岡崎哲二・奥野正寛編
『現代日本経済システムの源流』



 人力検索で「日本が最高の社会主義だという人がいますがなぜですか?」という質問が出ていた。

 この議論のベースになっているのが野口悠起雄『1940年体制』で、その元ネタともいえるのが本書である。まあ、このていどのことは、日本を訪れたゴルバチョフあたりがまじめに絶賛する意味で口にしていたのであるが(「日本では見事な社会主義が存在している!」みたいな)。

 ぼくがこの本を電車で読んでいたとき、中学生時代の同級生が「それってどんな本?」と聞いてきたので、「ええっと……」と少し考えたあげく、「いまの日本の経済システムは、第二次世界大戦のころにつくられたんだよ、という話なんだ」と答えると、「なーんだ、そんだけのことを、そんな分厚い本にしているの?」などとからかわれてしまった。

 正確にいえば、明治期から大正期にかけては、実は日本には市場競争的なアングロ・サクソンモデルが存在したが、それが戦時期に一気に指令経済的に改革され、基本的にそのシステムが現代の日本経済の源流になっている、ということになる。
 それを、金融、メインバンク、企業システム、労使関係、業界団体、税・財政システム、食管制度・農協という分野で検討しているのである。

 著者たち自身の言葉でこれを聞こう。
 「この時期(1930〜40年代前半)以前のわが国の経済システムはある程度の後進性を残していたとはいえ、基本的に欧米諸国と異ならないオーソドックスな資本主義的市場経済システムであった」「…現代日本の社会システム…の多くは最終的に300万人以上の人命と国富の4分の1以上を犠牲にした日中戦争・太平洋戦争を遂行するために、資源を総力戦に動員することをめざした貴各員などによって人為的に作られた統制システムを原型としている。この総力戦自体が、一党独裁の下で策定されたナチス・ドイツの戦時経済体制と、計画と指令によって重化学工業化と軍事大国化を目指したソ連の社会主義的計画経済を範にとったものであった」「戦後初期の日本の経済復興は戦時期に形成された計画と統制のシステムを利用して進められた」(岡崎・奥野)。

 以後、おさめられている論文は基調は、だいたいこのようなものである。

 とりわけ、奥野・岡崎は、戦時体制のソ連経済との酷似を次のように強調する。
 「こうした物動(戦時期の物資動員計画)の基本的な機能は旧ソ連の物材バランスと同一のものである。……計画の作成にあたった企画院は、旧ソ連のゴスプランが行ったのと同様に、逐次的な修正計算の繰り返しを通じて、計画相互の整合化を図ったと考えられる」


 この本は1993年に出版されたもので(野口の『1940年体制』は1995年)、野口の議論とあわせて、90年代にこのような議論は流行する
 本書『源流』の意図は別としても、とりわけ野口のような議論が一種の熱狂をもってむかえられたのは、反ケインズ的な主張、すなわち新古典派であったり、あるいは新自由主義であったりしたところの主張にとって、ケインズ的な体制を攻撃するうえで、格好の理論的材料を提供しているからである。“いまある経済制度は市場原理に反する戦時経済的統制システムなのだ”と。(念のためいっておくと、本書にはそのような意図はまったくない。ストイックな歴史研究である)

 くわえて、本書の目的意識にあるように、この本が発行された年は、ソ連崩壊からまだ1年ほどしかたっていない時期であり、そこにどういうシステムを移植するかが問題とされていた。「ソ連や東欧などの旧社会主義計画経済の崩壊に伴って、敗戦に伴う混乱から現代の経済繁栄に至る日本の経験や実情を、これら諸国の市場経済化の方策に生かせるかもしれないからである」。

 しかし、率直に言って、ぼくは、この本を読んだとき、「これは単に国家独占資本主義論じゃないのか」という思いを強くし、それが何か新発見であるかのように騒ぎ立てられることに違和感をかくせなかった。本書の「まえがき」を読むと、青木昌彦(スタンフォード大学)からも「多くの貴重なご批判・ご助言をいただいた」そうであるが、青木はその昔「姫岡玲治」のペンネームでブントの活動家として、いわゆる「姫岡国家独占資本主義論」(姫岡の論文「民主主義的言辞による資本主義への忠勤」)を書いてモテモテだったのだから、そのあたりの「ご助言」でももらえばどうなのか、と皮肉の一つもいいたくなるのである。
 しかし、本書では、新古典派経済学とマルクス経済学は、左右の敵として厳しく排撃されている。「マルクス経済学の主流は、経済制度や仕組みは歴史的に進歩するのであり、日本的な仕組みの多くは日本経済の『後進性』を表すものにほかならないと考えてきた。この立場からは、これらの日本の後進的な仕組みをなくすことこそが日本経済を近代化するために不可欠なステップだということになる。他方、近代経済学の正統である『新古典派経済学』は、その理論的枠組みの自体が暗黙のうちにアングロ・サクソン的な経済制度や仕組みに限定されており、それと異なる仕組みは特殊であり誤ったものであるとみなしてきた」(p.273奥野)。そして、「比較経済制度分析」という立場を主張する。
 ここには、進歩史観なるものへの粗雑な攻撃はあるけども、ある種のマルキストたちが精力をそそいできた国家独占資本主義論への言及はない

 マルキストによる国家独占資本主義論をみておこう。

「国家独占資本主義の発生史を第一次大戦に求め…るのは、すくなくとも、この領域をとりあつかう研究者にとっては全く一致したところであるといってよい。……当時の戦時統制経済が、生産と消費の調整、業者団体の強制カルテル化、労働力の戦時統制…などの点で国家が経済活動において全面的な、そして積極的な役割を果たした…。……第一次大戦における大規模な戦時動員は、戦争終了とともに、徐々に解除され、平時経済への復帰がすすむのであるが、人々はいわゆる戦時国家独占資本主義は後退し、統制経済は後退し、自由競争と営業の自由が復活したとみる。/しかし、戦争経済の影響ははたしてそう簡単に後退したであろうか? ……敗戦国ドイツにとって、……新たな国家の役割を生みだしつつあった。……国家のもつ強固な組織性と民間企業のもつ競争を前提とした費用節減の方法を併用したものとして『平時経済における競争のメカニズムを十分に利用した国家の経済への介入』であった。/他方、イギリスの衰退を背景に、戦時統制経済の名残りである『金本位制からの離脱』を形をかえて持続すべきだ、という有力な主張がケインズによっておこなわれていた。……彼によれば戦争経済を管理した技術を、不況対策として逆用し、とくに、通貨管理の体制を金から引きはなすことによって労資関係に介入し、所得と貯蓄の水準を統制し、有効需要の操作を通じて雇用全体の水準を安定的に維持できるというのである。貨幣的手段を用いて労働力を統制し、管理できるとする彼の主張は、公共施設の建設による物資の間接的な統制手段の開発と相まって、戦時統制経済が達成した強制的な物資と労働力と業者団体の統制にかわる新しい統制手段をつくりだした。……ケインズの主張といい、その実験の場としてのニューディールといい、いずれも、戦時統制経済の特定の管理技術を形をかえて平時の不況対策に利用していることが特徴的であり、……本来、戦時統制経済における財政危機から発展した『矛盾の産物』であるものを、逆に、経済管理の手段として逆用したものである。……国家独占資本主義の発展過程は、(1)第一次対戦中の戦時統制経済の時期、(2)1929年恐慌を頂点とする戦時統制経済の管理手段を不況対策に転用する時期、(3)1939年から第二次大戦、朝鮮、ベトナム両戦争を含んで、今日にいたるまで、直接的な戦時統制の体制と平時経済への戦時統制手段の転用とが結合し、併用されている時期、の3つの直に区分することができるであろう」(島・宇高・大橋・宇佐美編『新マルクス経済学講座3 帝国主義と現代』有斐閣、1972)

 マルキストでもなんでもない、イギリスの史家テイラーは『イギリス現代史』のなかで、このときのイギリスの様子を指して「戦時社会主義」とのべた。「その勢力は平時に緩和されても決して除去されることなく、やがて第二次世界大戦が再びそれを増大させた」(テイラー)。すなわち、国家が経済への全面的な介入を果たすシステム=国家独占資本主義は、戦時体制を起源としながら、平時にも採用される日常的な体制となったという指摘である。
 ドイツにおいてもやはり、当時の体制は「戦時社会主義」とよばれていた。
 むろん、それは統制によって軍需を源にした独占資本が統制によって高利潤を得るシステムであり、当時のドイツを描写した木村靖二『ドイツ史3』(山川出版社)は、「戦時経済体制は、当時の経済学者が指摘したように、『戦時社会主義』ではなく、実際には『戦時資本主義』にほかならなかった」とのべる。

 むろん、戦後の日本資本主義論においても、国家独占資本主義論は、主軸として扱われる。
 マルクス経済学の代表的な一人の議論をきいてみよう(共産党がもうけた「野呂栄太郎賞」の受賞者の一人である)。

「わが国の高度成長の特徴は、それが単に個々の企業の経済活動の合成結果として生じたのではなくて、政府みずからが先頭に立って音頭をとり、あらゆる手段を講じて企業の高度蓄積を援助し促進したところにある。……これにもとづいて、産業基盤整備から、労働力調達、生産、流通、貿易、金融、租税、価格、公共料金、対外援助、等々、経済の全分野にわたって企業の営利活動と高度蓄積を援助する政策が強引におしすすめられたのである。経済学にいう『国家独占資本主義』の政策体系である」(林直道『現代の日本経済 第二版』青木書店、1976)

 林は、この言及の後、具体的に、産業基盤づくりのための湯水のような財政資金投入、地域開発への自治体財政の従属、国家資金の大企業向け低利融資、逆累進の大企業優遇税制、大企業優遇の公共料金、日銀信用に支えられた銀行貸出と間接金融の問題をとりあげ、強蓄積を促進した国家独占資本主義の政策を論じる。

 もう十分だろう。

 冒頭にあげた、奥野・岡崎の指摘は、「自由競争的資本主義」から「独占資本主義」そして「国家独占資本主義」への移行をさしているにすぎず、国家独占資本主義をまず「戦時」の形でながめ、その戦時システムが平時にも応用されている、という古典的なマルクス主義の命題をいまさらに焼き直しているにすぎない。戦前と戦後が「国家独占資本主義」という共通項をもっているがゆえに、その淵源を「戦時経済」にみるというのは、常識に属する議論である。

 だからこそ、ヤーギン&スタニスローが、現代を「国家の経済介入からの退場」として描くのは、この認識を裏返したものなわけで、それはことさらに「日本的問題」などと騒ぐ問題ではないのである。

 むろん、こうした資本主義共通の問題にくわえて、「特殊日本的問題」というものがある。
 ぼくは、この本を自主ゼミで読んだとき、第5章(「日本的」労使関係)を担当した。そこでは、終身雇用や年功賃金、企業別組合などが「日本的なるもの」としてとりあげられ、その淵源を例によって戦時体制に求める、という方法がとられた。
 しかし、たとえば、この問題は、渡辺治が『「豊かな社会」日本の構造』(労働旬報社、1989)でとりあげたように、産業別組合による戦闘的労働運動が戦後の一時期展開され、それが総評などの形で根強く残っていくという側面が日本にはあり、民間大企業で企業別組合の潮流が制覇していくのは、1960年代になってからである。
 このような中断を、十分に本書の説では説明できない。

 また、日本農業は過保護のために零細が残っているとしてその現状を批判し、「立ち遅れ」の原因として、本書は食管制度と農協に攻撃の照準をしぼる。
 しかし、本書があげている「過保護」の指標は、総合名目保護率=(国内価格評価農業産出額−国際価格評価農業産出額)/国際価格評価農業産出額、というもので、国際価格にくらべて高いというだけの話にすぎない。そこには、独占資本が売りさばく農業資材・機械の破格の高コストや、単純なレート比較の危険性ということは、考慮に入れられていない。そもそも、それほどに過保護でオイシイ職業ならば、農家数が激減していいっていることは説明がつかないと単純に思うのであるが。
 たしかに食管制度や農協組織が戦前の継続であるという側面は否定できない。
 しかし、日本農業全体を特徴づけたとき、戦前の広汎な寄生地主制が解体され、自作農が大量に創出されたこと。そして日本資本主義はこうした貧困から解放された大衆の購買力をひとつの基盤にして発展しつつ、同時に、まともな農業発展ではなく、農業基本法による家族農業の解体と大量の低賃金労働力の産出をねらってきたこと――こうしたことこそ見るべきではないのか、と思う。
 規模拡大という戦略が一貫して成功しないのは、そのようにしても農業でやっていけるメドがたたないからである。農業人口も農地も激減し、農業自体が衰退にむかっている背景に財界の要求(そしてアメリカの農産物開放要求)があることこそ、主要な問題ではないのか。

 ちょっと話が脇道にそれたけど、本書については、「現代の経済システムの源流は戦時経済にある」というのは、まあそりゃそうだけどね、と思うということ、そして個別のシステムの研究については大いに参考にはなるが、労使論や農業論などは「?」と思う部分が少なくないこと(神野の税・財政システムの研究は個人的には勉強になった)を感想としていだいた。

 個別的研究であげられている個々の事実はたいへん参考になったし、これからも利用できるものがたくさんあったと思う。それだけでも読んだ価値は大いにあった。結論や理論化した部分は、率直にいってあまり刺激的ではない。


 本書の終わりに書いてあるゲーム理論や、経路依存性の問題なども、「だからなんだっつうねん……」という疲労感以上のものは感じなかった。


 本書の結論として、システムは相互に連関しあっているのだから、個別に変えるんじゃなくて、全体を「せいのっ」という感じでやらないとダメですよ、とのべる。

 だから、それが革命だろうがよ。


 ぼくはことさらに、ケインズ的なるもの=国家独占資本主義を擁護する気もないし、その攻撃に加担する気もない。市場化する部分は別にあっていい。「市場工学」といってもいいと思うのだが、経済のある部分に市場を組み合わせて活性化するなら、それを導入すればいいのだ。そのどの部分に導入するかということに、社会が知恵を働かせればいいのであるから。
 しかし、前にも書いたとおり、それが全体を覆う、いわゆる「小さな政府」になるのだ、ということはただの安手の宣伝文句以上のものではない。前にも書いたことであるが、たとえば、小さな政府になったというイギリスやアメリカの社会保障における公的支出分は日本の倍以上もあるという事実を「小さな政府」論者はどう説明するのか(国民所得比)。
 ケインズ的なものを「なかったことにして」経済運営ができるはずがないのである
「サミュエルソンは、新古典派の前提が成立するには、ケインズ政策がワークしなければならないと考えている。いわば、ケインズ政策を土台にして、そのうえで新古典派の成長論や一般均衡理論を論ずるという“二階建て”の構造になっているのです……1930年代の恐慌や40年代の資本主義の激動期を経験せずに育った新古典派的な経済学者の中には“二階建て”の構造を意識せずに論文を書いたり、学生に講義をしている人が、かなりいます。こういう人々は、理論的な面ではむしろマネタリストと同陣営ではないかと思う」(置塩信雄『経済学と現代の諸問題』大月書店)


 国家独占資本主義の淵源を戦時体制にみるのはけっこうであるが、それを「なかった」ことにはできはしない。せいぜい、それは、いまある社会保障予算を削減するために使う宣伝文句なだけである。



岡崎哲二・奥野正寛編
植田和男・岡崎哲二・奥野正寛・尾高煌之助・川越俊彦・神野直彦・寺西重郎・米倉誠一郎
『現代日本経済システムの源流 シリーズ現代経済研究6』
日本経済新聞社
2004.12.29感想記
※参考文献:不破哲三『レーニンと「資本論」』(テイラーの引用)
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