ。

 神野と史緒も別れ、萌も一人で子どもを育てながら生きていく、というのが、近年の漫画に一番ありがちな結末だと思われる。結末をつけているようでつけていない。一人ひとりの物語はまだ続いていくのだ、という意味づけである。この道を選ぶことが無難のように思われたのだが、この結末では神野の愛に気づかなかった史緒がボケボケすぎるように見えたのだろう。一条はこの結論を選ばなかった。

 要するに、結末をつけようとしたとき、なぜかパズルの1ピースが余ってしまうようなやっかいさが残ったのである。

 それを一条は「萌を殺す」ということで解決しようとした。
 萌が死ねば、萌の物語は終わる。一人で子どもを抱えて生きていくことの重さがこの世界のどこかにあるという事実は解消されるのだ。いっしょにあの母親も死んでもらうのである。萌にまつわる重さや暗さは、萌が死ぬことで物語世界からすべてデリートされ、神野夫妻がその子どもを引き取って幸福に育てることで、世界は何の憂いもない、明るさに満ちたものとなって終わることができるのだ。

 しかし……。

 いくら何でもそりゃねーだろ。
 地震で死ぬって……「もうこいつ、物語の展開上、死ぬ以外にないので死なせました」感満載である。
 萌カワイソス(´・ω・)

 そもそも、萌が「浄化」され「解放」されていくという展開に違和感を覚える。「正のエネルギー」vs「負のエネルギー」というシェーマ(とぼくが勝手に思っていただけなのかもしれんが)はどこへ行ってしまうのか! 鬱屈していた萌はやはり否定されるべき存在だったのか。どうせなら、萌は鬱屈したまま、史緒を打倒し、成功を収めるという、画期的な漫画にしてほしかったのに。12巻で史緒が次々と萌をリスペクトする言葉を、はっきりと萌の前で口に出して表現することは大変困ったもんだと思いながら読んでいた。アメリカの政治家の演説みたいに堂々としすぎなんだよ。いくら史緒がこういうキャラクターだからといっても…。

 しかしそこに立ちはだかったのが、わがつれあいである。つれあいは、「まあ、少女漫画としてはこのラストでいいんじゃないの〜? ラストのパーティもいかにも一条ゆかり的騒々しさだし、世界に現存しないような『おとぎ話』っぽくて」と肯定的評価をくだしていた。
 とんでもない話だ!

 まあ、それを含めて、やいのやいの言いながら読める面白い話だったんだけどね。不満すぎるラストをもってくるというのもエンターテイメントのうちだ。





集英社 クィーンズコミックス
全12巻
2010.3.2感想記
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