都市交通適正化研究会
『都市交通問題の処方箋』



 いま首都圏では巨大な三つの環状道路が建設されている。
 都心を走る中央環状、23区と多摩の境を走る外郭環状道(外環)、都心から60キロ程度を半径とした首都圏中央環状道(圏央道)の三つだ。その建設の大目的は「都市(首都)再生」である。“東京は放射状に道路をつくってきた。それらを横断する道がないので渋滞がおきている”というのが建設側の言い分である(なお実際には対応する一般道としては、環状6号〔山手通り〕、環7・8、国道16号がある)。渋滞を解消し、ヒトとモノの流れをよくすることで道路の機能が回復し、「都市が再生」する、その結果、上海やソウル、シンガポールといった都市間競争に勝利できるというわけである。

 そのためにいったいいくらが投じられるのか。
 圏央道だけでもざっと推計するだけで6兆円、外環は10兆円といわれるが、それにとどまる保証はなにもない。
 中央環状は完成のメドがつきつつある。
 ところがあとの2本は環状として完成するまでにいったいどれくらいの年月と費用と投じるのか、たしかなことはわからない。外環はそもそも30年来反対運動が地元に強く、凍結されたままである。圏央道は反対派の土地を強制的にとりあげるという強権手法を使いながらとりあえず多摩の一角にはつくったものの房総半島の先っぽと川崎・横浜あたりまでをぐるりと囲むメドは何もたっていない。


 この議論には二つの角度から批判ができる。

 ひとつは、そもそも3環状をつくったからといって渋滞が解消するのか、という疑問である。道路建設はいったんは渋滞をたしかに解消するが、やがて眠っていた自動車交通をよびおこすので時間が立つと結局渋滞道路になってしまう、というのはぼくらの経験則である。ただ、これについては今回は立ち入らない。
 この亜種で「そもそも渋滞解消など無理なのだからしなくてよい。機能不全にさせておくしかない」という議論もあるが、これもとりあげない。

 もうひとつは、これほど莫大な費用をかけて大規模交通施設を建設しなくても、渋滞解消(緩和)はできるのではないかという視点である。

 「渋滞解消」というと、ものすごい量の車両を排除したり流したりしないといけないように感じてしまうのだが、実際のところはどうなのか。実は、建設側が想定しているのは、都心の渋滞解消である。それは次のようなロジックだ。

“東北からやってきて東海道にぬける、あるいは、東海道からやってきて東北や関越にぬける「通過交通」がわざわざ都心を通らねばならない。そのために首都高速や都心の一般道で大渋滞が発生する”

 この渋滞を解消することで「都市が再生する」というわけである。
 東京都が発行している「東京環境白書2000」によれば、23区内を行き来している自動車交通、あるいは入り込む交通、出ていく交通、通過する交通をあわせると、660万台が23区の自動車交通になっている。1994年の交通センサスによれば、このうち「通過交通」、つまり先ほど建設側が想定した「ただの通り道」にしている交通は35万台である。つまりわずか5%なのだ。

 この5%の交通を排除する(別に流す)ことで、渋滞が解消するというのが、建設側の言い分である。

 ぼくはわずか5%のために、果たして何十兆円にも及ぶであろう道路建設と維持に税金などを投じる必要があるのかまったく疑問に感じる。

 そこでこの本『都市交通問題の処方箋』が役に立つ。
 実はこれは建設側のグループがつくった本で、監修に建設省(現国土交通省)がからんでいるし、執筆者にも建設官僚がかなり入っている(1995年発行)。すでに国内外で実施されている小規模の渋滞改善・「交通適正化」のアイデアを集めたもので(全60例)、小さくてもゼネコンからすれば「商売のネタ」になる。道路もつくってもらって、こうした「小規模」の施策も組み合わせてもらえれば万々歳というところだろう。

 動機はそんなもんかもしれないが、集めてある事例はいろいろ参考になる。
 ぼくは、根本的に自動車交通の量を管理・抑制すべきだという立場にたっているので、そのための技術としてもいくつかは役立つのである。しかしそのようなラディカルな立場に立たずとも、当面の「渋滞を緩和する」という視点に立つとしても実は十分に役にたつのである。


 たとえばどのような例がのっているか。

 むちゃくちゃ小さな策からあげると、たとえば大阪市の「張り出し形バス停」である。
 バス停を道路に張り出させるのだ。これによってバス停付近の駐停車を逆にしにくくさせ、バスの定時性を確保し、バスへの移行を高めようというわけである。本にはこの施策をとった結果、どういう効果があがったかも書いてある。
「○バスの表定速度が0.6〜4.3km/h向上し、所要時間で0.5〜6分程度短縮された。その結果、利用者数は約5%増加し、導入後のアンケートによると93.5%が便利になったと評価している。…中略…
○一般車両の駐車車両が減少した(30分以内駐車47.9%減、30分以上駐車70.9%減)」

 有名なところでは「パーク・アンド・ライド」がある。
 これは都心までみんな車を乗っていかせずに、郊外で自動車を降り、そこから駅で都心にむかうというふうに列車交通に移行させ、都心に入る車両を削減しようというものだ。
 日本でもよく見るし、ぼくがアメリカのサンフランシスコに行ったおりに、サンフランシスコ郊外で、都心へ入っていく鉄道交通(バート)の郊外駅に「パーク&ライド」と書かれた大規模な駐車場を見た。
 この本では、パーク&ライドは、数ある施策のなかでも有効性が高そうであるとふんで、ページをさいてその導入についての費用や現実性を検証している。

 実は、サンフランシスコはこうした自動車交通を抑制するさまざまな知恵がつまった場所でもある。この本でもサンフランシスコは20にわたる箇所でとりあげているほど、「自動車交通の適正化」施策の宝庫でもある。

 たとえば、HOV(ハイ・オキュパイ・ヴィークル)という乗合のシステムがある。これはサンフランシスコ都心に自動車で乗り入れるさいに、乗合をした場合にはその車両の通行が優先される(ダイヤモンドレーンという特別のレーンを通れる)しくみによって担保されている。
 また、ある方向からサンフランシスコに入るにはベイブリッジという大きな橋を必ず通らねばならないが、この通行に課金をしている。これによって、自動車交通よりもバートなどの鉄道交通への移行を促すものになっている。都心への流入を防ぐために都心の一般道の通行に課金するこのシステムは「ロード・プライシング」といわれ、シンガポールなどではもっと大規模におこなわれている(東京都でも導入を検討)。
 サンフランシスコには「MUNI」という路面電車も走っている。正確には、新型の路面電車でLRT(軽軌道交通)とよばれるもので、路面電車よりも適用できる条件が多様で、都市のさまざまな場所を走れる。これを網の目のように走らせることで自動車交通を削減する。サンフランシスコではないが、オレゴン州のポートランドでは、高速道路をわざわざ撤去してこのLRTを導入している。
 そもそもサンフランシスコがあるカリフォルニア州には大規模な事業所には自動車交通の削減計画を義務付ける条例があることが、この本でもふれられている。大企業を中心として自動車需要そのものを抑制しようとしているのだ。

 変わり種では、イギリスのノッティンガムの「計画的渋滞」がある。バスなどの公共交通と一般車両のレーンをわけて、一般車両レーンにわざとボトルネックなどをつくり計画的に渋滞を生み出すのだ。で、これではやっておれんと、バス交通に移る……という、なんともすさまじいやり方である。

 本書には他にも、駐車場対策や商習慣の変更など、さまざまな施策が載っている。


 もちろん、すでにのべたように、これらの自動車交通抑制策がある程度の「公共事業」を必要とすることもあるだろうが、それは三環状をつくるほどの莫大な費用負担を必要としないだろう。
 なにより、本書でこの点についてふれられている。
 本書では、東京都心で小規模な施設や措置によって、どれくらいの自動車交通を削減できるかを検討しているが、それによれば、相乗りによって2.8万トリップ、荷物を持たない業務用の移動が8.3万トリップ、路上駐車が10.4万トリップ、路外駐車場を使っている通勤目的の長時間駐車が5.8万トリップ、合計29.7万トリップあるという。

「これらの交通をそれぞれ重複と帰宅目的のトリップも考慮して合計すると、都市交通適正化施策の対象となるものが29.7万トリップ存在することになる。これを自動車台ベースに換算すると24.3万台であり、区部全体の総発生、集中交通量の概ね3.9%に相当する
 これらの施策は、必ずしも導入が容易なものだけではないが、大規模な交通施設整備を行うことなく区部の自動車交通の3.9%が削減できる可能性があることを認識し、都市交通適正化施策を検討することが重要である」(p.11〜12)

 先ほどぼくは東京環境白書を参照して、3環状道路が5%の通過交通の排除のためにつくられようとしているとのべた。つまりこれらの施策だけで、3環状道路が削減するといっている5%にちかい4%ぶんの自動車交通を削減できてしまうというわけである。

 何十兆円もかけて大きな道路を建設するよりもこちらの方が知恵があると思うのだが、いかかであろうか。

 



『都市交通問題の処方箋 ―都市交通適正化マニュアル―』
監修:建設省都市局都市交通調査室
編著:都市交通適正化研究会
発行:大成出版社
2005.11.19感想記
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