名香智子『楽園』



※ネタバレがあります


 作中ではなかなかにおぞましい行為が随所に出てくるが、読者はその危険な爆弾を一撃も浴びずに、欲望を味わいつくしたあげく、まさに読者にとっての爽快な「楽園」へとたどりつくことができる。ゆえに「奇妙な作品である」、といいたいところだが、BC級の女性漫画誌としてはむしろ典型的な作品だといえる。


 『楽園』には3つの短編がおさめられている。

 うち、冒頭のぼくの感想は、表題作の「楽園」という短編集についてのものだ。
 主人公の洋太は、就学直前の年ごろの子どもだ。父親とは死別している。母親は水商売的派手さをもった服装をして「仕事」をしていて(何の仕事かは描かれない)、洋太には事あるごとにつらくあたる。というか、はっきりと虐待している。

 そして、母親がときどき連れ込む男の一人・薫が居座る。
 物語の後半で明らかになることだが、薫は美少年にたいする性的嗜好をもっていて、美しい見目の洋太にたいしてくり返し暴力と性的な虐待をおこなうのだ。

 男権社会のならいとして性的な虐待は、多くは男性から少女へ対しておこなわれるのにたいし(※)、ここではわざわざ少年がえらばれる。しかも美少年だ。
 くわえて、加虐する男性・薫の造形は、決して酒ビン・腹巻といったむさい中年オヤジではなく、洋太の母親がメロメロになるほどの若い美形である。

 美少年×美青年の性的シーン(描写はあまりでてこないが)を読者――おそらく掲載誌である「ミステリーJour」の主要購買層である女性読者は十分堪能する。この「楽園」の前の短編「福寿草」でも、美青年×美青年の性的シーンが登場するが、ここでは男性同士の性交は、ストレートな女性のポルノとして消費されている。

 それどころか、ここでは「強姦」さえ、女性読者の欲望充足の手段になっている。

 洋太が学校にいくようになって、担任の女性教師・春日すみれが家をたずねたとき、洋太の体に無数の傷があったのに気づく。そこへ帰ったきた薫によって洋太の目の前で春日は強姦されてしまうのだ。

 読者に最も近い登場人物は春日だが、彼女を強姦するのは美青年の薫という設定だ。春日の強姦はビジュアルとして、おぞましい犯罪という色彩が薄い。むしろ耽美の色合いさえある。ゆえに、読者はこのシーンをある程度の衝撃をもって受け止めはするけども、どちらかといえば興奮というニュアンスに近い。残るのは、「美形の男性と性交する」という設定だけである。

 読者の欲望を充足させたあと、作者は倫理的悪だけを「殲滅」というにふさわしいほど、徹底的にデリートしてしまう。
 洋太は春日が薫に強姦された日の夜、薫と自分の母親が寝た後にカーテンに火を放ち、二人を焼き殺すのだ。

 この二人の殺害は、唐突にみえる。
 たしかにこれまでは自分にだけむけられていた暴力が、第三者に及んだという違いはあるのだが、その第三者たる春日が、洋太にとって果たして二人を殺してまで救うべき存在だったのかどうかは不明なままなのだ(そういえば弘兼憲史・矢島正雄『人間交差点』でも女性教師を強姦しようとした実父を息子が殺してしまう短編があったけども、あそこでは女性教師が息子にむける愛情が描かれている)。

 むしろ、この殺害は、倫理的な悪を抹消してしまおうとする作者の性急さ、いやもっといえば、読者の十分に堪能した欲望の痕跡を消して回ろうとするあがきのように読める。

 美少年と美青年の性交、美青年からの強姦という欲望をたっぷりと舐め回したあとで、それをなかったことにするかのように、二人を業火で焼いてしまうのである。「悪は滅びた! ついでにあたしの欲望の跡も消えた!」。めでたしめでたしだ。


 二人が殺害されるが、事件は寝たばこが原因の「事故」として処理され、洋太は施設にあずけられる。洋太にとって、施設は暴力から解放された「楽園」であると形容される。
 結婚して幸せそうな春日と、少し大人になった洋太が数年後に会うシーンで終わる。施設での生活はつらくないかと春日が洋太に訊く。

 洋太は心の底からの笑顔で答える。

「つらいことなんか何もないよ
 だってぼくにはもう親がいないんだから!」

 
 これは、皮肉な悲劇ではなく、洋太にとっての抑圧からの解放として描かれている。まわりにはぽわぽわしたスクリーントーンなんかはっちゃって、おまけに春日先生には新しい生命が宿っているという結末まで用意されている。何の屈託もない幸福なラストだ。

 児童虐待、強姦、放火、殺人と、日本の日常で考えうる限りの残虐なイヴェントが並ぶ。なのに、読者は欲望を十分に満たしたあげくに、明るい希望のラストまで手に入れることができる。




※男児への性的虐待は統計上の暗数があり、それ自体が決して少ないとは言えないが、女児への虐待よりは相対的に圧倒的に少ない。


『Best of 名香智子 3 楽園』
双葉社 双葉文庫名作シリーズ
2006.8.16感想記
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