三遊亭円朝『真景累ヶ淵』



 一気に読んだ。一気っていっても3日くらいかかったけど、いまの子育て状況ではそれはまさに一気なのですよ。新書版で500ページもあるから、途中で投げ出すかと思ったが、投げ出さなかった。
 それどころか、仕事や育児の中断さえなければおそらくずっと読んでいただろうというくらい引き込まれた。



「怪談」というがいわゆる「怪談」ではない


真景累ヶ淵 (中公クラシックス J 34) 落語である。ぼくは落語が好きな方だが、この作品については演じられているのを聞いたことも読んだこともなかった。まったく偶然に、本屋の奥の棚にひかえめに並んでいたのを手にとっただけだったのだが。聞けば、世の中は「円朝ブーム」で、この『真景累ヶ淵』を原作にした映画までできるという(そして今日07年8月4日が封切りなんだと!)。

 いや、落語といっても、「その落語とは現在のようにオチで笑わせる滑稽噺ではなく、語りの芸で聴衆を引き込み、また翌日も寄席に通おうと思わせるものであった」(本書解説)。江戸から明治にかけて、仕事が終わって風呂上がりに聞きにいく、という娯楽だったのだ。本作を自作自演した円朝は江戸末期から明治初年にかけての「近代落語の祖」である。

 本作は「怪談」とくくられているが、たしかに有名な前半部分は「怪談」なのであるが、後半はその「怪談」から話がつながっていく人情噺だ。
 ええっと、少年漫画の「引き」に似ているんだなあ。
 話が細かく区切られていて(97の小節に分かれてる)、「ああ次回はどうなっちゃうんだろう」と思わせる展開なのだ。「面白くねーからどうでもいいや」と思う回はほとんどなかった。もしぼくがこの時代の客であれば、おそらく毎日寄席に通ったに違いない(笑)。

「『累ヶ淵』で面白いのはこの〔前半の――引用者註〕豊志賀の死までで、現在の噺家もその先を演る人は少ない。筆者もなんといってもここまでが圧巻とは思うけれど、この先も悪くない」(本書解説)

 なんのなんの。前半だけではこの物語の真骨頂はわからない。むしろ後半まで読んで(聴いて)初めて壮大な因果の物語の楽しさがわかろうというものだ。映画「怪談」もこの豊志賀の話がメインだそうだから、この物語全体の豊潤さはとてもあるまいと少々がっくりしている。
桂歌丸「真景累ヶ淵」 ちなみに、近年でも『累ヶ淵』をおしまいまで演じた人はほとんどおらず、桂歌丸によれば、「最後の『お熊の懴悔(ざんげ)』まで通しで演じられたのは『たぶん私のが円朝師匠以来じゃないでしょうか』という」。
http://www.asahi.com/culture/stage/engei/rakugo/TKY200603150332.html

 いまいったとおり、異様に長く豊かな物語なので、あらすじを紹介することはできないのだが、高利貸しの皆川宗悦が、金を貸した旗本・深見新左衛門に殺されることを発端にして、新左衛門の息子である新五郎・新吉、宗悦の娘である豊志賀・園をめぐる因縁・因果の物語である。



「真景」とは「神経」をもじったもの


 「真景」とは「神経」をもじったものである。
 円朝が噺の始めに次のようにいう。

「今日(こんにち)より怪談のお話を申し上げまするが、怪談ばなしと申すは近来大きに廃(すた)りまして、あまり寄席(せき)でいたす者もございません。と申すものは、幽霊というものはない、まったく神経病だということになりましたから、怪談は開化先生がたはおきらいなさることでございます」(p.3)

 また途中でも、

「ただいまではたいていのことは神経病といってしまって少しも怪しいことはございません」(p.107)

などとくり返す。
 実在するリアルとして語られていた怪談が、人間の神経の働きたる感覚や精神の「錯誤」「誤作動」によっておきるものだと退けられ始めたまさにその時代に、円朝は怪談を持ち出した。解説の森まゆみはこのことについて「幽霊とはその人の『こころ』が生み出した仮象である、という近代化の世相の中で、円朝はそれに割り切れないものを感じ、自責から妄想へ、幽霊を見る人間の弱さや悲しみを訴えたかったのではないだろうか」と指摘する。

 怪談は薄気味悪い「お化け」が出てくるから怖いのではなく、リアルで壮絶な「人間関係」が横たわっているからこそ怖いのだ。以前、ぼくは「ザ・スニーカー」誌(06年8月号)で、学校という「いじめの牢獄」を描いた、すえのぶけいこ『ライフ』を評したとき、これは現代の怪談だ、とのべたが、『真景累ヶ淵』もその本質は人間の物語である。

 芸能史研究家の瀧口雅仁は円朝ブームについてふれた記事のなかで次のように述べている。

「怪談の恐さは、幽霊の恐さではなく、人間の持つ心情心理の恐さにある。自分自身も持つ、人間的な部分の描写が怪談の恐さにつながるのだ」(「しんぶん赤旗」07年5月6日付)

 
 新吉が、お累という女房をないがしろにして、外に新しい女をつくり、お累の実家の三蔵と手が切れて援助がなくなり、家財を一切合切持ち出して売り払ってしまう描写がある。

「新吉はこの金を持って遊び歩いて家へ帰らぬから、自分はかえっておもしろいが、ただかわいそうなのは女房のお累。次第次第に胸のほむらに煮え返るようになります。ことに子どもは虫が出て、ピイピイ泣き立てられ、糸のようにやせても薬一服飲ませません。なれども三蔵の手が切れたから村方の者も見舞いに来る人もございません。新吉はいい気になりまして、いろいろな物を持ち出しては売り払い、ふとんどころではない、ついには根太板まではがして持ち出すようなことでございます」(p.200)

 お累の兄・三蔵が見るに見かねて、縁切りをしたにもかかわらず、新吉が遊びに出た後、与助という供をつれてお累の家を訪ねるシーンになる。「鼻孔(はなめど)からへえって口から飛び出しそうな」(p.201)ほど蚊が多い家を訪ねるが、「せんべいのような薄っぺらのふとんを一枚敷いて、その上へ赤ん坊を抱いてごろりと寝ております。彼の多いに蚊帳もなし、蚊いぶしもなし、暗くってさっぱりわかりません」(p.202)。

 ぼくは蚊が嫌いだ。とくにヤブカ(ヒトスジシマカ)。イエカと違い、痒いうえに狡猾、獰猛であれに刺されることを思うと身震いする。とにかく痒い。思わず爪で十字を刻んでしまうどころか、井桁を書いて○×を書いてしまいたくなるほどぼくは執拗に掻いてしまい、めくれた皮膚のうえからムヒなどを塗って「うほほほほほほ」などと痛覚とも爽快感ともわからぬ感覚に襲われているのだ。ゆえに、ヤブカをばちりと手で殺したとき、血がべっとりとつくと、なんともいえぬ功名の感覚と、蚊に対する激しい憎悪が呼び覚まされる。

 そんな悪の生物たる蚊が、鼻孔や口をいっぱいにしそうなまでに飛び交って、蚊帳もないんだと!

 ぼくなどは、もう想像するだけでこの貧困に気が滅入ってくる。

累「はい蚊帳どころではございません。着ております物をひんむいて持ち出しまして、売りますか質に入れますか……。もう蚊帳も持ち出して売りました様子で」
三「あきれますなどうも。蚊帳を持ち出して売ってしまったと、この蚊の多いのによ」
与「だから鬼だって。自分は勝手三昧しているから痒くもねえが、それはお累様あ憎いたって、現在赤ん坊が蚊に食い殺されてもかまわねえていうなあ心が鬼だねえ」(p.204)

 三蔵が帰ったあと、新吉が飲み仲間と戻ってきて、蚊帳を見つけるや売り払おうとする。わが子のために蚊帳だけはと病身で守ろうとするがお累。飲み仲間さえドン引きになるほどの暴力をふるいながら、無慈悲に蚊帳をとりあげようとする新吉。あまりに無理に奪おうとしたため、ついにはお累の生爪がはがれてしまう。
 血と爪で商品価値が落ちたと文句をいいながら売りに行こうとする新吉に玄関で抗議するお累にまた腹をたて、ついにはお累と子どもに煮え湯をかぶせて……と壮絶な描写が続く。このあたりは実際の文章で「味わって」ほしいものである。

 この貧困、退廃、家庭内暴力の連鎖は、小道具は違えども現代でもまったく「他人事」ではない。よくあるテレビ時代劇の薄っぺらな映像や「パターン」(ふとんを剥いでいく高利貸しみたいな〜)と違い、円朝の、ときに簡潔な、ときに粘着な、緩急自在なこの語りが、一世紀もの時代を超えて、読む者に戦慄を引き起こさせる。
 怪談とは畢竟「人間と人間の関係の物語である」という本質がこのように随所に表明されており、「怪談」を「神経病」だと判じた当時の「近代科学」に挑戦するかのように円朝は本作に「真景=神経」というタイトルをつけたのである。


 この蚊帳のエピソードのラストにこういう語りが入れられている。

「こう憎くなるというのは、仏説でいう悪因縁で、心から鬼はありませんが、憎い憎いと思っているところから自然とかようなことになります」(p.221)

 人間にかんする自然科学も、社会科学も未発達なこの時代にあって、善良な側面ももっている一人の人間が凶悪な暴力や犯罪をしでかすまでに「変化」していくことを、「因縁」というもので説明しようとする。諸因複雑にからまりあって、人知の及ばぬ変化を一人の人間に及ぼすという説明は、ある意味でリアルだ。
 『真景累ヶ淵』は「因果応報」の物語、因縁の物語として全体が貫かれている。

 「どういうわけか因縁というと大概の事はあきらめがつきます」(p.55)「大概はみな因縁におっつけて、いいも悪いも因縁としてあきらめます」(p.56)「とんだことだが、みんな因縁だ」(p.447)というように、理解不能な事件をこの一言で片付ける。もっとも今述べたように、一つの事件がおこる背景に遠因をふくめて諸原因が複雑なからまり合い、相互作用を与えながら予想もつかないような結末へ導いていくのが現実なのだから、この説明はある種のリアルさがあるのだ。少なくとも「ワイドショー」の少年事件報道を見て「教育が悪いのだ」と湯飲みを乱暴に置きながら大声をあげているオヤジよりは「科学的」といえるかもしれない。



「因縁」の世界観――ぼくの田舎の空気を感じてしまう


 「累ヶ淵」というタイトルはこの「因縁」という思想に深くかかわっている。
 茨城県にあるこの累ヶ淵には一つの「伝説」があるのだが、それは本作とは直接に関係ない。ある百姓が連れ子をうとみ、気に病んだ後妻、つまりその連れ子の実の母親が子どもを掘割に突き落として殺してしまうのだ。そして新たに生まれた子が、この殺した子そっくりで、そのそっくりさゆえに、「累」(かさね)と呼ばれる。その子は成長して夫にDVで殺され、さらに……と連鎖していく「伝説」だ。この累が殺される場所が「累ヶ淵」なのである。江戸末期の江戸の人々にとって「累ヶ淵」事件は共有された教養になっていた。いまでいうと「宮崎勤事件」みたいなもんだろうな。そして円朝の師匠の円生が「累草紙」という演目を持ちネタにしていたのである。この話はその教養を当然の前提にしている。

 新吉が江戸を逃れて生活することになるのが、この「累ヶ淵」がある村であり、そこでまさに「累伝説」にも似た因縁の物語を展開するのである。

 ぼくは、この「因縁」の世界観、空気がどうにも自分の田舎を思い出してしまう。いまはもうぼくの父母の世代しかいないのだが、その前の祖父母の世代は、父方にせよ母方にせよ、そのように湿り気のある世界観を実に自然に口にした。

 ぼくがこの作品を読むとき、そういう空気が、何か自分のルーツのところをつかまれているような沈んだ気持ちにさせるのである。

 単に「因縁」という世界観だけではなく、農村が舞台となるこの物語に登場する家族・親族や嫁・姑の湿り気具合が、また自分の田舎の古い部分に対応している。お隅とその姑のやりとりなどは、語りようや思考、繰り返しの言い草が、なんともぼくの心に鈍い痛みというか締め上げるような感覚を与える。
 とくに以下の姑の「くり返し」だ。

「おめえは今までまあ、ほかの女と違って真実な者(もん)で、おらあ家(うち)へかたづいても惣次郎を大事(でえじ)にして、姑へは孝行尽くし、小前(こめえ)の者(もん)にも思われるくれえで、さすがお侍(さむれえ)さんの娘だけ違ったもんだ。婆様ぁ家はいい嫁えもらったって村の者がだれもほめねえ者はなえ。惣次郎がなえ後もわずか、はあ、夫婦になったばかりでも、亭主と思えば敵(かたき)ぃぶたねえばなんなえて、さすが侍の娘は違ったもんだと村の者もたまげて、なんとまあ感心な心掛けだって涙ぁこぼしてうわさぁするだ。今に富五郎や安田一角の行方は関取が捜してどんなことをしても草ぁ分けて捜し出して、敵ぃぶたせるって、これまで丹精したものを、おめえがふっと行ってしめえば、あとは年寄りと子どもでしようがなえだ。ねえ困るから、どうかいてくんなよ」

「じゃあ、どうあっても子どもや年寄りが難儀ぃぶっても構わなえで置いてゆくというかい。今まで敵ぃぶつと言ったじゃあなえか。今それに敵ぃぶたなえで縁切りになって行くとあおかしかんべい。敵ぃぶつといった廉(かど)がなえというもんじゃあなえか」

「たまげたなあまあ。それじゃあ、なんだあ今まで敵ぃぶつと言ったことぁ水街道の麹屋で客に世辞を言うように、心にもなえでたらまえを言ったのだな。世辞だな」

真景累ヶ淵 改版「あきれたよまあ。なんとたまげたなあ。汝(われ)がそんな心と知んなえで惣次郎が大(でか)い金ぇ使って、家ぃ連れてきて、真実な女と思ってばかされたのがくやしいだ。そういう畜生(ちきしょう)のような心なら、たった今出て行けやい。縁切り状を書(きや)えてくれるから」

 この姑が素朴に語る倫理観や、繰り返しのなかに見える牢固さ――いかにもぼくの田舎にかつていたような高齢の婆さんのしゃべりを彷佛とさせる。ああ。

 ぼくはこの7月に出たばかりの中公クラシックスで読んだが、岩波文庫からも出ている。どちらも、悪しき教養主義を発揮して「旧仮名遣い」などになっていなくて本当によかった。本作は、円朝の語りを速記した、言文一致体の先駆なのであるから、現代仮名遣いにすることこそが、円朝の精神を生かすということなのである。





中公クラシックス
2007.8.4感想記
この感想への意見はこちら
メニューへ戻る