『孫子』(浅野裕一訳)を再び論ず



 自分を優等生だとみている時間が長かったので、「知ったかぶり」をする態度もずっとつづきました。あ、このサイト自体がそうだっていうツッコミは禁止します。
 そのためにいろんな弊害は出たけども、読書の姿勢にかかわっていえば、「テキストとむきあわない」というのはその最大の弊害の一つでしょうね。

 とくに古典。

 古典を読み始めたのは中学生ですが、数が少し増えだしたのは高校生から。大学生でマルクス主義の古典を読む機会が増えましたが、この態度はいっこうにあらたまりませんでした。
 「だいたいこういうことが書いてある」という概説書の範囲を出ないわけです。
 テキストがどのような構成になっているか、著者の話の組み立てはどうなっているか、どんな言い回しでそれを言おうとしているのか、など、まさに古典の著者としっかりとむきあって、その表情まで確かめながら話をする、という態度がなく、「ま、コイツのことだから、こういう話をするんだろ」みたいに、はじめからハスにかまえて著者に接する。
 まあ、人によっては、原語で読まないと本当に対話したことにはならない、という議論があり、それはそれで一理あると思うのですが、そこは勘弁してもらって、せめて日本語訳の範囲で──つまり通訳を介してですが、相手の言っていることをしっかりととらえる。そうすると、たしかに著者の思想というモノが、実に生き生きして蘇ってくるのです。
 最初にそういう体験をしたのは、エンゲルスの『空想から科学へ』を社会人になって読み返したときでした。高校生のころにぴゅっと読んだだけで、そのころは、「あーはいはい、第1章は空想的社会主義者、第2章は弁証法、第3章は社会主義の必然性ね」みたいに勝手にくくってしまって読んだ気になっていたのですが、社会人になって、段落ごとの関係を精読して読んでみると、構成の緊密さに改めて驚いたのです。
 あぁ、フレッドくん、おれが悪かったよ、君の話、まともに聞いてなかった、とエンゲルスに心のなかで謝ったわけですが。


 四方田犬彦が最近『白土三平論』という大部の本を出しました。
 そのなかで、四方田が、影丸(白土がよく使う忍者キャラの一人)が社会の発展段階を論じているセリフを分析して、“これはエンゲルスの「国家・家族・社会の起源」の進歩史観の立場だ。ヘーゲル=マルクス主義だ”と評している一節があります。

 ほんとに読んでますか、四方田さん。

 そもそも、著作の名前がまったく違います。正しくは『家族、私有財産および国家の起源 ルイス・H・モーガンの研究に関連して』です。サブタイトルはどうでもいいですが。ドイツ語ではDer Ursprung der Familie, des Privateigenthums und des Staatsで、「社会」を入れる余地はどこにもありません。というか、本書を読んでいるものであれば、「社会」の起源を論じる、という類のまちがいはできないはずだと思います。家族や私有財産や国家という、ブルジョアジーたちが天然自然のものだと吹聴しているものが、じつは歴史的に形成されてきたものであることを暴露した痛快な本なのですから。
 そこに「ヘーゲル=マルクス主義」などというお手軽な規定がかぶせられていると、もう読んでいる方は悲しくなってきます。四方田畢生の大著、というには。

 読めばわかりますが、そもそも影丸が論じた封建制前後の社会発展史は、この著作にはほとんど出てきません。また、原始共産制から奴隷制、封建制、資本主義という大づかみな発展史を論じているのは、ラストのごく数行だけで、著作の大半は、原始から古代へぬけだすその瞬間に焦点があてられています。
 影丸が一律的な社会発展という物言いをしているのにたいし、エンゲルスのこの著作の醍醐味はギリシア、ローマ、ゲルマン、ネイティブアメリカン(イロクォイ族)と、国ごとにまったくその発展の姿が異なることを豊かに論じたところにあります。
 
 四方田はおそらくテキストを読んでいないか、もしくは昔ざっと読んだ印象で論じているんじゃないかなあとぼくは思ったのです。


 さてそれで、『孫子』です。
 ぼくは、岩波文庫の金谷治訳と、柘植久慶の中公文庫版、徳間書店版でしか読んでいなかったのですが、さいきん、あるきっかけで、講談社学術文庫の浅野裕一訳を手にしました。
 もうびっくりです。
 いったい、ぼくは『孫子』の何を読んでいたのだろう、と思うほどの瞠目ぶりでした。
 浅野訳は、多くの訳書がもとにしている「武経七書」版ではなく、最も古い前漢時代の墓から出土した「竹簡本」をベースにしています。

 このサイトにも『孫子』について書いた感想をのせていて、老子の弁証法をひきついだ軍事科学である、という基本的な印象は変わらないのですが、第一には、しっかりした解説が各節についていて、孫子の理論が実は(当たり前ですが)かなり具体的な戦争の形態での戦略や戦術を念頭におきながら生まれてきたその様子がよくわかるのです。
 第二は、各章ごとの連関です。
 竹簡本をもとにした浅野訳は、武経本をベースにした岩波の訳とはかなりちがいます。場合によってはまったくさかさまの訳があります。
 こういう状態でしたから、原文も、読み下し文も、漢文もつきあわせて読むように心がけることになり、そうすると、おのずと全体の構成や、章ごとの連関が、おぼろげながら見えてくるのです。


 第一の問題のほうですが、いちばん強烈に印象にのこるのは、「春秋時代までは武士による戦いだったのが、農民兵を大量動員しての戦争となり、戦闘意欲もなく下手をすると烏合の衆と化すこの集団をどうやって戦闘集団にしたてあげるか」という問題意識でつらぬかれている、ということです。

 それが集約的にあらわれているのが、「九地篇」です。
 9つの土地の形状について論じている箇所ですが、早いハナシ、農民兵は本国か本国付近だと「ここで逃げれば家まで生きて帰れる」という“臆病風”にふかれるので決意が固まらない、しかし、敵国深く入り込んでしかもそれが絶望的状況であればあるほど、農民兵といえどももう覚悟をきめて一致団結して文字どおり死ぬ気で戦う、ということなのです。

 「駆られて往き、駆られて来たるも、之く所を知る莫し。三軍の衆を聚めてこれを険に投ずるは、此れ将軍の事なり」って……。どこにいくかとかそういうことはいっさい兵には秘密にして、すすんで兵隊を危険な状態に投入する、それは、こういう死力を出させるための将軍の大事な仕事だというのです。
 すさまじいと思いませんか。

 ここで有名な「呉越同舟」のたとえがでてくるのですが、それはどんなに不団結な集団でも、死ぬ気の状態においこまれたら、ヤる、という話なのです。

 九地篇以外にも、『孫子』をつらぬく重要なテーマは、まさに、「農民兵の集団でどう勝つか」という発想なのです。そのために、環境設定によって主体的条件を変化させるという発想が色濃く『孫子』のなかには滲んでいます。

 第二の問題では、文章や訳が逆転しているところがままあります。

 いまのべた「九地篇」では、岩波では「これを犯うるに利を以てして、告ぐるに害を以てすること勿かれ」(軍隊を働かせるのは有利なことだけ知らせて、その害になることを告げてはならない)としているのですが、竹簡本では「之れを犯うるに害を以てし、告ぐるに利を以てする勿れ」(全軍の兵士たちを意のままに使役するには、ただ不利な状況だけを周知させて、その陰に潜む利益の面を教えてはならない)となっています。
 前後で孫子が説いてきたこととの関連では、竹簡本というか、講談社版のほうが整合性があります。


 また「形篇第四」。
 「守るは則ち足らざればなり。攻むるは則ち余り有ればなり」(守備をするのは戦力が足りないからで攻撃をするのは十分な余裕があるからである)が従来のテクストですが、竹簡本では、「守らば則ち余り有りて、攻むれば則ち足らず」(守備になる形式をとれば戦力に余裕があり、攻撃なる形式をとれば戦力が不足する)と、まるで逆になっています。

 講談社版の解説では、従来のテクストについて、

「兵力が劣勢だから守備にまわり、優勢だから攻撃するとの区分の方が、通俗的思考にとっては分かりやすく、孫子の真意が理解できなかったための改竄であろう」

ときびしく批判しています。

 この節では、自軍が不敗の態勢をとって決してくずれずに攻撃に耐え、敵軍が敗北をまねく態勢やスキをみせたとき、すかさず攻撃モードにうつることを説いています。この臨機応変ぶりに孫子の弁証法の真髄があります。
 もし従来のテクストのように考えると、「兵力劣勢=守備」「兵力優勢=攻撃」という2つのタイプの戦闘について論じていることになってしまい、たんなる場合分け、固定した分類学にすぎず、孫子の生き生きとした変化の思想が死んでしまいます。


 以上、きりがないのでこれくらいに。

 浅野は、『孫子』の話をしているときはイイのに、ところどころしょうもない説教を入れるのでそれはやめてほしいと切に願います。
 「地形篇」の解説で、将軍による兵士の統制について語っている箇所があります。

「子供との深い心の繋りを作ろうともせず、やにわに命令や処罰に走る教師や親、御機嫌取りに出てはかえってなめられ、子供のいいなりになって少しも統制できない教師や親が多い昨今、この孫子の言葉は、上下の人間関係を考えるうえで味わい深いであろう」

 軍事的人間関係で教育を語るなっつーの。




浅野裕一訳『孫子』講談社学術文庫
2004.4.7記
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