伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』ふたたび



 「ユリイカ 詩と批評」誌(2006年1月号)の特集「マンガ批評の最前線」は、事実上、伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』の特集になっている。また、「論座」誌(2006年2月号)の「特集・マンガはいま」も冒頭の伊藤・夏目房之介・竹熊健太郎の座談は、やはり伊藤の同書の意義を論じようとしたものだ。

テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ  だが、この本(伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』)の漫画評論における意義がどのあたりにあるかは、これらの特集からは正直わかりにくかった。ただし、それは無意味な特集だったということではなく、「わかりにくかった」という意味であって、ぼくとしてはそれを考えるうえで、さまざまな刺激をうけた。

 ぼくは『テヅカ・イズ・デッド』についてすでに感想を書き、大塚英志『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』との比較でも書いたが、いまこうした特集を読んでみて、自分なりに『テヅカ・イズ・デッド』のもつ意義について、感じたことを書いておきたい。



普遍的で共通した要素を使う

 伊藤は、これまでの漫画評論の一部が手塚を起源とする漫画のモダンにとらわれた、素朴な近代中心主義の読みになっていると批判し、漫画の構造を解きほぐして共通普遍の分析言語をさがしだすことによって、手塚起源のモダン以前と以後を見通せるような表現史をめざした。

 こういう比喩を使うのはアレだが、マルクスは史的唯物論を組み立てたさいに、生産諸力、生産諸関係、土台、上部構造、などといった「普遍的」な共通の要素で社会の構造を語り、その発展をもって歴史を論じた。伊藤は、「キャラ」「コマ構造」「言葉」といった普遍的な共通要素(レイヤー)に漫画を分解し、それをつかって、漫画表現の「歴史」を描こうとする。
 ただ分解しただけではない。先行の夏目房之介も漫画表現を要素に分解したが、伊藤のユニークさは「キャラ」に注目し、「キャラ/キャラクターの区分」によって、そこに歴史的な視点をもちこめるようにしたことにある。これは伊藤が告白しているように、先行する大塚英志の「手塚によって内面をもち、傷つく体をもつ記号的身体が開発された」という視点と重なっている。

 伊藤『テヅカ・イズ・デッド』の意義は、ここにある(大塚の意義もそこにあるといえる)。

 伊藤は同書のなかで、

「作家たちが個別に意識したものに対し、それを世代を越えた普遍性へと開く分析的言語を持って切り込んでいくことが、ここでは必要とされる」(同書p.280)

とのべている。
 かくして、手塚を起源とする表現を、無自覚に前提とする批評の言葉は失効し(その意味において「テヅカ・イズ・デッド」である)、手塚的なものを起源とする漫画の「モダン」以前と以後を見通せるようになった、と。すなわち、キャラクターは漫画表現における固有のものではなく、手塚の登場とともに生まれた歴史的なものであるというわけだ。マルクスのひそみにならうなら、近代中心主義者たちはその歴史性に気づかない、と伊藤は批判しているのだといえよう。

 ぼくは、依然として、伊藤流の「モダン/ポストモダン」の区分には反対であるし、伊藤の理論にとってもその区分は余計なものだとは思うが、伊藤の同書が、漫画表現の構造を明らかにして、手塚以前と以後の意味をクリアにしたことは業績だと感じている。




マルクスと比較する

 ぼくは前に、“伊藤が同書でおもに論じた表現論は漫画研究と漫画批評の一つの方法・分野にすぎない”、とのべたが、同書は決して表現論のなかだけに閉じているものではない。たしかに伊藤が『テヅカ・イズ・デッド』のなかで論じたのは、おもにキャラ/キャラクターの区別、フレームの不確定性など、漫画の表現そのものにかかわる部分だった。いわば表現論にかかわる部分である。
 
 しかし、同書の第2章で複雑すぎると思われるほどの「図」を使い、伊藤は漫画表現だけではなく、「ジャンル」「社会的環境」にまでモデルの視野を広げ、伊藤の方法が決して漫画表現のみのうちに閉じずに、「社会のなかでの漫画」という視野へ開かれていることを示している。

 伊藤は次のようにのべる。

「このトータルなシステム論的スキーマの導入により、かなり多くのことがクリアに見えると考えている。……中略……かくして、表現論、受容論、テクスト論、作家論、反映論は、お互いに――それぞれの論としての手続きが妥当なものである限り――無矛盾なものとして接合される。。……中略……なぜならば、『読者』である私たちも、『作者』も、マンガに関わるすべての者が、『社会』と無関係に生きているのではない以上、等しく自身を『環境』に対する処理装置とし、処理の結果生成物を残している。そして、それはときに『作品』と呼ばれるのである。また、ここでは『表現論』の側から『反映論』へと接続するという論理を展開しているが、逆のロジックもまた可能である」(p.74〜75)

 こうして伊藤は実際に、『ヒカルの碁』を作品評してみせ、さまざまな観点の議論を接合した評論を自分でやってみせる。

 伊藤が漫画作品の構造を共通要素に分解し、解析してみせたことで、漫画の表現論のみならず、最終的には社会全体における作品の立ち位置まで論じられるツールの試作品が提供された、といえる。

 伊藤の研究が、表現論の要素分解をしたことと、社会のなかに作品をおくことは、どうかかわっているだろうか。


 伊藤の方法をマルクスの経済学の方法と比較してみたい。
『経済学批判』への序言・序説  マルクスは『経済学批判』の序説のなかで、自分の方法についてこう語っている。

「われわれが与えられた一国を経済学的に考察する場合には、われわれはその国の人口、その人口の諸階級への分布、都市、農村、海洋、種々の生産部門、輸出入、年々の生産と消費、商品価格、等々から始める。/実在的で具体的なもの、現実的前提をなすものから始めること、したがって、たとえば経済学では、社会的生産行為全体の基礎であり主体である人口から始めることが、正しいことのように思われる。しかし、もっと詳しく観察すれば、これはまちがいだということがわかる」(マルクス「経済学批判への序説」/国民文庫『経済学批判』p.293)

 つまり、目の前にあるものから始めるのは、正しいようにみえて正しくない、というのがマルクスの言っていることである。そして次のようにいう。

「人口は、たとえば、それを構成する諸階級を無視すれば、一つの抽象である。この諸階級というものも、諸階級の基礎になっている諸要素、たとえば賃労働、資本、等々を知らなければ、やはり一つの空語である。賃労働、資本、等々は、交換、分業、価格、等々を前提する。たとえば、資本は、賃労働がなければ、価値、貨幣、価格、等々がなければ、なにものでもない。だから、もし私が人口から始めるとすれば、それは全体についての一つの混沌とした表象であろう。そして、もっと詳しく規定することによって、私はだんだんもっと簡単な概念について考えついてゆくであろう。表象された具体的なものから、だんだん稀薄になる抽象的なものに進んでいって、ついには最も簡単な諸規定に到達するであろう」(同p.293)

 目の前に見えるのは諸要素がからみあい、混沌となってあらわれている豊かな現実なのだから、それをそのまま見ているだけは本当のことはわからない。目の前の表象を形づくっている要素に分解していっていちばん根本にある要素にたどりつくよう「分析」せよ、といっているのだ。
 古典派が目の前にある「利潤」「地代」「労賃」などから始めてしまった結果、見かけにまどわされ、これらの学派は豊かな遺産を生み出しながら、理論的には破産してしまった。
 だから、マルクスは「最も簡単な諸規定」である「商品」にまでさかのぼり、『資本論』の叙述は、そこから始まっている。

 このマルクスの謂いは、伊藤の石子順批判と相似形をなしている。
 伊藤は『テヅカ――』のなかで、石子が漫画ってそんなに小難しく読むようなもんなのか、と言ったことにたいして、漫画をかんたんに読めてしまうようなものとしてそのまま読んでいれば、内側の構造はわからない、と批判した。
 漫画は「面白い(あるいはつまらない)作品」そのものとして、ぼくらの前に投げ出されている。それをそのまま受け取って読もうではないか、というのが石子の立場で、これはマルクスでいえば表象のまま受け取ることを意味する。
 伊藤は、そのままうけとるのでは漫画を批評することにはならない、とする。マルクスにならっていえば、最も簡単な規定に到達するまで分析・「下降」をつづけよ、といいたいわけである。

 もちろん、諸要素に分解したものは、もう一度総合されなくてはならない。マルクスは、先の引用に続けて、こうのべている。

「ついには最も簡単な諸規定に到達するであろう。そこでこんどはそこからふたたびあともどりの旅を始めて、最後にはふたたび人口に到達するであろう。といっても、こんどは、一つの全体についての混沌とした表象としての人口にではなく、多くの規定と関係とをふくむ一つの豊かな総体としての人口に到達するであろう」(マルクス前掲書p.293〜294)

 伊藤が表現の構造として要素に解体したものは、もう一度総合されて、批評や研究としての総合的な叙述へととりもどされねばならない。伊藤は漫画批評の広大な分野のうちの、表現論にかかわる部分だけの解体(マルクスの言い方を借りれば「下降」)をおこない、そこで普遍的で共通した要素に還元してみせたのである。

 マルクスは、古典派経済学者たちの仕事は、けっきょく目の前の混沌とした表象から、分け入って分け入って、抽象的な要素を見い出していくことが精一杯で、そこで終わってしまったとのべている。

「第一の道〔目の前の混沌とした表象から抽象的な要素に下降していくこと――引用者注〕は、経済学がその成立にさいして歴史的にたどってきた道である。たとえば一七世紀の経済学者たちは、いつでも、生きている全体から、すなわち人口、国民、国家、いくつかの国家、等々から、始めている。しかし、彼らは、いつでも分析によっていくつかの規定的な抽象的な一般的な関係、たとえば分業や貨幣や価値などを見つけだすことに終わっている」(マルクス前掲書p.294)

 漫画表現論が苦闘しているのは、まさにこの古典派の苦労であろう。伊藤の『テヅカ――』が社会にかかわるモデルを用意しながら、表現論のみを論じることで終わっているのは、それが精一杯だからである。しかし、それはどうしても必要な作業であった。

 ぼくは、「キャラ/キャラクターの区別」をもちいた点については伊藤のモデルに賛成する(このモデルの下敷きには大塚英志の先行評論があるわけだが)。もちろん、伊藤がしめした漫画作品と社会との関係のモデルにも同意するが、これはマルキストのぼくならずとも、いわば「常識的」なことが書かれており、あえて賛意を表明するまでもない(「フレームの不確定性」という概念については、いまだよく評価できない点がある)。

 ただし、ここまで学術的な体裁をとる必要があるのか、という思いはある。

 大塚英志の記述は、伊藤ほど学問的体裁をとらない。伊藤の「キャラ/キャラクターの区別」に先行する「葛藤する内面をもち、傷つく体をもった記号的身体」という概念をさくっと示したのち、戦前から戦後にいたる社会のなかでの漫画の立ち位置にいたるまで一気に「上昇」していく。
 いわば伊藤がマルクスの方法でいう「下降」(分析:具象→抽象)を一瞬でおこない、また一瞬のうちに「上昇」(総合:抽象→具象)までやってしまっている。
 漫画批評としての「総合性」は、伊藤よりも大塚のほうにある、とぼくは思う。



漫画研究の隆盛、漫画を「啓蒙できる技術」にすること

 伊藤がここまで念入りに概念構築やアカデミックな仕上げをしていくのはなぜなのか。
 伊藤のように「普遍化」をめざす欲求の背景の一つには、漫画を対象にした学問研究の隆盛があるだろう。マンガ学会ができて、講座をひらく大学も出ているが、学問としての共通基盤・基礎がなければ、それこそ、この特集でササキバラ・ゴウがのべているように(あるいは『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』で大塚英志がのべているように)、有名な漫画家や評論家を「客寄せパンダ」として呼んで、雑駁な話をさせて終わり、ということになりかねない。

 美術や音楽は大学が確立し、そこでは厳格に理論化された「基礎」が教えられる。
 わざわざ、さそうあきらから引用しなくてもいいけども、『マエストロ』にはこういうくだりがある。

「指揮の方法として有名なのは
 小沢征爾の先生として知られる斎藤秀雄の『斎藤メソード』だ
 棒の動きを
 たたき しゃくい はねあげ 引掛けなどの
 図形の描き方に分類――
 それに応じたスピードや表情の練習曲が用意されていて
 学生は主にピアノにむかって
 指揮の勉強をくりかえす」

 オーケストラの指揮なんて気分やノリのように思えるが、そこにさえ苦労してあみ出された共通言語としての「教育法」がある。

 この「ユリイカ」の特集の巻頭の座談に参加している伊藤剛、宮本大人、夏目房之介は3人ともマンガ学会とのかかわりがあり、もっといえば「漫画を教える」「漫画を学問として研究する」という立場にある(この特集のなかでも、伊藤は自分が専門学校で漫画の描き方を言語化する苦労について話している)。ちなみに、「論座」誌2006年2月号で伊藤や夏目と座談している竹熊健太郎も、多摩美術大学で漫画(史)を教える立場にある。

 伊藤らの「普遍的な解析言語」をきずく努力は、今後ますます美術や音楽のような厳格な研究・教育のメソッドを確立する方向へ先鋭化していくだろう。

 研究や教育のために、ますます「開かれた分析的言語」として先鋭化していくことは、ひょっとしたら大塚英志が「啓蒙できる、中立化された技術(漂白された技術)」と皮肉るかもしれないし、ぼく自身もこれほどまでに学術的体裁をとる必要があったのかと感じたことではあるが、ぼくは、伊藤の仕事自身は一つの大事な成果だと受けとめたい。




伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』(NTT出版)
ユリイカ 2006年1月号 特集 マンガ批評の最前線
ユリイカ 2006年1月号 特集 マンガ批評の最前線

この感想への意見はこちら

メニューへ戻る