近藤正高『私鉄探検』




私鉄探検 (ソフトバンク新書 79)  ずいぶんと禁欲的なタイトルである(『オタクコミュニスト超絶マンガ評論』などというミもフタもないタイトルと比べなくても、である)。題名と「電車で行こう! 私鉄沿線を味わい尽くすガイド。」というオビから想像されるのは、まさにテツ的な観光ガイド本である。
 そういう要素ももちろんあるんだけど、それはあくまで付随的なもの。この本の目的は「バラエティ豊かな私鉄文化を“探検”するものだ」(本書p.5)。
 これは本書でも書かれているように、たとえば、JRの「中央線文化」といったようなものとは微妙に違う。「中央線文化」といった場合、「そこからJR東日本ならJR東日本特有の企業文化といったものが見えてくるかといったら、なかなか難しいように思われる」(p.6)。
 そう、この本は私鉄文化を「地域文化」としてとらえながらも、そのコアに「企業文化」をみていこうという趣旨なのである。
 ただしとりあげられるのは、西武、京王、京急、つくばエクスプレス、名鉄、近鉄、阪急・阪神の7鉄道である(阪急・阪神は一体のものとして数えられている)。



三河地方における名鉄の精神支配



 「私鉄文化……?」とピンとこない人(とくにド田舎かド都会出身の人)もいるかもしれない。しかし、ぼくにはよくわかる。なぜなら、ぼくは本書の近藤と同じく中途半端な田舎である愛知県の出身だからだ。
 愛知における名鉄文化。
 これはまさに地域文化として、住民の精神を支配している。少なくともぼくがガキのころは。だから、こういう問題のとらえ方が非常によくわかるのだ。
 近藤は名鉄について本書で紹介しているのは尾張地方(名古屋とその周辺)しかない。いちおう載っている地図には三河地方もあるのだが、言及の中心は尾張地方である。
 ぼくにいわせてもらえば、尾張地方、なかんずく名古屋というのはJRもあれば地下鉄もあり、さらには近鉄まであるという土地で、名鉄の精神支配が相対的に薄い地域だと思われる。
 それにくらべて、ぼくの住んでいた三河地方、とくに西尾市をみてみるがいい。
 名鉄が圧倒的に主役であり(たとえば岡崎市ではぼくが子どもの頃は名鉄東岡崎駅こそ文化の中心だったが、国鉄岡崎駅は町外れであった)、西尾市にいたっては名鉄しか走っていないのである。
 その結果何が起きるのか。
 たとえば、西尾市の繁華街は「名鉄西尾駅」を軸に存在する。そして、ぼくの子ども時代、買い物は地元のAコープ(農協がやっている)だったが、少し気張った買い物は駅前の名鉄のショッピングセンター(現在の名鉄パレ百貨店西尾)に行くことであった。そこに行くことを地元民は「名鉄に買いモンに行じゃ(買い物に行こう)」と称した。
 すなわち、名鉄西尾駅自体が地域の消費文化の頂点であり、その周辺にあった大型店(ファミリータウン「ミカ」など)も名鉄西尾駅の権威とともに存在している。
 「名古屋まで特急で45分」という大看板がかかげられた名鉄西尾駅は西尾市のなかでもさらに田舎に住んでいたぼくのようなガキにとって「文明」そのものであり、さらに巨大な文明に通じる入り口でもあった。
 これは、名古屋市内やJR・他私鉄と競合している地域にはわからない感覚ではないかと思う。これと似たような感覚を西武沿線で感じることがある。とくに多摩地域(西東京市・東久留米市・東村山市など)。その私鉄の駅へいくことは消費文化の粋に触れにいくことであり、とりわけ子どもにとってそのような洗脳作用を果たしているのではないかと思う。

 本書では「中部財界における五摂家」として東海銀行・松坂屋・中部電力・東邦ガス、そして名鉄をあげているのだが、精神に対する作用は「中日新聞」が大きい。あるブログで次のような記述があるとおり、「北海道や福岡でもそれぞれ北海道新聞、西日本新聞がトップですが、世帯普及率は約47%、約31%程度です。ところが、愛知県では中日新聞の世帯普及率がなんと『約65%』を誇ります」。
http://www.newspaperlife.com/cat48/180.html

 そして中日新聞とくれば中日ドラゴンズである。
 中日新聞は連日ドラゴンズの勝敗のゆくえを大々的に報道し、テレビももちろんこれにならっている。そして、名鉄でも社内や駅にドラゴンズのキャンペーンがはられており、名鉄ナゴヤ球場前駅(現・山王駅)に多くの県民が連れて行かれる。
 サッカーの「サ」の字もなかったぼくの子ども時代、野球=中日ドラゴンズ文化を支配したものが子どもの精神を制する。ゆえに、ぼくの頭のなかでは「中日新聞—中日ドラゴンズ—名鉄」は鉄の三角形であり、子どもの精神を強烈に支配し続けた企業文化なのであった。




明治村やリトルワールドという名鉄文化の影響



 そしてようやくまた本書に戻ることができるのだが、本書では名鉄の企業文化として「産業観光」の思想をあげている。産業遺構の保存・展示運動がさかんであり、愛知万博を前後して中部財界もこのキャンペーンに熱を入れているようであるが、近藤によればこの思想の原型は名鉄の明治村やリトルワールドではないかという。
 日本モンキーパーク、博物館明治村、野外民族博物館リトルワールド、南知多ビーチランドなどは名鉄によってつくられた。「思えば、かつてこの地域の観光は名鉄がリードしていたといってもいい」(本書p.150)。「愛知万博で注目されたことのひとつに、地元の中高年世代を中心にリピーターが多く現われた、ということである。実はそうなる下地は、明治村やリトルワールドといった名鉄の建設した野外博物館がつくっていたとはいえないだろうか?/僕も愛知万博に会期中に二度ほど足を運んだが、そこで覚えたのは、子供のころに学校の遠足などで訪れた明治村やリトルワールドにどこか雰囲気が似ているな、という既視感だった」(同p.151)。

 近藤と同じく、ぼくも小学校から中学校にかけて遠足や社会見学はこれらの施設であった。明治村やリトルワールドは遊園地ではない。遊園地とは違って、これなら学校関係者は堂々と目的地に選ぶことができる。ゆえに、学校文化のなかで、しかも遠足や社会見学といった「非日常」として子どもの記憶に植えつけられるのである。南知多ビーチランドも小学校時代に通っていた街の学習塾で行ったなあ。
 近藤はこの名鉄の観光的企業文化の源流を、1923年に名鉄の常務(のち社長)だった上遠野富之助の「犬山観光」開発にまつわるエピソードにみている。
 名鉄沿線とはこのように、まさしく名鉄という企業文化が地域文化として住民の精神を支配している地域なのである。




愛知的なものを西武に見た!



 この本の冒頭では「西武」がとりあげられる。
 ぼくは東京に住んでいたとき、私鉄文化を強く感じたのは「西武」であった。前述のとおり、とくに多摩地域にそれを強く感じたのである。
 たとえば小田急や東急などは地域文化としての私鉄文化をまるで感じさせない。ただの「東京のまち」なのである。ところが西武に載って多摩地域になったとたんに「私鉄文化」を強く感じるようになる。その最大の理由はやはり多摩の「田舎」において、中心駅を軸にして消費文化が反映するというぼくの幼少時代と似た構図があるということがあげられると思う。

 くわえて、本書でも西武ライオンズと私鉄文化とのつながりが書かれているが、球団をもち、球場につれていく線路をもっているということが子どもとその親たちの精神支配をしやすくしているのだ。しかも名鉄は直接球団をもっていないが、西武はもっている。おそらく子どもに与える私鉄文化としての影響は名鉄の比ではないだろう
 冒頭に「西武」をもってきているのは、堤王国という企業文化を紹介したかったせいもあるのかもしれないが、ぼくからしてみると愛知の名鉄的な企業文化支配がおこなわれているという点で非常に的を射ている感じがしたのだった。

 球団をもつ鉄道という点では、阪神・阪急などがあげられ、本書でも最後にとりあげられているのだが、その地域に住んでいないので今ひとつ実感できないところがあった。
 とりわけ、阪神という総営業キロ数が非常に少ない小さな私鉄の球団がなにゆえにあそこまえ大きな力をもつのか、というのはぼくにとって不思議なことであった。
 本書ではその点について、いくつかの文献から文章をひいて、理由を解明しようとしている。「小さいがゆえに遍在化する」という逆説がそこにはあるのだという。




帝国主義の経済現象としての私鉄文化



帝国主義論 (科学的社会主義の古典選書)  レーニンは『帝国主義論』のなかで帝国主義の時代に、鉄道事業の果たす役割について序文で特別に論じている。そればかりではなく、「金融資本と金融寡頭制」の章において、銀行と産業の融合した独占体(金融資本)がいかに経済生活と住民生活を日常的に支配するか、ということを書いている。
 そのなかでレーニンは、交通機関の独占体が沿線の土地を買い占めて大きな利益をあげる、ということをとりあげた。

「急速に発達しつつある大都市の近郊での土地投機もまた、金融資本のとくに有利な業務である。銀行の独占は、この場合、地代の独占および交通機関の独占と融合している。なぜなら、地価の高騰、土地を有利に分譲する可能性、等々は、なによりも都心との交通の便いかにかかっており、しかもこれらの交通機関は、参与制度や取締役職の割当によって当の銀行と結びついている大会社の手にあるからである」(レーニン『帝国主義論』国民文庫版p.74)

 ぼくの子ども時代(つうか生まれる直前)のデータであるが、たとえば1969年の西武の全営業利益は42.5億円、そのうち不動産利益は24.3億円と実に営業利益全体の56%にものぼっている。東急は76%、東武にいたっては84%を占めている(加東英夫『住宅産業を告発する』p.22)。これらは当時、沿線の「レジャー開発」と一体のものであった。
 私鉄文化とはこのような帝国主義の経済現象と一体のものであり、堤王国の土地開発はまさにその典型であった。




無理に私鉄文化論として読まなくてもいいと思う



 本書を読んで「ちょっと論理が強引じゃねえの」と思う人もいるんじゃないかと思う。まあ、ぼくもそう思った。

 たとえば、本書の西武の章(第1章 「キャラクター文化」のルーツを求めて——西武鉄道)には、西武の新しい電車「スマイルトレイン」が紹介されている。列車の先頭の部分が笑っているようにみえる形でデザインされているという話だ。「それにしても通勤電車の先頭を意図的に顔にしてしまうとは、これはいってみれば電車のキャラクター化ではないか」(本書p.21)。
 思い出されるのは、ほりのぶゆきが0系新幹線車両(もっとも旧型の車両)の先頭を評して「善良そうな顔」とのべ、その次の世代の100系新幹線を車両の先頭を「何かたくらんでいそうな顔」と評したことである。

0系新幹線
http://tetudou.1infofield.com/img/tetudo19.jpg
100系新幹線
http://www.nhk.or.jp/shizuoka-ana-blog/betsui/img/100with500.jpg

 ことほどさように、車両の先頭は実は「顔」として意識されてきた。さらにいえば、往年のサブカル雑誌「ビックリハウス」で「フェイスハンティング」という投稿コーナーがあって、街角にある「顔」にみえるものを読者から募集するのだ。それこそ笑い転げるような「顔」が無数に街頭にはあったことを証明してくれるものだったのだが、そう考えると列車の車両を「顔」とみなすことは実は多くの人が自然に自分の心のなかでやってきた作業だったにちがいない。
 たしかにそれを大々的に「顔」だとみなして、電車の車両名にまでしてしまう西武の手法は新しいのかもしれないが、そこから近藤が西武全体を「キャラクター文化」だとくくるのはいささか牽強付会ではないかと思う。

 他の章もそういう印象をうける。
 たとえば、京王の私鉄文化を「とほほ」の文化史としてまとめているのだが、やはり強引だ。鉄道ファンには常識のことかもしれないのだが、なぜ京王井の頭線はゲージ(線路の幅)が他の路線とちがって狭いのかということを、戦時体制で「大東急」の形成を経て戦後に移っていく歴史のなかで説明している。企業文化論というより、単に企業史としては京王の歴史の解説が面白かった。
 同様に、京急の羽田線がいかに「伸びたり縮んだり」をしてきた珍しい歴史の持ち主であるかというあたりも興味深かった。しかしそれを私鉄文化に結びつけて論じようとすると少々無理があるのではないかと思うのだが。

 まあ、本書全体、あまり無理に「私鉄文化」論だとは思わずに、私鉄企業史として普通に読んでもいいのではないかと思う。「私鉄文化」論じゃないじゃないか! とか「私鉄文化」論として物足りん! と怒る人もいると思うので(笑)。






ソフトバンク新書
2008.6.18感想記
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