杉浦日向子『ゑひもせず』


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 このなかの「吉良供養」が圧巻。反忠臣蔵のマンガだ。

 昨年は討ち入り300年とかで赤穂義士がもてはやされていたわけだが、杉浦日向子は、これにまっこうから異議をとなえ、「詐術のかぎりをつくし、非武装・無防備の老人邸を奇襲した、虐殺行為」として糾弾している。
 ただ道義的に非難するだけでなく、部屋の見取り図から、どこでだれが、どんなふうに惨殺されたのかをくわしく追っている。

 浪士側は、「火事だ」とうそをいって、邸内に押し入り、無防備の吉良側家臣を次々殺害。

 むしろ、主君を守るために武器をもって邸内に戻り絶望的なたたかいをするなど、真の「忠臣」は吉良側にこそ生まれている。赤穂側は、このような「忠臣」を、たとえば顔面ばかり、その顔がわからぬほどに斬りさいなんだりしている。

 杉浦は、これをリアルなドキュメンタリータッチで描いていて、読んでいて、そうだな、世田谷の一家殺人事件をもっと大規模に見ているような現実的な怖さがある。

 じつは、ぼくの実家は、吉良上野介の領地のあった場所である。
 地元では、上野介は水害をなくした堤防をきずいた名君として知られる。地元民も「吉良さん」として上野介にしたしみ、最近まで「忠臣蔵」は絶対地元では上演させなかった。

 杉浦日向子はこのように言っている。
 「『大義』が殊更物々しく持ち出される時多勢人が死ぬ。快挙とも義挙ともはた壮挙とも云われる義士の討ち入りはまぎれもなく惨事だと思う」「大義悉く滅す」。

 ぼくにはなんだか、いまの某国がダブってしまう。
 犠牲者をまつりあげ、それへの報復をとなえて、数千人もの罪もない市民を殺し、その過程を「解放戦争」と描く。


(ちくま文庫)



採点80点/100
年配者でも楽しめる度★★★★☆

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