冬目景『イエスタデイをうたって』4巻 1〜3巻の感想はこちら | 『僕らの変拍子』の感想はこちら 待ちに待っていた巻。条件反射的に買った。 すべての人間関係が成就しない片思いのベクトルでまとめられる。作者の思い入れある情景を切り貼りのようにつないでいく――これらの点で、ぼくは、冬目の本作を、羽海野チカ『ハチミツとクローバー』と構造が似ているなあとつねづね感じており、以前、このホムペでも比較したことがあった。 4巻で描かれる、ハルがにぎってきたおにぎりが「ゲテモノ」であるというくだりは、『ハチクロ』のあゆ&はぐのゲテモノ料理のエピソードに酷似しているものの、ゲテモノをにぎってきた張本人の能天気ぶりとそれを食べることで愛情を表現するという点では、冬目の造形は、羽海野のそれには残念ながらおよばない。 1〜3巻で書いた冬目への評価は基本的にはかわらない、というのが実感だ。 しかし。 4巻は面白かった。 ぼくは2日間ばかり遠出していたのだが、この冬目の『イエスタデイをうたって』4巻と『資本論』ばかりをひたすら(くり返し)読み続けていた。 とくに、主人公であるリクオの元彼女・柚原の造形に愛着をもってしまった。 先に苦情めいたことを書いておけば、残念ながら、冬目が想定した柚原のキャラ設定には不自然さがある。物語では柚原は、チャランポランなやつで、だれとでも「つきあって」しまうために、まわりのオトコたちのあいだでたえず諍いがおきる。高校時代は「被害者の会」が結成され、いまはバンド仲間で(バンドの人間関係の)「破壊王」という異名をとるほどだというのだ。 しかし、そうやって登場した柚原、たしかに「誰とでも寝る」「つきあう」といういい加減さがまず感じ取れるのだが、柚原には媚びがない。それがなければ、ぼくはおそらく「被害者の会」をつくられるほどであったり、「破壊王」と異名をとるほどにはならないであろうと思うのだが。媚びがあって自分に愛情を注いでいるかのようなフリをするから、むけられたオトコは馬鹿なので勘違いして怒るのある。経験者が語るのであるから間違いない。 なるほど、最初にリクオの家に転がり込むためにおがみこむ様子は描写されるが、それは「媚態」ではなく、窮余の生活の知恵でしかない。 さらに、かすかな嫉妬を感じてアパートをのぞきにきたシナコにたいし、誤解させたままにせずに柚原に後を追わせてしまったのは、冬目が柚原をそういうふうに造形しきれなかった「やさしさ」の現れであろう。 柚原が窓辺でダルげにタバコをすっている様は、コケティッシュさとは縁のない、さばけた、こだわりのない(つまりチャランポランなのであるが)、ある意味でオトナの女性である。 ぼくには、それがとてもよかった。萌えました。 冬目は短編でもこうしたある意味「チャランポラン」な、見方を変えれば「さばけた」女性を描いているが、実にうまく造形できていると感じる。冬目が描く、メンドくさそうにタバコをくゆらす女性は何度見ても様になっている(ちなみにぼくは現実の喫煙は大嫌いで、できれば社会全体に禁煙法を敷きたいくらいである)。 あの、まあ、ぼくは、オトナな女性に弱かったりメロメロだったりするのであるが、世捨て人のような執着のなさや諦観に知性を感じてしまうぼくは、あの、病んでますでしょうか。 ダルげに窓をみつめる柚原。 面倒くさそうに転職のてん末を話す柚原(「ありがちありがち」というセリフと眠そうな目がまたいい)。 置いてくれと頼み込むだらしのない柚原。 たいへんよろしい! なお、4巻全体がよかったのは、冬目が、情勢を「動かした」からである。 1〜3巻まで、登場人物たちは(ハル)以外はさして歩み寄りもせず、自分たちの思いの周辺をぐるぐると回っているだけであった。とくにシナコが死者をみつめるまなざしはどうしようもないほど不毛で、物語的にも沈滞感しかもたらさなかった。 しかし、4巻では「動いた」。 さきほどケチをつけた「おにぎり」のシーンでは、リクオがハルのにぎったおにぎりをたべようと手をのばすときに、シナコがリクオを見つめる冷たい目がいい。 「ふーん、食べるんだ、あ、そう」 とでも言いたげな、抑制のきいた嫉妬が、もーたまんない。 ハルとシナコが共同してリクオのアパートを訪ねて、居候している柚原を勘違いし、嫉妬するというパターンも、ラブコメのオーソドックスではあり(ついでにいえば、鼻緒で足がすりむけたハルを背負うリクオもラブコメの王道である)、そこはかとなく『めぞん一刻』っぽいすれ違いを感じさせるのだが、そこでシナコやハルが定石どおりに嫉妬に狂うという様も、ぼく的にはゾクゾクしました。 柚原を投入した以外にも、巻全体として、シナコやハル、リクオがそれぞれ距離を大幅に縮めたり離したりするという躍動感がある。 とりわけシナコの気持ちがリクオに少し近づいてくるたびに、「ああ…」とイイ気持ちになってしまうのはぼくだけではあるまい(え、ぼくだけ?)。 客観的に見れば、俗なラブコメへ接近しただけかもしれないが、ぼくとしては淀んだ作品の空気がかき回されて新鮮になったような気がした。 冬目は、止まっていたキャラたちをとにもかくにもこの巻で動かした。 恋愛に関してだけではなく、湊がハルに告白しフラれてしまいながらも写真家としての道を歩み始めることや、柚原が置き手紙で自分がピアノをつづけていくことを匂わせる一節を入れていることなど(そしてまたリクオがプロの写真家のもとでのバイトをはじめる)、それぞれの「生きたか」についても前へふみださせた。 冬目は、ずっとこうした「躊躇する生きざま」をえがき、それはたいてい、ぐるぐると円運動をしているかのようにはた目にはほとんど前進がない。ようやく動いたと思ったら、それはわずか半歩にすぎなかったりする。しかし、その逡巡が描けることこそが冬目の魅力でもあり、その周辺に浮遊するファンたちのツボなのであろう。 そう考えてみると、冬目がこの4巻で、動かした距離はかなり大きなものだと思う。 この調子でやってほしい。 他方、『ハチクロ』はその点で甘えている。羽海野はあのまま無限に「情感をさそう情景」と「ギャグ」をくり返し、終わらない歌を歌い続けるつもりなのか。 集英社 ビジネスジャンプコミックス |
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