小学校6年の社会科教科書を読み比べる
――東京書籍と教育出版



 前回のエントリ「本当に『縄文時代の記述はなくなった』のか」を調べるついでに小学校6年で使われている社会科教科書(日本史の教科書)を読み比べてみた。シェアNo.1を誇る東京書籍『新編 新しい社会 6上』と、No.3の教育出版『小学 社会 6上』である。


 東京書籍の編纂思想というのは、非常に極端にいえば、「小学生が興味をわかせるであろう10のエピソード・歴史遺産に重点をしぼりこみ、そのエピソードをめぐる歴史を学ばせる」ということではないかと思う。
 これにたいして、教育出版の場合、9節に分かれてはいるのだが、こちらは「9つの時代区分がある」という程度の、いわば「目盛り」にすぎない。

 もっともこれを端的に表しているのは、聖武天皇の大仏建立であろう。

 教育出版の場合、「大陸に学んだ国づくり」という節のなかで、まず聖徳太子の政治があり、いわゆる「大化の改新」の記述はなく、次に律令国家(平城京)の記述へ移ってしまう。そして聖武天皇の大仏づくり、藤原氏の台頭と摂関政治へとすすんでいくのである。
 まさに従来的な歴史の、時系列での記述(編年体)になっていることがわかるだろう。

 ところが、東京書籍の場合、古墳時代の記述(大和朝廷の成立)がおわって新しい章に入ると、聖徳太子も律令国家もとびこえて、いきなり聖武天皇の大仏の写真が登場する。
 そして子どもたちに校庭に大仏を書かせたりして、大仏の大きさを実感させているのである。さらに、行基という民衆に人気のあった僧侶も利用して人民を大量動員したこと、日本地図をのせ日本中の金属資源、人的資源をフル動員してこの大仏をつくったことを子どもたちに叩き込む。
 ぼくも思わず見入ってしまったが、銅が499トン、すずが8.5トン、水銀が2.5トン、動員がのべ260万人という数字をみるに及んで、教科書に載っている子どもの発言ではないが「全国から人や物資を集めるなんて、天皇は、ずいぶん大きな力をもっていたんだね」とまさしく思わされてしまった!
 銅をまず採掘するだけでも大変であろうに、これを全国各地から集めさらに鋳造するわけだから、たしかにこれはすごいと改めて思ってしまう。

 きわめつけは、聖武天皇の詔の紹介だ。

〈このたび、人々とともに仏の世界に近づこうとして、金銅の大仏をつくることを決心した。
 国じゅうの銅をつくして大仏をつくり、大きな山をけずって仏堂を建て、仏の教えを広めよう。天下の富を持つ者はわたしである。天下の力を持つ者もわたしである。この富と力で大仏をつくることはむずかしいことではない。事業はやさしいが、しかし、その願いを実現させることはむずかしい。この事業に参加する者は、心をこめて大仏づくりに協力しなさい。役人はこの大仏づくりのために、人々のくらしをみだしたり、物などを無理に取り立てたりしてはならない。
 国じゅうにこのうったえを広めて、わたしの考えを知らしめなさい。〉(東京書籍前掲p.25)

 この詔は実は教育出版にも紹介がある。
 しかし、スペースがかなり小さいうえに、内容も次のとおりである。

〈仏教をますますさかんにし、人々を救うために、大仏をつくる決心をした。国じゅうの銅を使って大仏をつくり、大きな山をくずして大仏殿を建てる。そうすることで、人々とともに、仏のめぐみを受けたいと思う。わたしは天下の富と力を独占している。この富と力で大仏をつくるのである。
 一本の草、ひとつかみの土をもって、大仏づくりを助けたいと思う者には、これを許す。〉(教育出版前掲p.21)


 東京書籍の方のが、天皇が富と権力を独占している力強さが断然伝わってくるのではなかろうか。

 本文での記述も、東京書籍は詳述をきわめる。

〈大仏づくりのために全国から人々や物資が集められ、のべ260万人以上もの人々が働き、9年もの年月がかかりました。
 大仏づくりをおもに支えたのは、全国から集められた農民などの人々でした。また、僧の行基は、聖武天皇の命令を受けて、弟子たちとともに大仏づくりに協力しました。そのころ、人々のために橋や道、池や水路などをつくりながら仏教を広め、「菩薩」とよばれてしたわれていた行基の協力は、人々の力を結集するうえで大きな力となりました。
 大仏づくりには、すぐれた技術を持つ渡来人たちも活やくしました。〉(東京書籍前掲p.24)

 一見「260万人」や「9年もの年月」という記述は「余計な知識」のようにも思えるが、大仏づくりのすごさを実感させるには、教育出版のようにただ〈大仏づくりに必要な大量の銅や金、木材などの物資と、作業にあたる大勢の農民を全国から集めさせました。また、高度な技術をもつ朝鮮からの渡来人の子孫を、工事の責任者に任命しました。〉(教育出版前掲p.21)などという記述よりも、はるかに生き生きとしていることがわかるであろう。

 ぼくは、大仏建立については、小学校で習った時、仏教思想の影響の広がり、天皇中心の律令体制の早くもの動揺として感じ取った(もちろん当時こんな言葉で感じたわけではない)のだが、東京書籍の教科書では、大仏は「おどろくべき量の資源を動員できる天皇中心の国家体制」を実感させる道具として扱われている。

 記述が細かくなっていることは、単に知識量をふやすものではなく、「天皇は絶大な力をもっていた」という歴史観の補強に奉仕するためのものなのだ、ということがわかる。

 ゆえに、東京書籍のこの大仏づくりの最後は〈天皇は、どのようにして、このような大きな力を持つようになったのでしょうか〉(東京書籍前掲p.25)となっている。これは大仏のエピソードをこれでもかと読み込み、校庭に大仏の絵まで書かされた子どもたちにはごく自然な「感想」となって導かれるであろう(※教育出版でも大仏の大きさを実感させる工夫は出てくるが、東京書籍に比べてまったく扱いが小さい)。

 こうして、東京書籍の記述は、大仏建立からさかのぼって、「どのようにして天皇中心の律令国家体制ができたか」という記述にもどっていく。大仏建立のあとに、聖徳太子や平城京の話が来るのである。
 ゆえに、東京書籍のこの節の記述は「どのようにして天皇中心の律令国家体制ができたか」という視点で染め上げられている。教育出版にはない「大化の改新」の記述も(この言葉としては出てこないが)、天皇中心の体制をつくるための革新として必然性をもって登場するのである。

 こうした方式に異論がある人もいるかもしれない。
 しかし編年体の記述は、子どもの興味を奪う、歴史教育の鬼門ではないかという思いがどうしてもぼくには抜けない(歴史を必然性のうちにとらえるぼくの立場からしても、だ)。エピソードを中心に意欲をひきだし、そのエピソードを中心とした歴史の叙述という方法は、意外とうまくいくかもしれないのである。





東京書籍『新編 新しい社会 6上
教育出版『小学 社会 6上
2007.5.4感想記
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