本屋に『手塚治虫「戦争漫画」傑作選I』『手塚治虫「戦争漫画」傑作選II』『手塚治虫傑作選「瀕死の地球を救え」』が次々に並び、いささかおどろいている。
漫画評論家の石子順は、近著『平和の探求 手塚治虫の原点』の「あとがきにかえて」のなかで「この〔2007年〕七月、八月には『手塚治虫「戦争漫画」傑作選I・II』(祥伝社・祥伝社新書)が一般教養新書として刊行されました。……戦後六十余年たってようやく手塚治虫の戦争漫画がクローズアップされ、生命を惜しみ、生命を守ることについての主張が強まってきたという感じがします」とこの動きを高く評価している。
むろん、手塚治虫をこういう角度から評価し、その角度で選集が編まれ一般教養新書として大々的に出されることをぼくは歓迎している。
「なぜ今?」とおどろいたのは、手塚をこういう角度から評価する動きというのは衰滅していっているのではないかという危惧があったからである。
ところが、漫画評論の世界にはそのことをストレートに承認しない人が少なくない。
前にも紹介したが、たとえばこういう物言いになる。
「巨星墜ちてあまたの追悼文が新聞雑誌に発表されたが、ほとんどが彼の過密な仕事ぶりの逸話を軸に、手塚作品の『ヒューマニズム』『エコロジー』『差別への抵抗』を語ったものにすぎなかった。それは手塚治虫自身が苦笑しつつ否定し去っていったものである。彼は、自分はそんなおひとよしではない、教条家でもないといい、自分の描きたいものは『ロマン、これなんですよね』と語った」(関川夏央『知識的大衆諸君、これもマンガだ』p.112)
この物言いでは(1)戦後民主主義的価値と(2)ロマンの2要素をあげ、前者を明確に否定するという形になっている(ほかにもたとえば高取英なども「手塚治虫は、絵に描いたようなヒューマニズムの作家でもなければ、絵に描いた戦後民主主義の作家でもなかった」とのべている)。
ここまで露骨ではないにせよ、漫画評論においては手塚におけるこの2要素はしばしば「分裂」「屈折」として対立的に表現される。本選集の一つの解説でいしかわじゅんはこう書いている。
「もちろん、手塚治虫はヒューマニズムの人なのだ。それは作品を読めば誰にでもわかる。しかし、いうまでもなく、それだけの人ではなかったのだ。……手塚治虫は明るい面ばかりを描いてきたわけではない。犯罪を、戦争を、それを起こした人間の心の闇を描いてもきた。あるいは良識的な人間の底に潜む狂気を、平凡な人間が持つ裏の顔を、何度も何度も描いてきたのだ。……日の当たった明るい面を描く白手塚と、その影を描く黒手塚、その両面があって、初めて天才としての手塚治虫が現れるのだ」(『手塚治虫傑作選「瀕死の地球を救え」』解説)
いしかわはこの例に『鉄腕アトム』を出している。正義のヒーローのように扱われるがアトム自身は深刻な矛盾や苦悩、弱さをかかえた存在だったのだと。そして手塚自身が『アトム』をあまり高く評価していないというのはこの「明るい面」だけに光があたりすぎてしまったからだと、いしかわは述べる。
「手塚の『アトム』嫌い」は手塚研究において一つの「定説」になっていて、常識的な解釈もこのいしかわのようなものであろう。
NHKで06年に放映された「こどもたちへ 漫画家・手塚治虫」では昭和20年代末にPTAを中心にした「漫画俗悪論」がふきあがり「悪書追放運動」が広がるなかで(動物が言葉をしゃべったりロボットが空を飛ぶのは「子どもに嘘を教えるもの」とされた)、それを一新するためにアニメの『アトム』では過剰なまでにヒューマニスティックで正義の側面を出したとされている(中野晴行は最近『そうだったのか手塚治虫』のなかでこの問題について独自の見解をのべている)。
以下の批評は、このNHK番組と同じ流れで「分裂」「屈折」が理解されている。
「もちろん、手塚は、掛け値なしの良い子なのだが、同時に彼には偽悪趣味もあり、物語にリアリティをもたせるための悲劇性の導入、カタストロフィーの描出を好む性癖があったが、中央での良い子のための良い作品と言う責任を負わされて表現者としての良い子を演じ良い子たちのための良いライオンを描かねばならなかったのは、気の毒でならない」(長谷川つとむ『手塚治虫氏に関する八つの誤解』p.106)
「私個人のなかでの手塚は明るい戦後民主主義の体現者的な部分とどこか薄暗いドロドロした情念を描く作品の印象がまったく関連しあわないで別々に存在しているようなところがある」(小田切『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』p.201)
小田切は、同書のなかで手塚の「史上最大のロボット」(『鉄腕アトム』の1エピソード)をリメイクした浦沢直樹の『PLUTO』が「反戦」のメッセージ色を強めているのではないかと考えこうのべる。
「そこには『反戦』といった戦後民主主義的なテーマをマンガを通して現代的に再生してみせることがいま『手塚マンガ』に対し応えることなのだ、という浦沢の主張が込められているのかもしれないと思う。だが、私はそもそも手塚治虫という作家自身がいまそんな風に『反戦』を描くことを選択するような作家であったのか、という点に対してこそ大きな疑問を持つ」(小田切前掲書p.200)
『PLUTO』をふくめたいくつかの日本の漫画が、「ひどく短絡的な戦後民主主義的『反戦』メッセージ」を「代入」していることに、小田切は批判的な見解をのべているのだ。
小田切は、911事件を契機にアメリカのコミックスファンたちが「一夜にしてナショナリストにな」り(小田切前掲書p.150)、「現実」に漫画的「空想」が浸食されていく様子を描いている。
小田切は「補遺としての終章」の「マンガが守るべきもの」という節で「はっきりいえいば私はマンガとはまず単なる娯楽であり、逃避のためのささやかな消費財であることにこそその本質があると考えている」「同時多発テロとその後の混乱によってひとびとの生活からごく当たり前な『日常』そのものが奪われたとき、けっきょくマンガを読み、楽しむというそのささやかな娯楽としての性格こそが一旦は奪われた『日常』を回復するよすがになってくれたのではないか」(小田切前掲書p.291〜292)と結論づけている。
この本の流れのなかで、上記のような手塚理解を考えるとき、小田切においては、手塚像は分裂しその戦後民主主義的部分というのは結局漫画表現として批判されるべきであるものだとしているように読める。911事件後にアメリカの漫画家たちが不用意に現実の浸食を許してしまったのと似た形になっているのではないか、と。
他でもない、「戦後民主主義」が硬直したものだと思われているからである。あるいは多分に論争的な存在であるこの価値に近づきたくない論者が多いからであろう。
戦後民主主義という概念は小熊英二がのべているように戦後ずいぶんたってから語られ出した把握のされ方ではあるが、ぼくは実体のあるものだと考えている。
ぼくは戦後民主主義とは、戦争体験にもとづく反戦平和・人権など日本国憲法を軸にしてできた運動と価値観であると考える。
身体感覚として日本人に染み込んだのは戦争は悲惨なものであり、二度としてはいけない、ということだった。日本国憲法がいかにアメリカによって「押しつけられた」ものであろうとも、それを長年存続させてきた力はまさにこの感覚であっただろう。
日本国憲法は、明瞭なロジックをもっている。
日本は平和国家として生まれ変わり、世界的な普遍性のなかに生きることで世界の人たちから尊敬されるようになろう、という理念にはじまり、憲法のすべての条文が平和国家をつくるために戦争の構造をどう日本という国から取り除くかということに腐心している。
民主主義や人権という原理を使うのも、それがないことによって戦争が起きたからであるという論理構造のもとに憲法はつくられている。民主主義によって政治をコントロールし、人権という価値の実現をめざすという近代主義的な価値の実現である。
しかし憲法の価値体系は、アメリカの占領政策の転換とそれに犬のように追随する日本の保守支配層によって投げ捨てられ、空洞化させられ形骸化させられていく。支配層が国憲を軽んじ、革命勢力がその実現をせまるという奇妙な構図が戦後日本にうまれた。そのことが戦後民主主義の空洞化の核心である。
だが、それだけではない。
対抗勢力の側が結局多数派を形成できなかったという事実は、やはり戦後民主主義の価値や運動を深化させていくことが十分にできず、多分に硬直的で図式的なままであったということを意味している。
たとえば藤子不二雄A『まんが道』に試験のシーンがでてきてそこに当時の歴史教科書が写真的に描かれているのだが第二次世界大戦は「民主主義諸国対ファシズム諸国」という対決構図で説明されている。
日本がおこなった戦争を「侵略戦争」であると本質規定することが必要であるにせよ、帝国主義間の戦争であったこと、アジアの民族独立の契機となったことなど多様な側面が同居することを豊かに描くことに戦後民主主義運動は成功してきたとは言いがたい。それがこんにち、歴史修正主義のつけいるスキともなっているのだ。
あるいは日本的空間においてリアリティを醸成する「性」というモメントを、戦後民主主義の運動のなかでは十分にとりこむことはできなかった。女性解放運動として女性を「人間」として扱うようにせよという運動は高揚したが、「男性」として「女性」としてのリアリティをとりこむことは果たしてどうだっただろうか。女性解放運動やフェミニズム運動の従来の「固さ」のイメージに、保守勢力側の攻撃以外にも、こうした問題があるように思われてならない。
中世が暗黒であるという想定にもとづいてその「蒙」を「啓」くことに源流を持つ近代主義の掲げる価値は、当然明るいものばかりである。それは戦後民主主義の明るさにも対応している。
しかし、その価値の実現を担う人間たちがはらんでいる矛盾や心の闇、どろどろしたもの、性的なものを描かねば、豊かで多様で説得的なものには決してならない。しかも現実をみれば近代主義や戦後民主主義の価値や理念は多大な犠牲を払いながらもいまだに実現されてはいない。そこにリアリティをもたせるにはまずは「悲劇」として描かれざるをえないのだ。
「私個人のなかでの手塚は明るい戦後民主主義の体現者的な部分とどこか薄暗いドロドロした情念を描く作品の印象がまったく関連しあわないで別々に存在しているようなところがある」(小田切前掲書p.201)
この(1)明るい戦後民主主義の体現者的な部分と、(2)薄暗いドロドロした情念を描く作品の印象、というこの2つの側面において、後者は本来戦後民主主義が自らを深化させ獲得させていかねばならない豊かさであった。手塚はその作品のなかで両者を一体化させ深化をとげさせることができた作家であった。
手塚は『ぱふ』のインタビューで、
「たとえばアトムにしてもね、もともとはもっと哀しい存在なんだよね。で、もっと複雑に悩まなきゃならんキャラクターなんですよ。/それすらも初めのうちはなくて、ただボソーッと立っているだけの、いかにもロボットロボットしたね、決して民主主義的ヒーローじゃないですね。僕自身はアトムってもっと屈折したキャラクターだと思う」(1979年10月号)
とのべているように、手塚は自らのキャラクターに屈折やコンプレックスをおりこんでいることを吐露している。
手塚はこのインタビューで「僕のまんがから戦後民主主義というものを感じる人がいるとしたらね、さっき言った職人的な打算ということでね。意識的に正義の味方みたいなものを他の人をまねて描きだしたのがもとじゃないかと思う」とものべているように、「手塚治虫の発言を追っていくとしばしばこのような戦後民主主義をめぐる自身のパブリックイメージへの身も蓋もない発言が目立つ」(大塚『アトムの命題』p.9)としている。
しかし、大塚はすでにこの手塚発言の段階で戦後20年がたっており、知識人の間では戦後民主主義の「欺瞞」の追及が「ありふれた言説」になっていたことを想起すべきだと注意を呼びかけている。
たしかに自らの戦後民主主義性を否定しようとする手塚の発言は、少なくともこのインタビューでは支離滅裂だ。自らの戦争体験をもとに描いた『紙の砦』という作品について「あれは別に、民主主義と関係ないですよ。あれは反戦主義というか、平和主義であってね」という苦しい言い訳をしている。
アニメ版『アトム』に代表されるような「平板な戦後民主主義」=正義の味方=悪書追放運動的良識という硬直性をこそ手塚は嫌ったとみるべきであって、手塚が戦後民主主義的な価値を否定したり作品には描かなかったと把握すること、あるいは「分裂」しているととらえることは、早計であろう。
それこそまさに竹内一郎流に手塚の表面的発言をもってその根拠とするに似ている。
戦後民主主義者としての手塚をいまや多くの人がふれたがらない。否定するか、認めてもそれを分裂した一側面、それももはや歴史的に寿命が終わった側面であるかのように足早に通り過ぎていく。
そのなかで、聞いている方が赤面してしまうほどに直截に語っているのが石子順である。しかも石子は(1)明るい戦後民主主義の体現者的な部分と、(2)薄暗いドロドロした情念を描く作品の印象、を「統一した」作家が手塚であるという把握を披露する。
「新憲法の施行など新しい時代の息吹の中で、平和の尊さ、民主主義、自由、平等といった新しい考え方を漫画に描き込んでいくためには、これまでのような漫画ではなくて、新しい漫画のスタイルが手塚治虫に必要だったのではないだろうか」(石子『平和の探求 手塚治虫の原点』p.61〜62)
「手塚漫画の新しさは、絵が動く、キャラクターの音が聞こえてくるという映画スタイルにあるだけでなく、当時の米・ソ対立という世界情勢や国内での民主主義と自由と権利を求める各種運動、またそれに対するさまざまな妨害といった現実を反映させた。キャラクターは、時には不幸な死に方をして読者を悲しませるということもした。たとえ正義の味方でも、死ぬということを子ども漫画に描き込んで『死ぬ意味』を考えさせ、その対極として生きる強さや生命の大切さを訴えかけた」(石子前掲書p.61)
「リアルな作品に夢を描き、ファンタジーにリアリティを盛り込んだ」(石子前掲書p.89)
「正義が倒れることがあることを直視した。正義の味方は不滅という漫画の定石を打ち破り、正義の味方や魅力的な傍役がたびたび死ぬという現実によって、生きること、生きるたたかい、生きる意味を子どもたちに見つめさせ、生命の尊さを考えさせていった。正義の味方に対して悪の描写も徹底していて、そのすごさによって手塚治虫は悪魔主義者とか虚無的でせつな的すぎるという言われ方もされた。しかし、手塚治虫のしぶとい悪の描写には、権力者あるいはその手先になったものにきざみこまれた性格のひずみ、人間性喪失に対する批判がつらぬかれているのであり、こうした頑固な悪にどうやって勝ち抜くかということを考えさせ、光と影とを対比させたのであった」(石子前掲書p.89〜90)
※なお石子のこの本はほとんどが過去の評論を集めたもので、「映画的手法の導入」などをはじめ、こんにち漫画史的には再検証が必要な話が多い。
手塚は戦後民主主義理念の体現者であり、その戦後民主主義的価値とロマン(どろどろしたもの、心の闇、悲劇性……)は一体のものである。この基本的な事実が、「戦後民主主義」という概念の形骸化や硬直化によって忘れ去られようとしている。
石子順のように臆面もなくそのことを表明する論者こそが、実は貴重な存在なのだ。
そして、冒頭にのべたように、まさにこの戦後民主主義的価値を描き出した作品を傑作選としてまとめたことをぼくは高く評価したいのである。
「ぼくは、いまの政党や組合の機関紙関係の漫画家とかは、あまりに杓子定規だと思う。……イデオロギー優先は駄目だ。あるいは、テーマ優先は駄目」
「本当に大衆、特にサラリーマンとか職場に勤めている人が一番欲しがっている欲求みたいなものはなにかを漫画で描けということをテーマにして、宿題を出させて、それをぼくが見たんです。そうすると、チャップリンなんだな。寝たいと。それに徹しちゃうの、全部。/さすがに家が欲しいというのはあまりなかったですが、寝たいというのがあったね。出勤時間はいやだ。どのマンガもみんな目覚ましで起こされて、あわくって飛び起きてる。みんなそうなの。それから、帰るときにぐったりして、バタン・キューだったり、昼休みというと、みんな寝っ転がって寝ている。机でこううつぶせていたりね。それは人間の最低の条件だね。/だから、給料を上げるとか、資本家を叩き潰すとか、そういうものよりももっと前に彼らが要求しているものがある。それを生で出したほうがいい、実際には」(手塚治虫・石子順『手塚治虫 漫画の奥義』講談社版p.212〜214)
これは組合機関紙や企業PR紙の漫画についての意見ではあるが、漫画全体に通じる問題でもある。
すなわち戦争体験にもとづいて血肉となった戦後民主主義思想が「欲求」や「ロマン」という心躍るものとして噴出してくるのが手塚治虫という人間であった。
「手塚がそれまで暮らしていた古典的なまんが世界を『現実』が外部から脅かした。ここでいう『現実』とは、戦争それ自体に留まるものではない。人間存在を圧倒的に超越してしまう不条理な何ものかであり、リアルに描写された戦闘機はその象徴にすぎない。……人は死にゆく存在であるという発見は、手塚少年をもはや戦前、戦時下のまんが技法がカリカチュアライズされた世界に留まることを許さなかった。そのような不条理さに直面することで、『爆弾が落とされても顔が煤だらけ』になるだけの従来のまんが記号は限界を顕にする。つまり、圧倒的な不条理や暴力を作品世界に導入することによってキャラクターは、その不条理さを感じる『心』と、現実の前に無残に傷つき死んでいく生身の『身体』の二つを獲得してしまったのだと言える」(大塚前掲書p.166〜167)
大塚は戦争体験、空襲体験だけじゃねーぞ、とは言っているんだが、大塚が「戦後まんがの発生」として重要視している戦前の手塚の習作『勝利の日まで』は空襲の体験がリアルに反映されている。
手塚はしばしば戦争体験のなかで大阪空襲をもっとも苛烈な体験として語っているし、自伝的漫画『紙の砦』をみても、空襲という体験がいかに手塚に大きな影響を与えたかがわかる。他にも「ぼくは戦争中、空襲というすさまじい体験をして、一つの大都市がみるみる灰になっていくという瞬間を目撃したわけで、これは、悪いいい方かも知れないけど、スペクタクルですよ。こういうものをまのあたりに見ただけに、どうしても大規模な破壊とか、大規模な闘争みたいなものを画面に出しちゃうんです。これは逆にいえば人物不在になるんですね」(手塚・石子前掲書p.176)という形で空襲という体験の影響を手塚自身が語っている。
その体験を前に、手塚は『勝利の日まで』のなかで従来のあらゆる漫画記号表現を動員しようとする。ミッキーマウス的な「傷つかない」身体を乗り越えようとでもするかのように。「多用された感情を示す記号は、キャラクターが『心』を獲得するためにもがいている姿にさえ思える」(大塚前掲書p.166)。
これは、手塚が戦争体験という血肉を漫画にどのように結実化させていったかということの、漫画記号の創造(改造)という点からの詳細な解明である。
ぼくは浦沢の『PLUTO』5巻を読んだのだが、果たしてそれが小田切の言ったような「反戦もの」であるとはここにきてもまだ皆目見当がつかない状態である。
しかし、もしも小田切の言うように、浦沢が手塚の「反戦平和」のメッセージを現代的に蘇らせようとしているなら、それは単なる「代入」にとどまるものであれば手塚を越えることはできないだろう。
「空襲」という圧倒的不条理の体験をこえる思想の血肉化がなければならないことは確かだ。
手塚はディズニーアニメが「性のない世界」を描いていることを批判し、記号表現を微分化し改造していくなかで性的なリアリティをつくりだした。「性を持った身体を手塚が『ロストワールド』で描いたことは、ディズニー的世界像からの決定的な決別だといえる」(大塚前掲書p.211)。大塚によれば、それが今日の「萌え」漫画的なポルノグラフィーの起源だというわけである。ぼくが二次元の女性に萌え、二次元の女性で「たくさんご飯を食べる」ことができるのも、手塚先生のおかげである。
話がそれてしまったが、『紙の砦』『カノン』の描く空間にリアリティを紡ぎ出している決定的な装置は、ぼくにとってはこの「美人」キャラクターである。
『紙の砦』においては、同じように学徒動員されオペラ歌手をめざす岡本京子、『カノン』においては主人公の小学校時代の教師だった西田先生だ。
いまの子どもたちがこの漫画の絵柄をみてどれだけ欲望を駆動させるのかわからないけども、ぼくは確実にこの二人に欲望的な感覚をもつ。とくに『カノン』においては主人公は西田先生にキスを許してくれないかと頼むように、はっきりと性的な空間として設定されている。
どちらもその美しい顔を空襲によって破壊される。ぼくらは性によっていざなわれたリアリティの空気のなかでこの破壊の痛みを突如として味わわされるのである。
とりわけ少年マンガとしての制約のない『カノン』の描写は凄絶だ。
同級生の横たわる死体、そして西田先生の美しい顔が跡形もなく米軍機の機銃掃射によって破壊される瞬間を描く。
ここには手塚が『勝利の日まで』以来苦悶しながら編み出した、「傷つき死にゆく身体」、「性をもった身体」である記号表現が集約的に表現されている。
不謹慎といわれようとも、ぼくがいま『カノン』を読みながら流している涙は、「性的リアリティ」によっていざなわれたものであり、しかしそこには血肉化された反戦平和の思想がたしかに感じられるのである。
ちなみに、現在まで3冊出されている『傑作選』にはまこと随所にこの「性的」メッセージを感じる!
「1985年への出発」においてDDTをかけられるために少女はあまり必然性もなく裸になる。
あるいは各作品で戦争における「強姦」が執拗に描かれる。
「海の姉弟」はまるで『ナチュン』を思わせる美女の素潜りシーンの連続であり、そればかりでなく、ふたりっきりで暮らす姉と弟は寝床でキスをするのだ。
この本は「まえがき」で、手塚漫画の主人公たちが「アイデンティティの喪失」と「自分探し」をしているとして、そのことについて「手塚自身がアイデンティティの喪失を体験し、自分探しを続けていた反映であろう。さらには、日本人そのものがアイデンティティを喪失し、自分探しを続けていたことの反映ではないか、と想定してみたのである」(中野『そうだったのか手塚治虫』p.6)とのべている。
この本にはその視点がつらぬかれている。
こういう把握は、一見戦後民主主義論とは関係ないように思える。
しかし、そうではない。
東京国立近代美術館で「手塚治虫展」の企画者の一人となった本江邦夫は、手塚の思想について「その思想とは——一言でいってしまえば、人間存在にまつわるもの、あえていえば自己同一性(identify)の問題」だとのべている(パンフレット『手塚治虫展』p.15)。
そして、この問題設定は、「敗戦による国家主義的イデオロギーの消滅とともに、日本民族ぜんたいがその根拠を失いつつあったことと、手塚治虫がどこかしらコスモポリタン的な作品世界とはけっして無関係ではない、ということだ」(同)と本江は論じる。「よりはっきりいえば、『戦後民主主義』という枠どりのもとに語られがちな一種のヴィジョンのもっとも本質的な部分を、手塚治虫、この天才的なイメージ思想家は、ほとんど無意識のうちに探ろうとしていたのである」(同)。
憲法や前の教育基本法について「日本らしさがない」「無国籍」という非難が保守派から投げつけられてきた。人権、平和、民主主義、個性といった近代の普遍的価値は、普遍的価値であるがゆえに「日本的ではない」というロジックだ。
失われたアイデンティティを、コスモポリタン的な普遍性=日本国憲法的価値のなかに見いだそうとしたのが戦後である。それが戦後民主主義という運動であった。
しかし、それは一筋縄では行かず、さまざまな紆余曲折を経て、一部は実現し、本質的にはまだ達成されていないものである。この戦後民主主義が憲法的価値を実現させようとする紆余曲折を「自分探し」だとみるならば、中野の把握は、形を変えた「戦後民主主義者としての手塚論」である。
新書という制約、こじつけすぎじゃねーの?という箇所、などなどはあるけども、この中野の本は、「戦後民主主義者としての手塚論」が本来備えなければならない多様さや豊かさを萌芽として持っている。
えーっと逆に言えば石子順の「戦後民主主義者としての手塚論」は平板すぎるのだ(笑)。いや、手塚が平和や人権、生命尊重という戦後民主主義的価値を推進した存在であるということをクリアにはっきりと出しているという点において石子のスタンスは貴重なものである。
しかし、単純な図式ではすまされない、戦後民主主義が対応しなければならかった複雑で多様な問題を、手塚という戦後民主主義者はどのようにとらえていったのかをもっと深くえぐりださないといけないはずである。
中野のこの本は新書という制約はありながらもその範囲でよく応えているのだ。
一番そのことが実感できるのは、「他者の役に立つ」というテーマをしばしば中野が手塚の漫画に見いだしていることである。下記は『どろろ』についての中野の記述だ。
「戦争で失ったものを取り戻すために、がむしゃらに働き続けた結果が高度経済成長であった。しかし、高度経済成長が生み出した歪みが、公害であり、受験競争であり、仕事漬けの人生だった。戦争で失ったものを取り戻してそれ以上に物質的には豊かになったのに、ちっとも幸せではない。それは、本当の目的を見失っていたからだ。本当の目的とは『生きがい』である。/物語のラストで、どろろは父親の遺志を継いで農民たちのために戦う決心をする。どろろは、ようやく自分の『生きがい』を得たのである。『生きがい』とは結局誰か他者のために役立つことである」(中野前掲書p.136)
経済大国となりながらその経済力は長時間労働と不安定雇用によってつくりだされ、人々を必ずしも幸福にしていない。他方で、「イラクとアフガンのため」=「他者のために役立つ」という看板で自衛隊は派兵されている。
「他者のために役立つ」という理念は、真に平和国家、平和経済の国になっていこうとすれば問われねばならない問題のはずだ。
ぼくらは、単に手塚解釈というだけでなく、本来戦後民主主義がどういう多様性をもって現代ではどこに着地しなければならなかったのかを手塚という巨人との対話を通して学ぶことができるのかもしれない。
『手塚治虫「戦争漫画」傑作選I』(祥伝社新書)
『手塚治虫「戦争漫画」傑作選II』(祥伝社新書)
『手塚治虫傑作選「瀕死の地球を救え」』(祥伝社新書)
石子順『平和の探求 手塚治虫の原点』(新日本出版社)
関川夏央『知識的大衆諸君、これもマンガだ』(文春文庫)
長谷川つとむ『手塚治虫氏に関する八つの誤解』(柏書房)
小田切博『戦争はいかに「マンガ」を変えるか アメリカンコミックスの変貌』(NTT出版)
手塚治虫・石子順『手塚治虫 漫画の奥義』(講談社)
大塚英志『アトムの命題 手塚治虫と戦後まんがの主題』(徳間書店)
中野晴行『そうだったのか手塚治虫 天才が見抜いていた日本人の本質』(祥伝社新書)
東京国立近代美術館編『手塚治虫展』
2007.12.10感想記
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