よしながふみ『西洋骨董洋菓子店』

 1巻を買って、すぐ虜に。こういうことは久しぶりだなあ。
 なんたって、ケーキを食べたくなるし、お茶をしばきたくなる。

 とくに1巻はケーキでお茶をする幸せっていうのが、いっぱいだ。
 中学の社会科教師をしている女性客が、深夜にこの店をみつけてお茶を飲むときの顔がそういう至福感にみちてるなあと思う。とくに、背を丸めて、ケーキフォークを口に入れている様なんぞは、たまらない。

 作者の持ち味は、ドタバタや、女性マンガにありがちな大仰な設定(富豪とか外国とか)のところではとたんに色あせてしまう感じで、そういう場面では読んでいて「ふっ」と気持ちが離れてしまう。

 逆に、抑制のきいたセリフのやりとりになると、絶妙だ。くり返し読んでいても飽きない。
 前述の女性教師が、自分が中学生のとき何となく気になっていた同性の同級生に偶然会って飲みに行く。

 「覚えてるわよ 伊東さん 感じ良かったもの
  ホントよ
  また会いたいの」

 という、この同級生のセリフと顔、〈間〉に、どうにも萌えてしまう。


この絶妙の間と抑制の効いたセリフ(よしながふみ『西洋骨董洋菓子店』より)

 それだけではない。この2人が、主人公たちが経営するケーキ屋にくるのだが、教師の方が口につけていたクリームを、この同級生がテーブルの向こう側から手をのばし、拭って、食べてしまう、というシークエンスがある。

 「あ ごめんなさい ついくせで」
 「? ううん ありがと漆原さん」

 くーっ。教師の方は、同級生のまなざしにまったく気づかないのだが。2人が茶をのんでいるシーンも、昨今の料理蘊蓄マンガとちがって、反饒舌でとても印象がよかった(味についてのおしゃべりはしているんだけど)。

 この二つのシーン、出勤前にドトールで30回くらい反芻して読んじゃったなあ。

 知性のもとにおかれた〈静謐な欲望〉、というようなパッケージに、ぼくはとことん弱いらしい。


 あ、この話には、主人公たちの無数のトラウマやコンプレックスが出てきて作品上の大事なテーマなんだけど、その手の虚構上の造形には、ぼくの精神はきわめて鈍くできていて、全然興味がもてなかった。榛野なな恵(『ピエタ』)を読んだときでも、そのあたりのことにはちっとも気がいかず、〈ユートピア〉としての2人のこれから、みたいなことばかりに関心がいってたもんなあ。

新書館(全4巻)
2003.11.18記
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