レオン・V・シーガル
「拉致敗戦――日本は北朝鮮問題で致命的な孤立に追い込まれている」



 興味深いインタビューだった。
 「中央公論」07年8月号に掲載されたインタビューで、シーガルは元NYタイムズの論説委員、現在独立系のシンクタンクSSRCの「北東アジア安全保障プロジェクト部長」である。インタビュアーは外交ジャーナリストの松尾文夫。「米国と北朝鮮の間の『呼吸の一致』が目立ちはじめ、拉致問題の進展を前面に押し出してきた安倍外交の孤立化の懸念が際立ってきた」「米国が日本を非難する可能性すら出てきた」というリードでインタビューが始まる。



日本政府の北朝鮮外交方針は硬直化している


 まずそもそもについて少し。
 もともと六ヵ国協議は北朝鮮の核をどうするかということで集まった会議である。それを解決するために各国が知恵を出し合い、さまざまな行動をしかけている。そして北朝鮮が動くことを約束させて「じゃあ見返りにエネルギーを渡しましょう」とか「資金凍結を解除しましょう」とか一つひとつ前に進ませているのだ。

 ところが日本政府は、乱暴にいうと、「拉致問題が進展しなければ、もう何もやらんからね」ということを方針にしている。NHKテレビでの日朝関係の外交ニュースをみていると、日本が示した拉致問題に各国がどれくらい理解をしめしてくれたか、ということが最大の焦点として報道されているのは、その方針の反映だ。
 核問題を主要テーマにして集まり、各国が譲歩や圧力などの外交駆け引きを演じているときに、日本政府は拉致を前面におしたて、主要議題のゲームに「ついていけない」「落ちこぼれた」感じになっているのである。後でのべるが、「拉致最優先」というのは、本質的には最優先ではなく、最優先という名目の単なる硬直した方針になっているということなのだ。

 で、日本は核問題そっちのけと言われても仕方ないほど、そのことはおざなりにして「拉致」をカラめてこのゲームをすすめるように各国に働きかけるのだが、各国は聞く耳をもたない。というか、話を聞くだけである。
 それで「じゃ、じゃあ、せめて日本の立場は理解してよ」という説得をしているのだが、これもセールスマンに返している生返事みたいな調子で、各国はあまりまじめに聞いている様子がない。

 それでまあ、孤立、というか、おいてけぼりをくっている、というのがこれまでのところだった。

 加藤紘一(自民党元幹事長)が安倍内閣の外交路線について講演した記事出ていた(毎日新聞07年7月17日ネット配信)。よりくわしい記事が「しんぶん赤旗」(18日付)に出ていたが、ポイントは北朝鮮問題、六ヵ国協議の行方である。

「日本は拉致問題があってなかなか柔軟な対応ができないが、注意しないと取り残される。ある日、米朝が国交樹立の方針で合意したということになったら、日本外交の立つ瀬はない」「安倍さんと麻生さんは、強いイデオロギーで外交を進めているから柔軟な道を取れない」

 今年(07年)の2〜3月の段階で、米朝がかなりの歩み寄りをみせて「日本はおいてけぼりなんじゃないか」という論評がなされた。これにたいして麻生外相が自分のサイトで反論をしている。
http://www.aso-taro.jp/lecture/talk/070227.html

「例えば、6者会合が開催される契機となった米国のヒル国務次官補と北朝鮮の金桂寛外務次官による米朝会談。1月半ばにドイツのベルリンで行われたものですが、ここで米国側と北朝鮮側が話し合った内容については、日本も把握しておりました。外交機密にかかわることでもあり、手の内を明らかにはできませんが、要するに、日米が緊密に連絡をとりあった上で、米朝協議が行われたというのが事実なのです」

「6者会合の中で日本側は『こちらは拉致問題を抱えており、これに進展がない限り金は出せない』と主張してきましたが、これにも4カ国は深い理解を示してくれました」

 前者は知ってましたよ、という反論、後者は理解を示してくれてますよ、という反論なのだが、これが反論だろうかと思う。
 前者は、まあ連絡くらいはあったかもしれませんね、という程度の話。後者は、たとえば松尾文夫は自身のサイト(「アメリカ・ウォッチ」)で、
http://homepage.mac.com/f_matsuo/blog/fmblog.html

「問題はこの『理解を示す』内容である。中国、韓国、ロシアの場合は交渉をまとめるうえでのレトリック、実質的にはいわゆる外交辞令の枠を出ていないことを確認しておかねばならない」

として、中国のそっけなさについて実例をあげている。この松尾の一文が書かれたのは、今年4月であるが、そこでは「少なくともこれまでのところ、アメリカだけは違う。同盟国としてこの日本の立場に協力し、日朝間での拉致問題の進展がない限り、北朝鮮側が強く望むアメリカによる『テロ国家支援指定』〔ママ――引用者〕の解除、『敵国通商法』の適用終了措置などには応じないとの姿勢を明らかにしている」という状況だったのだ。

 ところが、この一文以後、テロ支援国家の指定解除が、アメリカ側で大きく動き始め、しかも安倍首相が「解除は、拉致問題解決が条件になる」と高をくくっていたのが破綻しかけているのである。
 つまり、安倍強硬路線の頼みの綱だったアメリカがあっさりとその綱を切ってしまおうとしているのだ。


 日本政府は、北朝鮮との間で日朝平壌宣言を結んだので、そこに拉致問題も入っており、普通に考えるとそれにそって解決をしていけばいいはずであるが、安倍首相というかそれにつながる勢力がそれとまったく別の論理を持ち出したのは、アメリカが北朝鮮を「テロ支援国家」に指定していることだった。
 「拉致問題が進展しなければ、もう何もやらんからね」という路線が国際的に通用するという裏づけは、アメリカの「北朝鮮テロ支援国家指定」だった。



日本政府の根拠が実にあっさりと……


中央公論 2007年 08月号 [雑誌]  シーガルのインタビューで興味深いことの第一は、このアメリカのテロ支援国家指定の根拠があまりに薄弱で、北朝鮮側の攻勢であっさりとくずされそうなことである。

「北朝鮮がテロ支援国リストに載っているのはなぜか。米国法によれば理由はただ一つ。航空機ハイジャック犯の日本赤軍メンバーをかくまっていることだ」

 松尾がびっくりして聞く。「本当にそれだけなのか」。シーガルはかなりきっぱり答えている。「法的には、それだけが理由だ。しかも、ハイジャック犯は、もう六十代で、数人しか残っていない。もし平壌が彼らを追い出せば、テロ支援国家に指定する法的な理由はなくなる」。

 これによって日本が追い込まれる局面が出てくるとシーガルは言う。

「次回の六ヵ国協議で北朝鮮はテロ支援国家リストに集中してくるだろう。なぜか。日本に対して、交渉に応じるよう圧力をかけたいからだ。彼らは日本を困らせたいのではない。日本と交渉をしたいのだ。問題は、日本が交渉をせず、ただ拉致問題を解決しろといっていることだ」

 シーガルは次のような助言を日本に行う。

「そこで日本への私の助言だが、北朝鮮に対してまず拉致問題を解決すべきだと言い続けることによって問題の解決を得ることはできないだろう」
「日本は、二〇〇二年の日朝平壌宣言の全条項に基づいて北朝鮮と交渉せざるを得なくなるだろう」
「日本が拉致問題が先だと言い続ければ、交渉は全く始まらない。われわれはみな、それを理解している。相手には欲しいものがあり、こちらにも欲しいものがある。だったら取引しなければならない」

 チェイニー米副大統領が2月に来日したさい、日本政府に「拉致問題の進展・解決の定義」を示すよう求めてきた。
 かつて姜尚中は、『日朝関係の克服』(集英社新書、旧版)のなかで「拉致問題の真相究明を諦めるべきだ、などと言っているのではない」と断った上で「拉致問題が『解決』されるとは、いったいどんな状態を指すのだろうか」という問いをたてたことがある。「戦後五〇年あまりを経てもなお、〔朝鮮人〕強制連行の全容が明らかになっていないのだとすると、今回の拉致事件の解明に、いったいどのくらいの歳月を費やせばいいのだろう」。そのうえで、姜なりの「ロードマップ」を示したものである。

 07年7月17日付の「しんぶん赤旗」では、「米朝関係に詳しい専門家」の意見として、「アメリカが求めているのは拉致問題解決のロードマップ。行方不明米兵問題の解決が念頭にある」というのを紹介している。ベトナムとの国交回復において、この問題の段階的進展に対応した段階的関係改善をはかり、最終的に成功した事例である。

 すでに安倍内閣の北朝鮮外交方針は硬直したドグマに変質してしまっている。拉致問題を前面におしたてた――その実、実は拉致問題の解決を軽視した――方針をあらため、(1)日朝平壌宣言にもとづく包括的な交渉をはじめる(2)拉致問題解決・進展の定義づけとロードマップをつくる、という方針への転換が必要になる。



安倍政権の基盤となる強硬路線が米政府から一掃


 もう一つ、シーガルのインタビューで興味深かったのは、ブッシュ政権内の力関係の変化である。要は、ネオコン派が北朝鮮政策についてはほぼ影響力を失ったかっこうになったということだ。
 シーガルによれば、ブッシュはたしかに金正日嫌いだが、パウエルらの交渉派と、チェイニーらの強硬派の間でゆれたりもどったりしていた。だが、いまや「政権内にはネオコン支持グループはチェイニー副大統領を除いて残っていない」。そして「米国の政策が根本的に変化した」とシーガルは言う。「強硬派にとってそれ〔「外交的解決」〕は、五ヵ国をまとめ上げて、みんなで北朝鮮に脅しをかけ、核兵器を無理やり放棄させることだった。だが、うまくいかなかった」として、米政府は「北朝鮮とは戦争できない。制裁もできない。交渉が効果を発揮するかもしれない、試す価値はある」という共和党主流の現実主義に戻ったのだと、シーガルは指摘する。

 シーガルは小泉さえそもそも制裁は望んでいなかった、とのべているが、拉致問題の強硬派として登場してきた安倍政権はあきらかにブッシュ政権内の強硬派の路線に呼応していた。その土台がなくなってしまった今、安倍政権の北朝鮮強硬路線は、破綻必至である。

 テレビのコメンテーターとしてよく見かける、「インサイダー」編集長の高野孟はこの記事(シーガルのインタビュー)についての論評を書いており、「参院選を生き延びたとしても、安倍政権がこの問題で頓死する可能性がある」と結論づけている。
http://ameblo.jp/senkyo-commons/entry-10039891487.html


 シーガルのインタビューは他にも、

――体制転換(レジーム・チェンジ)なんて政策は最初からねーんだよ
――軍事的オプションも中国・韓国が反対するからありえねーよ
――中国は脅威として把握するんじゃなくて静穏を望んでいるととらえろ
――六ヵ国協議は今後地域の安全保障フォーラムになりうるぞ

などの論点も提出しており、どこを読んでも面白い。
 一読をおすすめする。





「中央公論」2007年8月号
2007.7.23感想記
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