三遊亭円朝『塩原多助一代記』




 『真景累ヶ淵』があまりに面白かったので、調子に乗って同じ円朝の作で『塩原多助一代記』を読む。これも大当たり。




国民的教養だった「塩原多助」



 塩原多助の物語は昔から気になっていた。
 一番最初に知ったのは実は漫画版の『サザエさん』。テレビ版とちがい、漫画版は時事ネタのオンパレードなのだが、そこで信号の色の呼称が「青」から「緑」に正式にかわった、というネタを織り込んで、カツオが学芸会において愛馬・青との別れを演じ青を「ミドリよ」と呼ぶ漫画があった(ところで現時点ではウィキペディアによれば「青信号」が正式なそうであるが、あの漫画は一体なんだったのだろう?)。オチのコマで「塩原多助はアオでいいんだって!」と先生がとびこんでくる。これが塩原多助との最初の出会いである。

 この主人公多助が愛馬・青と別れるシーンはどうも大変に有名らしく、その後もちょっとした小ネタとしてよく聞いた。しかしそれが一体どういう別れなのか、そして塩原多助とは一体何ものであるか、ついにぼくは三十数年の人生において最近まで知らなかったわけである。
 塩原多助の物語は、実は近代日本人にとってはおなじみの物語で、戦前は教科書にまで載った。「青の別れ」は一つの共通の教養であった。




怪談を書くつもりが取材するうちに…



 円朝は江戸末から明治期にかけての噺家である。
 彼は怪談の名手としてそのネタをいつも探していたのだが、現在の墨田区本所で塩原家という資産家の旧家の怪談を聞き、それに興味をもって取材を深めていったのである。
 では、本作は怪談なのかというとさにあらず。
 立身出世の物語である。

 なぜそんなふうにかわってしまったのかというと、本作の岩波文庫の解説には次のようにある(正岡容)。[以後本文は旧字体だが新字体を用いる]

「調査を重ねているうち、塩原家二代三代がつづけて狂死したストーリーより、初代多助が貧困と戦ってよく家を起し、立派な炭屋になってその名を歌われたという立志美談の方に感動、ここに名作『塩原多助一代記』が生れた」(p.242)

 「歌われた」というのは、この噺の冒頭に出てくる次のような落首である。「本所に過ぎたるものが二つあり 津軽大名 炭屋塩原」。大名屋敷と並び称されるほどの大商家だったわけだ。

 ぼくはジャンルとしては、もともと怪談などはあまり好きではなく、こういう近代的な立志出世の物語のほうが小賢しくて好きである。偉人伝とかだから弱いわけね。野口英世とか太閤記とか(太閤記はむろん近代の物語ではないが「偉人シリーズ」のように近代の語りに変換されたものという意味)。赤貧の中から学問や知恵で身を興すというタイプの話がどうも琴線にふれてしまうのである。

 さて、実は『塩原多助一代記』を探したのだが、どこにもない。
 いや、たしか本屋で昔見かけたのだが、1年ぶりくらいで思い出して探したが見当たらない。しかもたしかそれは旧字体だったよなあとぼんやり思い浮かべる。復刊フェアだったかなあ。岩波じゃなかったっけ……などと。
 そういう事情も手伝って、「まあいいや、旧字体の本を読む気力もないし、今回は噺家のCDを聴いてよしとするか」と日和る。




志ん生のCDはダメだった



 んで、五代目志ん生のCDを買ってきたのである。

 しかし、聴き始めるや強烈な違和感と不安が襲う。
 実はこのCD、『累ヶ淵』と同様、『塩原多助』の全ての物語が入っているわけではない。全編はとてもおさめられないほど長いのだ。ゆえにこのCDには「青の別れ」と「親子対面」の2つしか入っていない。もちろん、これは現代の上演では普通のことであって「違和感」「不安」というのはそのことではない。
 「不安」というのは、まず「青の別れ」から聴き始めたのだが、志ん生はいきなり物語の背景の説明から入ったことだった。もちろん長々としたものではない。
 しかしその物語設定を聴いていても、何の感興ももよおさない。
 「ああ、これは全編を知っていないと何の感情移入もできないのではないか」——こういう危惧がわきおこってきたのだ。
 ただちにCDを聴くのを中止し、本屋へ走った。
 いやー、これは大正解の判断だった。

 全編を文庫で読んだ後聴いたのだが、「ああここはあの場面ね」という背景になる設定にたいする認識がまるでちがった。おそらくそのまま聴いていたら、最悪、チンプンカンプンだっただろう。
 それにしても、このように文庫を読んだのちに志ん生を聴いたのだが、ぼくは志ん生の噺はまるで面白くなかった。テキストの圧倒的な娯楽性にくらべてどんだけ貧弱なの、とあきれる。まあ、もともとあまり志ん生の噺を「いい」と思ったことはないのであるが。

 そもそも「青の別れ」は、多助が上州の実家で命が危うくなるために秘密裏に家を出るシーンで、そこで幾度となく自分の危機を救ってくれた愛馬の青との別れを惜しむくだりである。そう書けば、いかにもお涙頂戴のシーン演出ができそうなものなのだが、この部分はテキストを読んでも、志ん生を聴いてもいっこう心が動かない。
 この物語の面白さはそういうところにはないのである。

 いずれにせよ、CDを聴かなかったのは正解だった。




旧仮名遣い、旧字体、会話改行なしに尻込みするが



 それでようやく探し当てたのが、岩波文庫のリクエスト復刊だった。道理で探してもなかなか見当たらないはず。
 手に取ってみてやはり旧字体だったので正直引いた。しかも、会話の改行がなく、終わりのカギが省略されてそのまま地の文へ続いている(かろうじて句点で区別されている)。こんな感じだ(ここのみ旧字体で)。

「其代わりにやアこれから此の小柄を持つて行つて、足を痛められただけの仕返(しけえ)しをしなくつちやならねえ。と言つてゐる所へガラリツと戸を明け、鹽原が息を切つて參りまして、「今小柄を忘れて行つたから返して呉れ。と云はれたから、今まで眼を明けて居たおかくは急いで眼を閉いでしまひ、小平(こへい)もまごまごして、「へい小柄は此處にあります。と差し出すのを受け取つて鹽原は脇差へはめて、「考へて見れば誠に氣の毒な事をしたな。と云ひながら急いで歸つて往きました。

 どうだろうか。相当読みにくいと感じるのではないだろうか。同時に「うう、まあ読めないことはないな」という印象も受けるだろう。
 苦痛になったら止めよう——そんなつもりで買った。

 ところがである。

 これがもう止められない。
 最初に、塩原多助の父親の話がくるのだが、事情がわからないのと、この仮名遣いになれるのに少しだけ辛抱がいる。文庫でいえば30ページぐらいまで根気よく読むしかない。
 しかし、最初の山である、多助の父親の忠実な部下である右門が、忠心のあまりに道中で知り合いでもなんでもない百姓・角右衛門に金の無心をし、トラブルになって殺してしまおうとするシーンまでくるともうがっちり心をとらえられてしまう。あとは一直線だった。
 『累ヶ淵』のところでものべたが、当時の寄席は風呂上がりなどに毎夜通うことが想定されていた。だから、少年漫画の連載のように毎回引きがある。「ああこのあとどうなっちゃうんだろう」とわくわくしながら次の日を待つわけだ。
 円朝の作品の特徴で、これほど長い物語ではあるが、すべての登場人物が因縁で結びついている。そして、『累ヶ淵』ほど多くのキャラクターが出入りせず、たとえば悪役でいつも出てくるのは、旅行途上で連れになり泥棒を働くいわゆる「護摩の灰」の一味、おかく・小平・仁助の親子である。




ちょwwwキャラ変わりスwwwww



 ネタバレになるし説明するとややこしいので、ストーリーはあまり深く話さないが、一つだけ物語に出てくるキャラクターの性格づけが急転換するシーンがある。
 それまで純真無垢な被害者だったのに、いきなり大悪人となって多助の前に現れるのだ。
 しかもなかなかグロい。
 この「大悪人」になる描写のところで、母親の浮気相手の息子と、母親の娘がまたいい仲になってしまい、娘には婿までいるというのに、母娘の家にいりびたるのである。しかもただ関係を記すだけではなく、娘と浮気相手の息子を別室で乳繰りあわせて、母親と浮気相手の男がその間よろしくやっているという描写まで出てきて、なんとも生々しい。

 円朝も演出上この急転換を気にしたのであろう。
 「九」節(p.122〜)の冒頭で次のような説明をしている。

「善の魂が悪くなるのは何(ど)ういう訳だと伺って見ますと、或るお物識(ものしり)のお講釈に、先ず早く云えば月に雲の掛るようなもので、これなどは円朝にも解りますから、成程と云うて感じまして聞きました」

 円朝はこのあと、今風にいえば走って女のスカートからパンチラしたら普段はまじめな人でもスケベ心の雲がかかる、うなぎの臭いがしたら食いたいという雲がかかる、などの比喩を用いている。
 つまり、欲望を刺激される瞬間があって、その瞬間に文化的制御が外れてしまうものだ、という見立てをしているのである。

 しかし、実は、こうした人格の変化は、現実の世界ではむしろリアルなことだといえる。物語世界では善人は善人のままであるという安定して単層のキャラクターが当然である。そしてその変化の軸点に「欲望」をもってきたところが妙である。
 むしろこの唐突さは、安定した虚構世界を破壊し、物語に生々しいリアルさをもちこむものになっている。

 前半の見所は、多助をめぐる数奇な運命の連続と、多助の苦労譚である。多助という人物がいかに幸運な偶然に囲まれているのか、にもかかわらず他方でひどく苦労の連続を強いられることを描写し、後半の上り調子の出世物語につなげていく。

 ゆえに、後半の見所は、この多助の江戸での快進撃である。
 自殺寸前のところを大商人に助けられ、その商人の家で、小賢しい倹約の知恵をきかせ、また、いかにも保守の人々が好きそうな町人道徳を多助は実践するのである。




サブカル性を失うということ



 テキストで読み終えて、ふたたび「名場面」としてのみ切り取られた現代の落語を聞いてみると、落語というものの「古典化」に思いを致さざるを得ない。
 志ん生の噺は、まさに共通の教養を前提として、そのうえにたって、「名場面」を「名場面」として堪能しようという話者と聞き手の結託の場なのである。
 そこでは毎夜「次回はどうなるか」と手に汗握って通いつめた心躍るサブカルとしての生々しさが消え、古典芸能としてその完成を競うものになっている。
寄席芸人伝 (2)  落語がそのどちらを重視すべきか、というアポリアは、現代の落語にとって古くて新しいテーマである。虚構の噺家伝記である、古谷三敏の名作漫画『寄席芸人伝』シリーズでもこのテーマはくり返し登場する。
 図式的には「新作」と「古典」という形で対応があるのだが、古典が充実していくのに比べて、新作の分野では、円朝時代のような「生々しさ」を取り戻すことはない。最近では柳家喬太郎の新作を聴いた時、力強さを感じたことはあるが、むろん円朝と比べるようなものではない。

 サブカルチャーがメインカルチャーになっていくとはそういうことなのか。
 やがて漫画が完全にメインカルチャーになったら、同じ道をたどるのであろうか。などと余計なことを考えてみる。
 
 
 
 

塩原多助一代記 (岩波文庫 緑 3-3)
2007.9.28感想記
この感想への意見はこちら
メニューへ戻る