日経の「仕事、好き。」キャンペーンと『サプリ』5巻



 日経新聞の宣伝がしつこくポスティングされる。
 「仕事、好き。」という巨大なコピーと小泉里子の顔。別に家に投げ込まれるビラだけじゃなくて、駅の看板やテレビのCMなど、いたるところでこの組み合わせを見る。
http://www.nikkei4946.com/index.asp

 「働く若い女性」へ日経新聞の購読を広げようという戦略らしく、この小泉の起用の前から日経はくり返しそのターゲットにむけた広告をうっている。

 CMでは、なぜ仕事をするのか、と寿司屋で問われたぼくくらいの男性が、困ってしまってゴニョゴニョと口籠るのだが、小泉扮する「働く若い女性」は「仕事、好きだから」とアッケラカンと答えて、寿司を頬張る。

 このCMを観たつれあいが、激怒。
 女の仕事観をなんだと思っておるのか、と。

「仕事っていうのは、根本的に生きて食うためのものだし、だからこそツラいことや好きでないこともいっぱいあるわけよ。このCMじゃあ、なんか世の『働く若い女性』がみんな、そういう複雑なものを捨象して、アホみたいな夢みたいなこと言っているみたいじゃないか」

 「いやまあ、統計的には主たる家計の支持者ではない『女性』であればこそ、そういうもろもろのことをいったん外して、仕事の楽しさの原点みたいなものを見つめられると思ったわけでしょ」とちょっと抗弁してみる。
  • ぼく「だから、ある種の理想的な労働観ともいえると思うが。男性正社員の歪んだ働き方からは決して生まれ得ない発想つうか……」
  • つれ「(゚Д゚)ハア? 氏ねば? そういうものをやっとけばオンナは悦ぶだろうっつう浅はかな意図が見えかくれしておるわけよ。このCMは。だいたい、その『仕事、好き。』とかストレートに言える人間のなかに、派遣とか請負とかパートとか入ってんの?」
  • ぼく「いや、小泉の服装や雰囲気から察するに、この広告のターゲットは正社員女性ではないかと」
  • つれ「しかも正社員の女性だって、現場はそんなお気楽な話じゃないでしょ」

などと猛反撃に遭う。

〈「三か月更新で勤続一年。休憩が取れずトイレにもいけないなど待遇がひどいので派遣会社に苦情を言ったら「次回更新しない」と言われた」(女性・電話受信業務)〉
〈最近増えている「アルバイト派遣」「日雇い派遣」といわれるスタイルで製造ラインに派遣された、ある神奈川在住の女性は、時給七〇〇円しか支給されなかった。当時の神奈川県の最低賃金は七一二円(二〇〇五年一〇月一日)だから、これは最低賃金法に違反している。この女性の場合、さらに、交通費が一日一〇〇〇円支給されるという話だったのに支給されなかったという。アルバイト派遣は、低賃金であることに加え待遇もハードだ〉

 いずれも中野麻美『労働ダンピング』からの記述だ(p.16〜17)。同書を読むと、現状では派遣・パート・バイトなどの非正規雇用はそれだけでは自立して生活できない低賃金を強いられていて、女性がその枠組みに落とし込まれている。その結果、男性は正社員として転勤や長時間労働をこなすことを要求されて家庭をかえりみないようにしばりつけられ、他方で女性はいつまでたって「補助的」な賃金しか与えられず、「家庭も仕事も」女性に押しつけられるという「性別分業」の固定化が生じている。そして、「男性正社員」並みに働く女性には、結婚できる条件が乏しくなっていく。


サプリ 5 (5) そんな論争が夫婦の間であったころ、おかざき真里『サプリ』5巻を読む。
 主人公の藤井は、得心がいってつくったCFをクライアントにダメ出しされ、「今日中」に「改訂」をせよなどという無茶な要求をつきつけられる。クライアントのバカ丸出しの改訂指示を見て驚く藤井。

〈ぜんぜん良くないじゃないですか こんなことしたら壊すだけですよ! 15秒の中に入りません! 〔そこを何とか もう時間ないのでとりあえずこれで〕これでって 〔もうこれで先方のオッケーもとれてますから!〕――〉

 「とりあえず」で引き受け、「とりあえず」直しにかかる。「とりあえず」はいったん呑み込めば不動の既成事実となっていく。
 クライアントの無茶な要求にそって、藤井は指示を出しながら思う。

〈無理だ… この時間から指示以外の別案を新たにもう1本組むのは 時間的にも体力的にも でもこのまま良くないものを作るために そのために 徹夜 削り節〉

 この藤井の独白の上に、さらに藤井の深奥にあるモノローグがかぶせられる。

仕事っていうのは 100%「好きなこと」でできてるわけじゃない むしろこういうトラブル処理の方が 多い 摩耗する 若いころは 仕事っていうのはやればやるほど積みあがっていくものだと思ってた でもそのうち気付く 仕事には2通りあって 経験が積みあがるものと自分が摩耗するもの ゆっくりと 自分の身をこするように 給料は 成果じゃなくこういう消耗に対して支払われている気になる〉

 「仕事、好き。」という感情やセリフは、こういう諸々のものを全部かかえこんだうえで、ボロボロになった体と心をひきずりながら絞り出すように叫ぶものになのだ。現状では。
 それをスシを頬張りながらアッケラカンと言われると、こっちが困っちまうんだよ、というつれあいの言い分はわかる気がする。


※おかざき真里『サプリ』の感想はこちら


2007.2.25記
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