長谷川スズ『リカってば!』



 職場の恋愛を描くという漫画はたくさんあるのだけども、それは「あっ」という間に結婚に結びついてしまったり、そうでなければセックスへ行ってしまったり、はてまたは仕事なりなんなりのオトナの機微ってもんがついてまわる。

 たとえば「あっというま」ではないにせよ、結婚と結びついてしまう一例として『クローバー』をあげることができよう。セックスに結びついてしまうという点では、二宮ひかるでもあげておこう。オトナの機微、っていうのは、たとえば鴨居まさねをあげることができる。

 女性漫画がそのなかに少女漫画の構造を懐胎していようとも、オトナの漫画はやっぱりオトナの漫画だと思わしめる心理劇やトッピングをふんだんに入れているものである。

リカってば! 1 (1)  『リカってば!』を読んでびっくりすることは、20代後半のいい歳こいた男女が職場で「片思いすれ違い劇」をえんえんと演じていることだ。あ、いや、これはぼく的には悪口ではありません。

 「え? たとえば『ハチクロ』だってそうだろ?」「『black!』だって後半はすれ違い劇でしょう?」と反論する読者諸兄もいるだろうが、読んでみた感触が全然違うのだ。『ハチクロ』の主舞台がまだ学園であるということも大きいのだが、それをおいておくとしても、『ハチクロ』では、片思いとかすれ違いということを、「ネタ」として楽しんでいる感じがアリアリなのである。つまりかなり自覚的に、あるいはややメタな視点で取り扱われているのだ。

 しかし、『リカってば!』は違う。
 本当に片思いやすれ違いに、ド真剣にとりくんでいるのである。
 それは、少女漫画そのものだ。職場が舞台のはずなのに、作中に漂う空気は、まるで高校の教室である
 少なくとも2巻までは結婚やセックス、あるいは含蓄のあるオトナの会話、といった「女性コミック」の要素がきれいに排除されていて、ぼくは少女漫画を読んでいるような錯覚をうける。
 もちろん原田梨花『black!』はこういう「すれ違い」の話ではない。恋や結婚にナイーブにはしゃげるわけでもない2人がオトナの遠慮で間合いをとりあっていく様子は、中高生の漫画にはありえない。あれはオトナの漫画である。
 ところが『リカってば!』は、くり返すが、徹頭徹尾「職場なのに高校の教室」感たっぷりなのだ。

 主人公のリカ(佐倉利夏)はかなり背が高い女性でコケティッシュさのない、どちらかといえば気っ風のいい女性である。そして同僚で、背が低いメガネ男子・塚田(塚田宏朔)とは「ケンカ友だち」である。
 塚田はリカが気になる存在であり、自分の気持ちを自覚するのだがまったく伝えることができない。そしてリカはとんでもないほどにニブく、塚田がいだいている自分への好意にも気づかないし、自分の中にある塚田への好意にも気づかないのである。

 男女の身長差の世間平均からの逆転、女性側の自分のタッパへのコンプレックス、「ケンカ友だち」――この設定で脊髄反射的に思い出すのは『ラブ☆コン』であるが、ことほどさように設定からして「高校教室」的なのである。

 1巻を読んでいるときは、どちらかといえば「すれ違い」や、「好意をもっているのにケンカする」というシチュエーションを楽しむコメディ、もっといえばお約束的なギャグ漫画かとさえ思っていた。だから、通り一遍な感じで面白さは感じたけど、正直2巻を買おうとはあまり思わなかった。
 それでも2巻を買ってみて、こんどは塚田をはじめとする登場人物たちの「片思い」に焦点が移っていて、作者自身が「1巻に比べて大分湿り気が」とあとがきでのべているように、「ラブコメディ」の「コメディ」の方ではなく「ラブ」の方に重点がかかるようになってきたのだ。話もよくあるお約束の堂々回りではなく、きちんと進展していく。

 それで、俄然ひきこまれてしまった(またこのパターンで申し訳ないが)。

 なんでオレがいまそんなに萌えているかというと、「30代にもなって職場にこんなこと求めようもねーわなー」という寂寥感からである。えーっと、高校生ラブみたいな空気とか新鮮っつうか。
 いや、別に、今職場にラブな人がいるとか、つれあいと別れてどうこうなりたいとか、そういうんじゃないんですよ? 「高校生みたいな恋愛してーなー」とか時々思うだろ? 会議中とか。

 「じゃあ高校生恋愛漫画読みゃいいじゃん」と、浅はかなお前らは考えるだろう。
 違うんだなあ。
 「職場」という場をしっかり設定して、そこで「高校生恋愛」を展開するというモーソーがきわめて重要なのだよ! 『リカってば!』では、実は職場の描写や空気は意外とキチンとしていて(とくに1巻)、「ああこれは職場の話だなあ」と思わしめるのだ。ところが、片思いや恋愛の描写が妙に高校生っぽくて、明らかにおかしいだろと思いながら萌えてしまうのである。

 とくに仲良しグループを形成して、家でごちそう作ったりとか、花火にそのグループでいったりとか、もうなんだかホントに高校生っぽい。同世代が好き嫌いでグループをつくって、いつもツルむほど大規模にいる職場って、そうないだろ。

 看病でおかゆつくりにいったりとか、これは休んだ生徒にプリント届けるみたいな(笑)。あと、「深夜残業で抱きつく」シーンもあるんだが、これも「放課後に抱きつく」と変換可能!

 いや、まあそういう職場環境が仮に現実に存在するとしても、あるいはそういう職場漫画が他にあるにしたとしても、結婚やセックスがいまのところ縁遠いために、もうホントこいつらのやっていることっていったら高校生なんだわさ。

 そして市井の少女漫画にくらべてポイントが高いのは、男性主人公の塚田の懊悩、はっきりいえばグズぶりがきちんと描かれていること。片思いに苦しんでいる塚田! それは中高生時代のオレなのだ。

 バレンタインでリカにもらったチョコレートに、義理だと思ったためにずーんと暗くなると同時に、リカからもらったということで執着しまくる塚田。食べようとする妹からチョコをディフェンスし、

「ともかくこれは俺の! 一生とっとくんだから」

などとほざく塚田は、まるっきり中高生時代のぼくであり、塚田妹に言われる間でもなく、

「うわ! きしょ!!」

的存在である。
 「一生って…アホ? どこの乙女ですか?」という塚田妹の鋭角のツッコミ。

「そんなウジウジした男 絶対に振られるから!」

 塚田妹。お前は正しすぎる。
 このウジウジ、グズグズが少女漫画にはない。
 『君に届け』の風早とか、『スプラウト』の草平とか、さわやかすぎ! ぼくが楽しみにしている『高校デビュー』のヨウでさえ好感は大であるといえどもリアルさや共感できる要素はない。こいつら、この世のものならぬ存在なのだ。
 その点、塚田のウジウジさは、高校生的恋愛のリアルなのである!(主にぼく的青春におけるリアル) ついつい自分を投影して楽しんでしまう。

 しかもなー、塚田って、グラフィック上は「美少年系メガネ男子」+「カワイイ的要素」、そして設定上は「仕事それなりにできる系」なので、ヤバいことに、ぼくの美化自画像になってしまうのだなあ。

 塚田に思いをよせる安曇千華子の鼻緒を直してやる「やさしさ」とか描かれるわけだけど、そういう「やさしさ」は実は努力すれば誰にでもできることであって、もしそれで安曇みたいなかわいい「女の子」に涙を流させるほどに慕われることができるなら、いくらでもぼくはやさしくしますよ! てな具合に、「ひょっとして努力すればぼくも塚田になれるのかも」などというすさまじい錯覚まで引き起こしてしまうのである。


 物語を安定して受容できるようになると、小ネタや脇キャラもけっこうぼく好みであると気づく。いかにもできそうに見える塚田の「実は料理のできなさぶり」とか、クールなツッコミ役の中川志保が妙にツボにハマった。絵や小ネタをくり返し見ていたいタイプの漫画である。





芳文社 MANGA TIME COMICS
1〜2巻(以後続刊)
2007.4.18感想記
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