長幸男『昭和恐慌』


 今、経済を学ぶ自主ゼミをやっているが、われながら少々気持ち悪いと思っていることがある。
 というのは、ぼくをふくめて、何となくわかったような感じで話をお互いにしてどんどんすすんでいってしまうのだが、最近ゼミに参加した人がふと何気なく質問する「素朴」なことに、だれも答えられない、ということがしばしばあるということだ。

 よく言われることだけど、素朴で基本的なことは、たいがい根本的なことで、実は深い理解が必要だったりする。「ドッジラインってなんですか」とか。むろん、ドッジの経済安定9原則をただ述べることはできても、なぜそんなことが出されたのかを、簡潔に言えないとダメなわけである。そういうところをちゃんと押さえずにすすんでいる自分たちは一体なんなのか、とちょっと反省する。

 最近、とある人力検索のサイトで、

金本位制から世界恐慌を機に管理通貨制度にかわったといわれていますが、どうしてですか?

という質問があった。これを400字程度の字数制限のなかでいうのは、相当に難しいことである。私も決して自信をもって答えられるわけではなく、むしろほとんどドシロウトなのだが、自分なりに考えてみたことを書いてみよう。

 ポイントは、金本位制の理解である。

 金本位制から管理通貨制度に移ったのは、1930年代初頭であるとされる。日本でも1931年に金輸出入を再禁止して、金本位制は崩壊する。中村隆英『昭和経済史』などを読むと、1920年代の日本とは、金の輸出入と禁止をめぐる攻防の時代だったことがわかり、この政策をめぐって政争がくりひろげられた。そして、実は、それが昭和のファシズムを準備した経済動向だったわけで、そこを解説した名著が本書『昭和恐慌』である。
 一度、本書を読みかけたことがあるのだが、挫折した
 冒頭の金本位制の解説で、もうダメだった。
 ムズカシイということもあったのだが、興味がわかずに敗退したのである。

 そこで、さらに、金本位制そのもの、「金」とはどういうものか、という理解そのものへと問題はつきつめられていく。

■■■金本位制とはなにか■■□■

 実は、マルキストにとっても、「金」の理解は重要なポイントで、商品交換の中で、ある商品が特別な位置をしめる、それが金だというふうにマルクスは資本論のなかでいっている。「商品世界の内部で一般的等価物の役割を演じることが、その商品種類の独自な社会的機能となり、それゆえ、その社会的独占となる。……すなわち金である」(資本論1-1-1-3)。そのことと、「金本位制」はどうかかわっているのだろうか。

 金本位制の説明は、しばしば次の四原則の説明から入るものが多い。
1)金の自由鋳造(金地金を中央銀行にもっていくと金貨に鋳造してくれる。または同量の金貨と交換してくれる)
2)金の自由鎔解(金貨を自由に鋳つぶしてもよい)
3)金の自由輸出入(金貨や金地金を自由に輸出入できる)
4)金の自由兌換(いつでも銀行券を規定通りの金と引き換えられる)
 しかし、なんのためにこの原則があるのか、初学者は率直に言ってわからない。
 そこで、ぼくが理解に役立ったのは三宅義夫『金融論』(有斐閣)の説明であった。
 「金本位制とは価値尺度である商品――貨幣商品――が金である場合を指す」(三宅p.187)。
 三宅は、金が貨幣商品となると、諸商品の価値は、金の重量で表されるということをのべる。「金の分量(重量)」。ここが重要である。
 たとえば、「純金750mgを1円と定める」と明治政府は決めたが、これは「普通の商品を何円と呼ぶのとは性質がまったく異なるもの」(三宅p.185)である。「純金750mgを1円と定める」という場合、金の価値ではなく、重量を表している。そして、他のあらゆる商品は、金の重量でその価値を表現されているのである。すなわち、20メートルの絹、1着の上着、10グラムの茶、40ぐラムのコーヒー、1キロの小麦は「750mgの重さの金」で表される。金(の重量)は価値尺度として機能しているのであり、金は「価格の度量標準として機能している」(前掲書)。金のかわりに「コメ1キロを1円という」としても、ある意味で同じことである。

 『資本論』の読者あるいはマルクス経済学を学んだことがある人には、これはまさにマルクスの貨幣論そのものの世界であることが即座に見て取れるであろう。
 じっさい、マルクスが生きていたのは、イギリスが金本位制をとっていたその最盛期だった。イギリスは銀本位制から金銀複本位制、そして1812年に金本位制に移行し、1931年までずっとこの制度のもとにあった。だから、マルクスが『資本論』の価値形態論のなかで、なぜすべての商品の交換が最終的に金という表現をとるのか、としつこいまでにやっているのには、こうした事情がある。
 この時代にいれば、マルクスの展開はもっと日常の問題として理解できたであろうが、管理通貨制度のもとで、金と通貨の関係が遠く離れたように見え、金という実体の抜け殻の「円」だけを見てくらしているぼくらにとっては、なぜマルクスがわざわざ金を媒介して説明しているのかを理解するのに疲れてしまうことがある。

 こうして、「金本位制とは価値尺度である商品――貨幣商品――が金である場合を指す」という説明が生きてきて、金が国内でも国外でも自由に通用するために先ほどの4原則が重要になってくるのである。「金貨に代わって銀行券流通が主となってくると、…四つの条件のうち自由輸出入と自由兌換が実際上重要となり、とくに銀行券と金とをイコールとする自由兌換は決定的重要性をもつことになる」(三宅p.188)。

 これは、兌換制停止下、すなわち不換制と比較するといっそうよく理解できる。
 不換制のともでは、もはや銀行券は一定の金量を表すものではなくなってしまう。通貨価値はたえず変動にさらされる。不換銀行券はもはや中央銀行にいっても金とは交換してくれない。だから、「いつでも金と交換できる」という信用にもとづいて発行されている兌換銀行券とはちがって、国家が強制力をもって通用させるのが不換銀行券である。
 ここで問題となるのは、しかしながら「兌換停止下においても、円は変動にさらされているがある金量を言い表わしている」(三宅p.192)ということである。つまり金と紙幣との連関も切れていない。金本位制とのちがいは、4原則が破壊されているということもさることながら、本質的には「一定量の」金分量を表さなくなるという点にある。
 これまで金に緊縛されていた紙幣発行は、金には拘束されなくなり、いくらでも発行できることになる。こうして、通貨の減価がおこる。これが兌換制停止下でのインフレーションである。諸商品の価値変動や需給によっておきる「兌換制下での物価騰貴」とはまるで違う原理で「諸商品の価格が上昇」していくのである。

 ここまで準備的に理解して、ようやく長『昭和恐慌』を読みはじめることができた。

■■■自由主義段階の資本主義のシステム=金本位制■■□■

 いま見てきたように、金は通貨として非常に安定している。国内での通貨価値の上下も、国際的な為替の変動も、かなり小さく、金の自由な融通によってその変動をモロに反映することができる制度であるように見える。「各国が金本位制を採用していれば、各国の通貨が固定した金平価をもって比較され、交換され、金価値を重心とした一元的な国際通貨体系が編成される。こうして各国通貨価値が安定するから、貿易や国際的な資本移動が活発におこなわれる自由貿易体制が広がる。為替平価が安定するために、各国の物価水準が国際物価水準と直接むすびつき、景気変動が、玉つきのように、たがいに作用しあい。とくに支配的な生産国の変動が世界経済の動向に強く影響をもつようになる」(長p.18)。

 すなわち、金本位制のもとでは、まことに素直に、ストレートに実体経済の実態が表面に出てきて、帳尻の合わなかった現実は、金が国の間を動いて自動的に調整されるしくみになっている。
 だから、日本の金解禁論者であった井上準之助(蔵相)は、こうのべる。

「我が国の金本位制が常態であれば、対外的に日本の通貨は調節される。通貨の調節に伴って物価もおのずから調節され、勢い国際貸借のバランスも調節されうるのだ。天然自然に斯かる作用を行うのが金本位制の本質である」(井上『金解禁――全日本に叫ぶ』)

 国内においても、過剰生産恐慌がおきたとき、通貨の価値は金750mg=1円のままであるが、商品の価格が激しく下落することによって、この矛盾は暴力的に解決される。通貨価値は守られ、商品価格のほうが破壊されるのである。

「激烈な形態での恐慌を通して過剰生産の矛盾を暴力的にそして周期的に解決して資本主義が発展することは、資本主義にとっては健全な発展形態であるといえよう。……兌換制下で価格標準固定(たとえば金750mg=1円)の条件の下では、過剰生産による商品価値の破壊は必然的に商品価格の激烈な低下という現象形態をとるのである。全般的過剰生産の矛盾が商品価格の暴落という形で暴力的に解決され、過剰資本が整理されて一時的に均衡が達成され、やがて次の循環過程が価格標準一定のまま開始されるのである」(山田喜志夫『現代インフレーション論』)。

 すなわち、恐慌という、ストレートで破滅的な形態をとるのが、金本位制下での資本主義だというわけである。そのように自動調節される。

 これはマルクスが想定していた恐慌・景気変動のモデル、物価の騰貴や下落のモデルに酷似している。ここでも、マルクスの見ていた資本主義のモデルが、イギリス資本主義を頂点とした金本位制下でのいわゆる「自由競争的な」資本主義であったことがわかる。

「したがって、イギリス資本主義を波頭とした一九世紀世界資本主義の自由主義段階、すなわち、弾力的周期的な景気循環をもって発展し、恐慌をもって国内・国際的不均衡の生産をおこない、再び景気を回復していくような経済運動には、貨幣価値が安定していて物価の方が騰落する金本位制度はもっとも適合した国際通貨制度であったのである」(長p.18)

「マルクスは……金の移動による国際的清算過程が国際的過剰生産の総決算過程にほかならず、金本位制の自動調節作用が実は自由主義段階の景気循環過程における均衡化=恐慌の国際的側面にほかならぬことをあきらかにした」(長p.85)

■■■独占段階で対応できなくなった金本位制■■□■

 しかし、この時期、「もはや独占段階へと成熟した世界資本主義の一環である日本資本主義が、明治中後期に確立した独自の再生産構造=型の崩壊過程に入っており、独占段階の矛盾を二重に困難ならしめている時、マルクスの指摘した恐慌は『自動調節作用』を失って労働予備軍を増強していたし、近代経済学の指摘する所得効果が下降のスパイラルを生じて不完全雇用の低位均衡を脱しきれないことを見出しはじめていた」(長p.86)。つまり、巨大に発達した独占資本主義の生産力と、それにみあわぬ労働者大衆の貧困はいちじるしくアンバランスとなり、自動調整が効かない、もしくは壊滅的なほどの「清算」をしてしまうことになるというわけである。
 国際的には、「資本主義の不均等発展は、……イギリスを世界の工場とした垂直的ないし静態的国際分業体系を崩壊させてしまった」「ロンドン金融市場の支配力もニューヨーク金融市場台頭でおびやかされ、国際金融の流れの統一性はいちじるしく乱調となっていた」(長p.87)。

 井上が金解禁にふみきったころ、世界でも日本でもすでに19世紀的な「自動調節」が作用するような資本主義の時代はおわってしまっていたのである。
 それなのに、井上がやったことは何か。円を「強い円」の水準で世界に再登場させる(旧平価解禁)ため、そのときに輸出がふるわなくなって(日本商品の価格が割高になるので)輸入ばかりがふえて金が流出しないように、物価を下げようとして激しい緊縮財政をやった。不景気にして物価を下げようとしたのだ。
 しかも実際には、解禁するとすぐに激しい金の流出が起きる。物価は思うほど下がらなかったのだ。「緊縮財政に右のような正貨流出にともなう通貨・信用の収縮が加わって、不況は“昭和恐慌”と名づけられるような深刻な恐慌局面に突入した」(長p.123)。

 資本主義の局面として、うたねばならなかった手だては、金解禁(金本位制への復帰)ではなく、むしろ金本位制=金兌換制を停止して、金融・財政を自由に政府があやつる国家独占資本主義的な「積極財政」にしなければならなかった。
 長はあからさまにはそこまでのべていないが、ケインズ的な次善の改良策が提示されねばならなかったのではないかとくり返し説く。

■■■昭和恐慌にたいするエコノミストたちの対応■■□■

 長は、コミンテルン系のマルキストが世界恐慌の深刻さをついたことを評価しつつも、けっきょく彼らがいつ訪れるかわからない「革命待望論」であったために、国民をひきつける現実的な改良策を示し得なかったことを、これでもかとしつように主張し続けている。
 左翼側がこの中間段階の改良策が提示できなかったために、むしろ農村の心情を理解するファシストたちに暗躍の場をあたえてしまったと嘆く。

 長のユニークさは、現実の事態とその解決策のあいだに数直線をひいて、当時のケインジアンやマルキスト、政治家たちがこの数直線のどこに位置しているかを測っているという点である。
 まず政友会。
 一般に、憲政会が国家視点的で、政友会が地域保守、地主的であるとされる。当時も緊縮財政・金本位制復帰が憲政会であり、積極財政・金本位制消極的が政友会であった。長は、政友会を中小資本家たちの利害も反映したとして、彼らが唱えた「積極財政」には「自由主義段階の景気循環の活況・不況局面に対応する緊縮と放慢の政策的交替(民政・政友保守二政党の政権交替=分業的循環)にはとどまらない、新しい国家独占資本主義的政策体系が現れはじめているのである」(長p.111)とみる。
 つぎに、大内兵衛。大内は「公式的マルキスト」とは区別され、高く評価されている。大内は「現実的」改良策を示しているというわけである。
 笠信太郎と猪俣津南雄で、いずれもマルキストである。彼らはあまり高く評価されていない。
 最後に、長は河上肇と石橋湛山の論争を紹介する。面白いのは、マルキストになっていた河上を批判している、後のケインジアン・石橋の論理を、長がひきつぎ、それをマルクスの理論にもとづいて反駁しているという点である。すなわち、長はマルクスを使ってマルキストである河上を批判しているのである。

■■■国家独占資本主義と管理通貨制度■■□■

 いずれにせよ、長は、当時の左翼陣営は国家独占資本主義体系の「進歩的活用」によって次善の改良策を提示すべきであったとして、「アルゲマイネ・クリーゼ(全般的危機)」という認識に憑かれて根本革命論しか説かなかったマルキストを批判するのである。

「銀行券の兌換・金外貨の輸出入を停止し……、国家により金外貨準備を管理統制し、国内における不換銀行券…発行の弾力性を増大し、財政金融政策の領域を質的・量的に拡大して、再生産過程にたいする経済政策の積極的介入を保証しようとするのが管理通貨制度である。それは独占段階の経済矛盾に対処する資本の自己対応―国家独占資本主義のもっとも基礎的な側面である。戦時形態では『生産と分配にたいする社会的統制』『全般的な労働義務』(レーニン。いいかえれば、軍事需要に吸収するための過剰資本・労働予備軍の全面的動員)、平時形態では、ケインズの示すような、有効需要の投入による完全雇用の実現のための、経済政策の梃桿である」(長p.226)
「金輸出再禁止(金本位制停止)によって事実上制度化した管理通貨制度は独占段階に達した資本主義通貨制度の必然的形態である。(社会主義の通貨制度は徹底した管理通貨制度であり、統制通貨制度とよんでよいかもしれない。)金本位制の古いドグマに固執するのではなく、その制度を積極的に活用して、国民のための経済計画を立案し、恐慌に打ちひしがれて『懐疑と冷笑と方向喪失』(ゴーロ・マン)に陥っていた彼らに――いつ訪れるかわからぬ革命的未来の教説でいらだたせるのではなく――実現可能な地についた目標を示すことによって、民主主義的政治への確信を回復させるべきだったのである」(長p.232)

■■■おわりに■■□■

 少し前に、小泉構造改革がこの昭和恐慌前後の空気に非常によく似ているということで、その異同が話題になったが、長は、文庫版あとがきで「現内閣が自民党や国民社会の体質改革を遂行しうるか??組閣後一カ月余りにすぎず、予断を許さない。国民は小泉改革の一歩一歩を監視しなければならない。野党も??経済同友会と共産党がはじめて会談したのが象徴的であるが??実行可能な代案を提示しうる実務能力をそなえ、政府・与党と対峙しえなければなるまい」(長p.332)とのべている(2001年記)。

 この長の発言を、「いま左翼には代案がない」と理解するとまちがうとぼくは思う。
 代案はさまざまに出されているが、実は対抗する勢力の間での合意がない、ということにある。国民のなかには現状を変革するエネルギーがあふれている。ある種の屈折ではあるが、民主党への期待は、その反映である。しかし、そこには政策的な合意はない。民主党の政策への積極的な支持として民主党への投票があるわけではない。国民の間にはいまだ存在していない対抗政策への合意をどうやってつくっていくのかが、カギだといえる。

 なんか、最初の人力検索の答えになってないよなあ。
 やっぱり、それらしいことを書いて終わっちゃった。てへっ。






『昭和恐慌 日本ファシズム前夜』
岩波現代文庫
2004.10.9感想記
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