杉浦日向子『百日紅』



 杉浦日向子が亡くなった。癌だそうである。

 杉浦が漫画家を廃業してから10年以上たっており、杉浦はすでに漫画を生産しなくなっていたのだから、「もはやあの漫画見られないのか」という嘆きは論理的には起こり得ないのだが、それでも「ひょっとしたら何かの拍子で復活するかもしれない」という期待がどこかにあった。46歳という彼女の早すぎる死はそれを永遠に断ち切ってしまった。
 そういうぼくのエゴイスティックな期待の消滅として、彼女の死を悼むものである。

百日紅 (上) 前にも書いたが、入院している友人に何か漫画を献呈するとき、どんな漫画の嗜好があるか、あるいはどんな年齢の人かということにかかわりなく、ぼくは杉浦の『百物語』(文字どおり百の怪談・奇譚)か『百日紅』(葛飾北斎とその弟子や家族たちの日常を1話完結でつづっている)をもっていくことにしている。
 また、もし自分が永久に無人島に追放されることになり、1冊だけ漫画を許されるとしたらおそらく『百物語』か『百日紅』を持っていくだろうと思う。

 ぼくは、『百物語』について、「江戸期の『ふしぎ』と向き合ってきた庶民の精神が、その庶民の精神で見事に描かれている」という感想を書いたけども、江戸精神に徹底しぬくという杉浦の厳格さによって、その作品世界はぼくらの小賢しい近代的自我の自意識とか解釈を寄せつけない。

 それゆえに、現代の読み手は、自分がいまおかれている状況や意識に一切拘束されることなく、この作品を楽しむことができる。それは多少なりともすぐれた古典に共通の事象かもしれないが、漫画による杉浦の加工によって世にある古典とは比較にならぬほどの「とっつきやすさ」をもっているのだ。


 北斎の娘お栄が「龍」を描く話がある。

 北斎の龍の絵をダメにしてしまった責任を感じ、お栄はかわりに龍を描こうとするがどうもうまくいかない。
 そこに北斎を私淑する歌川国直が酔って現れ、こう言うのである。

「――龍はコツがありやす
 筆先でかき回しちゃあ弱る
 頭で練っても萎えちまう
 
 コウただ待って……
 降りて来るのを待つんでさ
 来たてえところで
 一気に筆で押さえ込んじまう

 他の生き物たあ違うんでね
 とらまえ方もちがいやす」

 これは漫画家が自分の中でアイデアを熟成させてそれが自然に発現する、という状況に似ている。しかし、この作品はそうした近代知としては描かれていない。
 お栄は北斎や弟子たちをたたき出したあと、たしかに闇夜にじっと「龍」を待っているのである。そして、杉浦は夜の黒い雲のなかから龍が江戸の街に降りてこようとする絵を、頁全体を使って描くのだ。
 実際に龍が降りて来る、という世界観のもとに描かれた漫画なのだ。


 もうひとつ。
 ある武家の屋敷のためにお栄が地獄絵図の屏風を描く。
 たいへんな凄みのある絵なのだが、たった一つだけ欠陥があり、北斎がそれを直すという話がある。
 杉浦はこれを「絵の機能」「絵の構造」の話としては描かない。
 地獄絵のあまりに凄みのある出来栄のために武家の奥方が地獄の亡者に囲まれる夢に連日悩まされるのである。ついには屋敷から火がでる騒ぎにまでいたる。
 北斎はお栄の下書きをみて、つぶやく。

「へん 厄介な絵なんざ
 腕が未熟な証拠だ
 どれ、その下絵を見せてみな」

「こんなこったろうと思った
 てめえはいつだって
 描いたら描きっぱなしで
 “始末”をしねえから悪い」

 そういって、北斎はその絵をある一点だけ補うのである(それが何であるかは読んでのお楽しみ)。杉浦はあくまでその地獄絵が放つ怪異として物語をすすめるのである。

 芳崎せいむの漫画評論漫画『金魚屋古書店』には、杉浦の『百日紅』を画学生が読み、絵を描く者の自意識を見つめ直すという短編が出てくる。こうした読み方は、ある意味で「野暮」である。しかし、江戸精神の活写として、現実世界からまったく浮き上がっているがゆえに、現世のしがらみからは完全に解放され、読み手の自由な投影が可能だということなのかもしれない。


 『百日紅』、そして杉浦の本にぼくが出会ったのは、80年代の終わりにつれあいの下宿の本棚で初めて見かけて以来なのだが、爾来、ぼくのこの作品に対する印象は、年々薄れたり倦んだりするどころか、十数年たった今ますます色鮮やかになっている。
 読むほどに深みが増していくのがこの漫画である。

 病院へのお見舞いの一冊というにとどまらず、もし「おすすめの漫画は」と聞かれたら(いつも聞かれて困るのだが)、この本(ないしは『百物語』)を挙げることにしている。


 「奇譚」ついでに書いておきたい。
 つれあいにもらった『百日紅』は、病気の友人にあげてしまった。その友人も杉浦の半分ほどしか生きられず、やはり癌で亡くなった。




『百物語』の感想はこちら 『ゑひもせず』の感想はこちら 『百日紅』の短評はこちら

ちくま文庫(上下巻)
2005.7.27感想記
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