読んだ本などの短評 2008年上半期

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池谷理香子『微糖ロリポップ』

微糖ロリポップ 1 (1) (りぼんマスコットコミックス クッキー) 少女漫画を読んでいてますますノメリこめない自分を発見してしまうことが多い今日この頃であるが、『微糖ロリポップ』は久々に気持ちを入れながら読むことができた。

 ふたつ要因があると思っていて、一つは主人公である女子高生・円(まどか)の快活さが上滑りでなくてとても自然だということ。あるいは、中学生の彼氏(知世・ともよ)にたいする悩み方とか、同級生の小野を気にする気に仕方というものも、細やかで説得的に描写できている。
 いまの少女漫画をみると、どうしても「上滑り」や「(作者の勝手な)陶酔」みたいなものばかり読まされている感じがしてしまうのだ。作者自身が思い入れて描く、というのは大事なんだろうけど、それが上滑りなノリとか、読者おいてけぼりの陶酔では困る(しかし当の少女たちには人気があるんだから、おいていかれているのはぼくのようなエロ中年男だけかもしれないが)。その点、池谷のような「ヤングユー」も経由してきている作家の場合、安心して読める。

 もうひとつの要因は、4巻で押し入れから円が服をぬぐ姿を見て(美しい形で)なまめかしさを感じてしまう知世的視線とか、男子高校生と寝てしまう美人の母親とか、男性の欲望目線にシフトできて急激に生々しさが随所に出てくる感じがまたいい。
 もともと本作の連載誌である「Cookie」という雑誌の対象年齢は「少女漫画」よりもやや高めのところにされてるんだから当たり前だろといわれそうであるが、そうであるにしても、円に感情移入もしながら、同時に男性的な視線でも楽しめたという点ではなかなか期待をもたせる漫画ではあるのだ。
 池谷は長編は苦手だ---ぼくはそう思っているので、最後までこの調子できちんと話をまとめてくれれば、と切に祈っている。

(集英社リボンマスコットコミックスクッキー/1〜4巻/以後続刊/2008.6.6記)



瀧波ユカリ『臨死!! 江古田ちゃん』3

※1巻の感想はこちら


臨死!!江古田ちゃん 3 (3) (アフタヌーンKC)  1巻であれだけ話題になったものが、3巻においてこれだけのテンションを出せるというのはなかなかすごいことだと思う。1巻をくさしていたつれあいも、3巻で大笑いしていた。

 1巻を読み直すと、1巻の最初はやはりカタい。面白くないものも一定量まじっている。しかし、3巻は精度が高い。どれも面白い。そしてわかりやすい。
 より「体験談」的なリアルさが前面に出てきている感じ。イベントの会場整理バイトでチカンの腕をもったまま警官の到着を待つとか、イラン人「モッさん」の日本人客の懲らしめ方とか、道端でお見合いパーティーに「人が足りない」という理由で勧誘され入ってしまう話などがツボ。逆に、4コマ目がフトンの中で「都合のいい女」という形でオチるタイプの話はけれん味が強すぎてあまりぼくの評価は高くない。
 「体験談」的なリアルさは、そのままブログ的な面白さで、1巻でもテレオペの仕事のエピソードやワークショップでキレる講師に対峙する話などが圧倒的に面白い。この路線だと思う。

 「体験談」的という点では、江古田ちゃんがときどきやっているヒマつぶしの遊びが甚だしく楽しそうで、一度はぜひやってみたいものばかり。1巻では自分の友人の相関図をつくっていくうちに、無意味に関係を強化する建設的な計画を立て始めてしまうというのが愉快であったが、3巻では「今からすれちがった5人目の人が運命の人」という遊びがキタ。誰もいっしょに遊んでくれないので、職場に行く途中、自分の心のなかでその遊びをやって一人で笑いをこらえています(朝の駅頭というのに、高確率でおばさんにヒット。いまのつれあいを捨てて、その人となぜいっしょになるかなどのストーリーをいろいろ想像してしまう)。

(講談社アフタヌーンKC/以後続刊/2008.6.3記)



若松孝二『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』

若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
 同名の映画を見たかったのに東京でしかやっていないのでがっくりしていたのだが、福岡での上映があるというので、タイミングよく来福した母に娘をあずけ、つれあいといっしょにとんでいった。映画自体の感想はまた別の機会に。

 パンフレットを買ったのだが、パンフじゃねーよな、これ。200ページもある。朝日新聞社から出ている(ふつうに本屋で買える)。
 資料的に貴重だったのが、事件の当事者で無期懲役判決をうけた吉野雅邦の手紙が載っていること。
 「かつて全面的に否定し、打倒すべきと考えた日本の社会体制が、一応、基本的には、民主主義体制として国民の支持するもの、と思えたことから、まず、私に科された刑を素直に服すること、つまり法的責任を果たすことが最優先の務めであろう、と考え、真剣に、全力で、作業や日課等に取り組んできました」とのべ、早岐・向山の殺害や「内妻」だった金子をなぜかばわなかったのか、などを書いている。いままで手記を出さなかったのは収監の身であるから厳しい謹慎が必要だと思っていたからだ、などの事情も記している。

 もう一つは、07年の「ロフトプラスワン」での塩見孝也(元赤軍派議長)・植垣康博(元連合赤軍兵士)・平野悠(ロフトプラスワン店長、ブント出身)、そして若松によるトークイベントの収録。
 三者に緊張関係があるので、どんなトークになるのかと思って読み始めると、すぐに平野が植垣を怒鳴りちらす。「その前に植垣さん、あんた、そんなニコニコして言う話じゃねえだろ!」「日本の運動をだめにしたってことがわかっているのかよ!」。しどろもどろっぽくなる植垣。
 他にも、下獄すると植垣は永田とともに塩見に接近しやがて離反していくわけだが、このトークではその塩見と植垣のバトルも炸裂。「もういいよ。塩見さんは連赤と関係ないんだから」「その通り」「いいですよ、塩見さんは聖人君子なんだから。当時の連赤と関係ないんだから。別にそれ以上言う必要はないよ」。
 事件から36年がたち、年を経て落ち着きが生まれるのかと思いきや、ほとんど学生時代の感性そのままで粗野なやりとりをしているのに、苦笑を禁じ得ない。つうか大笑いした。
 当事者たちが今どう考えているか、新左翼運動にかかわった人々があの事件をどう見ているかが、むき出しの感情とともにわかるトークである。

(朝日新聞社/2008.4.2記)



きら『パティスリーMON』6

パティスリーMON 6 (6) (クイーンズコミックス)
 山崎音女は、ホームページで自分でつくったお菓子を披露するのが趣味の26歳。失業中である。音女が街の、しかしなかなか本格的なパティスリー(ケーキ屋)につとめることになるという物語である。

 主人公の名前が「オトメ」というだけあって、槇村さとるあたりが読んだら卒倒しそうな、大甘な「おとめちっく」全開である。意識的にこうした世界設定にしたのだろう。
 何がって、たとえば音女はブログで自前の菓子作品を出すだけあって、才能の原石はあるので、気難しいイケメン店主も一目おかざるをえない。「お菓子とかつくれる職業になれたらいいなー」とかいう、文字通り「夢みたいなこと」を非常に低いハードルで実現してしまうのである。さらに、そこにはかつて家庭教師にきてくれて、音女が淡い恋心をいだいていた「先生」がパティシエとして一緒に働いてくれるのだ! 

 そして職場の人間関係たるや、まるで羊水のなかにいる胎児のように、甘いまどろみのなかで音女のパティシエ「修業」は続いていくのである。いや、「厳しく」教育されるという話も、多少はある。しかし、『バンビ〜ノ!』みたいに、どやされたり、殴られたりするような過酷な修業は何一つない。普通の職場よりもずっと低いストレスである。
 しかも、無愛想なクール店長か、あこがれの「先生」か、あたし迷っちゃうなどという設定、完全に少女漫画である。6巻において店でバレンタインのチョコを買った音女の内語的セリフ「もうやだー! 絶対誤解されてるー!! お母さんのバカー!!」って、おまいは本当に26歳ですか。どうみても女子中学生です。本当にありがとうございました。

 しかし、それはまさに虚構の醍醐味である。こういう夢のような職場で働きたい、と思わないではない。人間関係ストレスは異様に低く、職場はまるで女子中学生の頭の中みたいにドキドキ! っていうのは存外楽しそうである。その楽しさにだまされて、ぼくは6巻まで買ってしまっているのである。中学校の教室みたいな職場で働きたいよなあ、みんな!

 無愛想・クールという少女漫画の黄金パターンの男性主人公・大門についても、微妙な温度設定で描くことに成功している。

(集英社/クイーンズコミックス/1〜6巻/以後続刊/2008.3.4記)



安全ちゃんを政治指導する!

 「安全ちゃんのオルグ日記」のこの↓エントリ。
「これが、革命的オリーブ少女主義者同盟演説の動画だ!」
http://d.hatena.ne.jp/anzenchan/20080227/1204115637

 野暮を承知で政治指導いたそう。
 まず、テキストはなかなかの出来映え。下から5行目の「わたしたち」を「われわれ」にすればパーフェクトであった。
 いくないのは、発音・発声である。こうだ。
「すべてのォ! オリーブゥ! 少女諸君! われわれはァ! オリーブのォ! 廃刊! 言論弾圧にィ! 断固ォ! 抗議するゥ!」
 つぎに所作。「トラメガ」(ハンドマイク)のマイク部分をトマトかなんかで作って、2〜3個まとめて持って、かぶりつくように口にあて、陶酔するように絶叫するのが重要なポイントだ。今のままではバナナの叩き売りである。

 服装。タオルはしていただきたかった。後ろのタテカン文字も「オザケン」の部分はまあかろうじて及第点をあげてもいいが、「有理」の部分は落第である。頭を重く書き、ヨコ線を太く、タテ線を細く書くのだ。
 そして、バケットで漏れみたいな反オシャレ勢力をゲバり、『ヘッド博士の世界塔』を「ロリポップ・ソニックと連帯しましょう!」と言いつつビラのようにして日比谷野音前で配ってほしかった。

 しっかり総括せよ!



伊藤伸平『子はカスガイの甘納豆』1

 漫画家の伊藤とおだぎみを夫妻の子育て漫画。「オタクの子供はオタクになるのか!?」などというオビにもかかわらず、全体としては至極普通の子育てエッセイである。

 が、これまで読んできた育児エッセイコミックのなかで、事実面ではおそらく一番シンクロ率が高い。というか、普通は事実をしぼりこむためにあれこれ切り捨てるんだろうけど、この漫画はそれをせずに赤ん坊の行動をいちいち描いているのでシンクロ率が高くなっているのだと思う。「寝返りで長距離を移動」とか「ハイハイせずに後退」とか「タオルケットでバリケード」とか「離乳食を食べさせるのにハマる」とか、まんまウチです。
 ここまで普通の描写だと、育児していない人にはまるで興味ない話だと思うんだが、大丈夫か。しかし逆にいえば、育児の経験がある人のみを想定読者にすれば、事実を細々描いた方が共感したりする率が高くなるという気もした。実際、ぼくはいちいち「あー、これウチとそっくりだ」と一つひとつ確認してしまったのだから。そういう手法もアリなんだなあ。

 巻末の妻のおだぎみをが描いた裏バージョンがこわい。っていうか、事故の事実がこわい。こわすぎるだろう。

(徳間書店/リュウコミックススペシャル/1巻/以後続刊/2008.2.25記)



吉野阿貴『シューカツ!!〜キミに内定〜』1

シューカツ!! 1 (1) (フラワーコミックス)
 就職活動でいっしょになった男は、実は自分の大学の大人気のイケメンだった……orz サブタイトルの「〜キミに内定〜」という諧謔の調子がBLっぽい(「〜恋はいつでもサービス残業〜」みたいな)。そういえば田原俊彦の「キミに決定」って小学生時代ものすごくよく聞いた歌謡曲の一つだったなあ。

 主人公の女子学生は面接などの就職活動50連敗。実はディスカッション中、けっこう鋭い意見も言うのだが自信なさげなために誰も彼女の価値に気づいてくれない。そんなときに、「本当の私」に気づいてくれるのはこの男なのだ!
 「俺 誰ともつきあう気ないから」という男のセリフを主人公が物陰で聞くシーンといい、ぼくのつれあいによれば「何から何まで少女漫画の構造」。「昔の『りぼん』にこういう漫画あったよね」「いやー、いいんじゃない? こういう妄想漫画があっても。これはこれで」。
 妄想とご都合主義で話がつながれていくので、読む人が読むと怒り出すような内容であるが、何一つ裏切らない、黄金パターンの伝統美を見たいという人にはいいかもしれない。

 「りぼん」的主人公がそのまま就職活動やって、疲弊してテンパっている姿というのは、なんとなくそそるものがあるが、それは女性読者にはどうでもいいことだろう。

(小学館/プチコミフラワーコミックス1巻/以後続刊/2008.2.19記)



土山しげる『極道めし』

極道めし 1 (1) (アクションコミックス)
 刑務所の囚人たちが、正月のおせち料理を賭けて、自分がこれまで一番旨いと思った食事体験を語り合う漫画。食べ物を恋しがるシーンが多く、たしかにそんな食べ物に不自由する環境のなかでは、鯛の塩焼き、かまぼこ、伊達巻き、海老フライ、ミニカツ、昆布巻きなどという、現代日本では粗末に感じられるおせち料理さえ、うまそうに見えてくるから不思議だ。

刑務所の中 (講談社漫画文庫 (は8-1))  花輪和一『刑務所の中』でもマーガリンが「ヘロインなんかめじゃない」というほどに美味しいという体験をする話が出てくる。「空腹は最高のスパイス」という単純な真理を考えれば、刑務所の中という状況こそ実は最高のグルメ漫画が描けるのかもしれない。

 しかも語られるエピソードも、いわゆる美食系の話はあまりウケず、むしろありふれた食材やジャンクなものほどうまそうに聞こえるというのもヒネりがある。パインの缶詰のシロップを飲む話に喉を鳴らせてしまうなんてジャンクもいいところだ。

 劇画というものは性欲を描くことは不可能になったのではないかと思う。土山のタッチでセックスとか描かれると吐き気がする。これにたいして、食欲を描くためには、劇画はきわめて有効である。食材や料理をリアルに再現するだけでなく、状況をリアルに再現するということも兼ね備えられるからだ、ということを、この漫画で思い知る。あー腹減ってきた。たまごかけごはん食お。

(双葉社/1〜2巻/以後続刊/協力:大西祥平/2008.2.3記)