木佐芳男『〈戦争責任〉とは何か』


 この本を書いているあなたは一体何者なのか。
 どんな気持ちからこの本を書いているのか。

 そういう問いが自然と沸き起こってくる一冊である。

 本書は、「清算されなかったドイツの過去」と副題にあるように、「ドイツは自らの戦争責任を認め、謝罪してきた」という説を検証するというふれこみで書かれた。「歴史と向き合うことの重さと意味を問う」(カバーより)。そして結論するところは、「ドイツの過去の清算はトリックによる表面的なものだった」というものである。

 まず、1995年にドイツで「国防軍の犯罪」展が各地で開かれると、すさまじい拒否反応が全土におきたことを紹介する。第1章「善いドイツ人と悪いドイツ人=DEトリック」は、ドイツでは、ナチスがすべて悪者にされ、国防軍は結果的に「クリーン」であったとする神話が誕生した、と指摘する。
 木佐は、「ナチスとはどこまでを指すか」という線引きを問題にし、有名なナチ研究家のH.グラーザーをはじめ、知識人たちの取材をつうじてこの境界のあいまいさを衝く。そして、アデナウアー政権によって、「国防軍=クリーン」神話が捏造され、再軍備の準備がなされた、というのである。実際には、国防軍は東部戦線などでの残虐行為に直接責任があったにもかかわらず。
 だからこそ、少なくないドイツ人が「国防軍が戦争犯罪の責任がある」というと、「父祖の名誉が汚された」と拒否反応を示すという。
 興味深いのは、アメリカ映画で、「悪いナチス、善い国防軍」という描き方が冷戦期には数多くつくられたという話である。これは、たしかに個人的には実感するところが少なくない。映画「眼下の敵」や「Uボート」でも、「悪いナチス、善い国防軍」という臭いがたしかにしている。

 第2章「忘れられた『戦争』の罪責=ABCトリック」は、ドイツでの戦争犯罪追及は、Cにあたる「人道に対する罪」すなわちユダヤ人にたいするホロコーストが中心で、AとB、つまり侵略戦争という問題と、戦場での残虐行為はほとんど問題にされていない、ということを指摘する。
 その例証として、ブラント首相のワルシャワゲットーの前での「ひざまずき」を解読する。この「ひざまずき」は、真摯な謝罪として世界中に反響を引き起こした。しかし筆者は。ブラントの「ひざまずき」は、ユダヤ人殺戮に対してであって、ポーランド侵攻に対してではない、というのである。

 第3章「粉飾された国家像=ABC・DEトリック」は、こうしたトリックの集大成として、有名なヴァイツゼッカー演説を批判する。そして、ヴァイツゼッカー自身が、元ナチ党員であり名誉SS准将でありユダヤ人迫害の責任者であり、戦犯として死刑を求刑されたが減刑され服役した人間であるという過去を紹介する。

 そして、最後に、ようやく今、ナチスだけではなく、国防軍の戦争犯罪そのものに迫り、政権担当者の演説もかなりふみこんだものが行われるようになったとして、ヘルツォーク大統領のポーランドでの演説を紹介するのである。

 第1章を読んでいる時は、ぼくもかなり無邪気に読めた。
 ドイツはある時期、ナチスという線をひいて戦争犯罪の追及をしたが、もっと深い国防軍やそれにかかわった一般の人たちの犯罪の追及はあまりされてこなかったのではないか、という印象を素直にいだくことができた。

 しかし、第2章は、読んでいて論理の展開にかなりの苦しさをおぼえる。
 ブラントのひざまずきをそのときのインタビュー記事などをもとに、その意図を解読してみせるのだが、これがいかにも苦しい。「ひざまずき」がポーランド全体への謝罪としてポーランドにも世界にも受け止められた、という社会的受容の状況を考えれば十分である。にもかかわらず、筆者はブラントがその意図を限定的にのべた発言を血眼になって探す。どこにもブラントがそのひざまずきの意味を限定的にのべていないのに、それを必死で「解読」してみせるのだ。
 反証をあげる研究者に、その反証ではひざまずきの意味をどこにも「明言してない」とくってかかっているのだが、それはそのまま筆者自身のあげた証拠にもはねかえる。むしろ反証としてあげられたブラント対話録のほうが明瞭に問題を語っているようにぼくには思われた。たぶん、これでほぼ明言しているといっていい。
 ドイツ(西ドイツ)の連邦補償法も紹介される。
 筆者はその不十分さをさまざまあげていくのだが、ぼくは逆に、西ドイツがこれほどの補償をすでに1950年代からはじめていたことに驚いた。現在は基金方式になっているが、すでに法律による補償が存在したこと自体、日本にくらべて大きな落差があるといわねばならぬ。
 筆者は、この補償もまたホロコーストなどが中心だと批判するが、日本でもいわゆる侵略についての個人補償が問題になっているわけではない。また、補償法が最初「旧ドイツ領内」だけを対象にして「日本の国籍条項と同じ」といっているが、在日朝鮮人をのぞいたり、他国など問題にしなかった日本の「犠牲者救済」とは大きなへだたりがあるように感じたのだが。
 冒頭の、日本とドイツにおける国旗・国歌の扱いの問題も、牽強付会の感がぬぐえない。
 ナチのハーケンクロイツは1935年に帝国国旗法で定められるが、戦後正式に廃止・禁止される。また、ハイドンの曲からとったドイツ国歌も1922年に正式国歌となったが、戦後やはり禁止される。
 筆者は、国旗はけじめをつけたが、国歌はアデナウアーによって復活されたと書く。
 しかし、そこにも書いてあるように、ドイツの優越性をうたった1、2番は国歌ではなくなり3番が歌われているのだ。筆者がひいた教育現場での紛争も、政権が1〜2番を国歌として復活させた、あるいはさせようという話ではない。これを「君が代そっくりの問題」などとまとめることは、あまりにも強引であろう。

 第3章にいたっては、悪意のようなものさえ感じる。
 もっとも根底的な立場からは不十分なところはあるが、一体、このヴァイツゼッカー演説が「粉飾」とか「トリック」とまでいわれねばならいほどのものかどうかは、読んでいてもいっこう伝わってこない。
 そして、さきほどのべたように、突如、ヴァイツゼッカーの「経歴」が持ち出されるのである。それがいったい、ヴァイツゼッカー演説の中身とどのようにかかわるのかは示されない。ナチにかかわった者がナチを批判する演説をしたとすれば、それは一つの勇気ある行為だ、とする見方を組み立てられるはずであるが、そういう見解に対して何も言及はないのだ。「演説の価値が傷つけばいい」といわんばかりの悪意、斬りつけて逃げていくような姿勢を感じるのである。
 演説の論理とのかかわりで出自を論じるのでなければ、筆者は次のように切り返されることを覚悟しなければならないだろう。
 読売新聞記者である筆者は、何のつもりでドイツの戦争責任を論じているのか、と。ドイツを検証するのもけっこうだが、日本の戦争責任を免罪するようなキャンペーンをはったり、自身の言論機関としての過去と現在の戦争煽動の検証はどうなっているのか、と。
 日ごろ戦争責任を厳しく追及している人間が、ドイツの「甘さ」をつくのであれば心もうつが、いつもはまったく逆のキャンペーンをはっている新聞社の記者が、だしぬけにドイツの戦争責任追及の「粉飾」「トリック」をあばくのでは読む者は鼻白むだけではないか、と。

 読売うんぬんはおくとしても、ぼくが冒頭に書いたように、「一体筆者はどんな立場からこれを書いているのか」というのは、読むにつれ深まる疑問である。筆者はドイツを批判するために、ドイツの左派や日本の平和運動をまでも総動員する。おやおやと思う気持ちが頭をもたげてくる。だから、筆者はさかんにこうのべる。あるいは引用する。「とはいえ、むろんそれによって日本の戦争責任や戦後処理の欠陥が免責されるわけではない」「著者の意図についてこんな会話が交わされたのを覚えている。『指摘は確かにそのとおりかもしれない。だが、日本を免責するかのような議論は、問題の本質をそらせてしまう」――追及されないよう、逃げをうっているかのようだ。
 仮に木佐が真摯な立場から批判をしていたのだとしても、自らの立ち位置を積極的に示さないのであれば、「なにかにつけて日本を悪くみせるドイツを、とにかく傷つけておきたい」という政治意図をもっているのではないか――そんな疑問をまねくのは当然である。

 真摯な戦争責任追及の一冊か、日本の戦争責任を相対的に軽減させるための一冊か――本や言論は、おかれる位置や状況によって、まるで違った役割を果たすのだと思った。

 ぼくは読み終わって、
●ドイツがとにもかくにもナチスという形でまずは戦争犯罪の過去を清算した。
●人道にかんする罪にかたよりはあるが、日本よりもすすんだ戦後補償の実績がある。
●今までの責任範囲までを疑うものはおらず、現在それをこえて徹底した責任の追及がさらにおこなわれている。

という感を逆に強くした。たえずあの戦争を自衛戦争だと美化し、そういう人々が政権に堂々とついており、いまほぼ戦前に近いような戦争観を公式に復活させようとし、日の丸・君が代に逆らう者の思想改造を強要しようとしている日本とは、やはり大きくへだたっている。歴然だ。

 今年(2004年)の夏、ドイツはワルシャワ蜂起の日にさいして、やはりシュレーダー首相がドイツのポーランドにたいしておこした過去を深々と謝罪した。そして、ドイツ政府と企業が強制労働させたことにたいする賠償をした。日本では、閣僚が靖国神社に参拝し、首相も――夏ではないが――こそこそと参拝を「律儀に」つづけている。



『〈戦争責任〉とは何か 清算されなかったドイツの過去』
中公新書
2004.8.23感想記
意見・感想はこちら
メニューへ戻る