大塚英志『戦後民主主義のリハビリテーション』





 鴻池大臣が、長崎で4才の子どもを殺した12才の少年の事件について、「親は打ち首、市中引き回し」と言ったわけだが、この鴻池にみられる戦後民主主義への敵意は、ますますヒートアップするばかりだ。そして、そういう空気のなかで、いまその「戦後民主主義」をみつめなおすという憎まれ役を買って出る人間はもんんんんんのすごく少ない。小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』くらいかなあ。

 この本の課題は、「『論壇誌』でぼくはいかに語ったか」に集約的に言い表わされている。
 大塚は、ロラン・バルトの「雑報の構造」というエッセイをひいて、新聞の1面と3面(「三面記事」というところの3面、である)の記事の構造のちがいにふれる。政治や経済の流れやしくみをしらないと理解できない1面、それにたいして記事のなかにそれを理解にするのに必要なすべての情報が入っているのが3面(殺人事件など)である。日経新聞の1面を本当に理解するには3カ月かかるが、3面記事の殺人事件を理解し、いっぱしのコメントを出せるようになるのは、読んだ一瞬でできる。
 2つの語り方がある、というわけである。
 そして、大塚は、早いハナシが、論壇は閉じこもって1面のコトバしか語らないのに、ワイドショー化された一部の人々は逆に1面のコトバをいたずらに3面化している、と批判する。その両方を行き来できるコトバを語ろう、というのが大塚の「リハビリ」提唱である。そして大塚はじっさいにやってきた、という。サブカルと論壇の間を。

 大昔、プロレタリア文学と私小説の「対立」として語られ、近代文学がその超克をめざしたといわれた問題として、「大状況」と「私」をつなぐ、という問題があった。政治や経済の滔々たる大きな流れと、むせかえるような欲望や卑小な感情をもつ私とのあいだをどんなふうにつなぐのか、という問題である。
 歴史とか政治とかいったすべての「大状況」が、なんだか空虚なものに思えてきてしまい、若者は学生運動から身をひいて「サブカル」にハマッているなかで、その大昔からあった裂け目は、もはや修復不可能とおもわれるところまで開いているように見える。

 「ぼくがサブカルチャー化というとき、それは何もコミックやTVゲームの領域が文化のなかで肥大することを意味するのではない。そうではなく、ことばや思想や経験が、帰属すべき大文字の歴史や体系から乖離して断片化し、その断片が無秩序に集積していき、それによって人々の日常が変質していく過程をいう」(「福田和也と『保守』の葬送」)

 大塚はそれをつなごうというのだ。

 それをつないでしまったものとして、大塚はオウムの「偽造正史」をあげる。
 サブカル的な手法(物語の内側に仮構の正史を構築し、それがソフトの商品価値にむすびつく)で壮大な偽造の「正史」をつくりあげたオウムは、その正史のなかで「私」がどのような位置をしめているか、というふうに、「大状況」と「私」をアッサリつなげてしまった。
「それ自体は凡庸なテレビゲーム的物語にすぎない、麻原による歴史に、しかし土谷は歴史上の人物として組み込まれている。つまり麻原が示したのは『歴史』そのものではなく、『歴史』と土谷とのかかわりなのである。それ自体は荒唐無稽であっても、『歴史』と土谷のつながりを示すことで、麻原の『歴史』は説得力をもってしまったのである」(「家永三郎はなぜ忘れられたか」)
 同じように、正史の偽造をくわだてるのが、「新しい歴史教科書をつくる会」である。
 戦後民主主義を批判しながら登場してくるナショナリズムは、国家によって、大文字の「歴史」によって、自分のアイデンティティを回復しようとする。

 その処方は、大塚においては、次のようなものとなる。

 「戦後の日本社会が達成し得たことと達成し得なかったこととを冷静に分析し、次の世代に財産として残すべきことと、反省をもって語り伝えるべきことを、ともに歴史化していく作業がそろそろ始められていいのではないか」(同前)

 「『侵略史観』と『聖戦史観』の互いに自動化した言説に引き裂かれたままの戦前の歴史以上に、戦後史は歴史化されていないのである。……主体のアイデンティティの拠り所を、ぼくは『民族』というファンタジーよりは『日本国憲法』という、ぼくたちの五十年の具体的な歴史を支えてきた相応に歴史化されたファンタジーに見い出すことのほうが、まだしも妥当だと考える。日本人は戦後史にこそ誇りをもつべきだと考えるぼくは、やはりそう語らざるをえないのである」(「福田和也と『保守』の葬送」)

 「オウム真理教をめぐるこの騒動をもし克服しようとするなら、そこには否応なく『正史』を再構築する作業が不可避となる」(「ぼくらの時代のオウム真理教」)

 要は、学校でおしえている歴史があんまりうそうそしいから、もっとリアルな身体実感や体験をもとにして、あらゆるドグマから解放された歴史、だれでもそうだとおもえる歴史に、書き直せ、というわけだ。これが大塚流のつなぎかたというわけである。

 大塚は、この本のなかでほかにも、「エヴァ」、ネット、宮崎事件、自警団(ガーディアン・エンジェルズ)、石原知事が所有する美少女フィギア、といった話題をつつきまわすことで、「大状況」と「私」をめぐる言説を回復しようとしている。それこそが戦後民主主義を強靱なリアリティによって鍛え直す道なのである。(前にものべたが、漫画家の岡崎京子は、獲得できぬ世界へのリアリティという問題に実は苦しみ、のたうちまわり、リアリティを渇望して作品中で徘徊した寄る辺なき妖怪である。)

 じつはわたしも、それ――大塚のようなそれ――をやってみたいと願っている。
 とくに「左翼」であるわたしは、大塚の次のコトバを、心して聞かねばならない。

 「一方ではかつての『左翼』の側が語ることばが石原にいわれるまでもなく無惨なほどに失効していることは認める。……(雑誌『創』での石原批判特集座談会で)石原を『ファシスト』と定義することはロジックの上では間違っていないのだが、けれどもやはり批判としては届きにくい。なんというか、こういった左翼的なことばや論理が届くために前提となってきたある種の共通感覚がとうに崩れているというリアリティに、何より出席者の感覚が欠けているのだ」(「『クラスの女の子』たちのような健全さに向けて」)

 だが、この本が、最終的に成功していないのは、それがリハビリすべき「戦後民主主義」への検証をいま一つ欠き、保守がまなざしているような「戦後民主主義」という概念に、無自覚的にのってしまっているせいである。
 だから、大塚的作業の前にはもう一段階が必要となる。
 小熊英二が『〈民主〉と〈愛国〉』でやったような「戦後民主主義」概念とコトバの見直しということが、どうしても欠かせないのである。


大塚英志『戦後民主主義のリハビリテーション (論壇でぼくは何を語ったか)』角川書店
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