常光徹『学校の怪談 口承文芸の展開と諸相』/80点


 まじめな学術書。403ページもある。中学の教師であり、日本民俗学会の会員でもある筆者は、学校の怪談を生徒たちから聞き取り(160話)、それがうまれる構造を研究したものである。

 すこしむずかしいコトバもまじるが、怪談じたいを豊富に紹介し、読み物としても楽しめる。

 じつに面白い。

 筆者は冒頭、
「毎日のように接している子どもたちが、学校という公的な空間を舞台にして、これほど多彩なはなしの世界を演出し保有しているのを知って感動さえ覚えた」
「学校の怪談の大部分は、校内のある特定の空間を舞台に繰り広げられるが、そこに登場するのは、子どもたちの学校生活で最も身近な場である普通教室よりも、理科室、音楽室、体育館、トイレといった特別教室や付属の施設に片寄っているという傾向がみられる。なかでも、トイレは頻繁に怪奇現象の発生する空間として意識されており、トイレに関する話群は他に抜きんでているといってよい」
と、問題意識の一端を披露する。

 そういえば、なぜ怪談はトイレに集中するのだろうか?

 筆者は、「赤い紙、青い紙」というトイレ怪談のグループを採取した。それを数例報告している。
 トイレに入っていると、「赤い紙がいい? 青い紙がいい?」ときかれる。
 使う紙によって体が赤や青にそまってしまう、片方の答えをいうと助かるが他方を答えると便器にひきずりこまれる、赤というと血がふってきて他方の色をいうと手が出てくる……などなどである。

 そして、筆者は、この(1)挑発(問いかけ)、(2)反応、(3)結果、というパターンをふんだ変形として「赤いはんてん」の怪談を紹介する。「赤いはんてん着せましょか」という声がトイレからきこえ、調査に入った婦警が「着せられるもんなら着せてみなさい」といったとたん、手が便器から出てきて、婦警の胸を刺し「赤い血の斑点」ができた(ぼくは中学時代、この怪談を教師に授業中にやられた。最後に「着せたる!」と大声をだし、教室中が大パニックになった)。

 「はなし」の採取場所をいちいち「東京小平市第三小学校」「群馬県北群馬群子持村」などとやるので、妙なリアルさが出てこわい。これ、鳥肌をたてながらうっているのだ。

 さらにヴァリエーションがくわわり、「便器から手が出てくる」という話になり、「赤、青、黄の手が出てきて体に触る」(八王子市の横山第二小)、「トイレのバルブ調節用のふたのところから赤い手が出る」(藤沢市の本町小、話者は昭和49年卒業)という変形をとげる。

 トイレの上から「顔がのぞく」という形式もある。
 これにもパターンがあって、怪奇をみたあと、その怪異(たとえば学校にいるはずのない看護婦)がおいかけてきて、体験した者は夜のトイレに逃げ込む。そして、一つひとつトイレのドアをのぞいて「いなーい」と確認する。だんだん近づき、自分のところまできたのにドアをあける気配がない。もう行ってしまったのだと安心しているとトイレの上から追ってきた怪異(看護婦)の「顔がのぞいていた」。
 この「怪異が近づいてくる」という怪談のパターンとして、「人形のメリー」も紹介される。
 捨ててきた人形から電話がかかってきて「私メリー。今あなたの家の1階にいるの」といって、電話を切る。5分後にまた電話で「私メリー。今あなたの家の3階にいるの」。次第に自分の住んでいる階に近づく電話の内容となり、「今あなたの家の前にいるの」。そして……、というもの。

 筆者は、トイレでの怪談発生の根源をたどっている。それはそれで興味深いが、ここでは割愛する。
 このほか、理科室などでの怪奇の発生、「口さけ女」など学校周辺での怪談などを豊富に収集し、それぞれ筆者なりの分析をくわえている。
 とくに「口さけ女」の怪談は、口が裂けた理由、口さけ女の能力(走る速さとか)、どうすれば口さけ女から逃れられるか(ポマードととなえるとか)など詳細である。

 筆者はひとつの結論としてつぎのようなことを指摘する。
 「妖怪騒ぎは、学校という制度のなかで、この意志とは無関係に持続をしいられる集団の精神的な緊張の高まりが沸点に近づいたとき、その解消と冷却を求めようとして、子どもたちが創出したたくまざる文化装置だと理解してよいだろう」

 ようするに、すごく緊張しているから、ぱーっと騒いでお祭りしたい、ということだ。

 子どもたちは、騒ぎたいと思っている。抑圧的な日常から解放されたいとねがっている。つまり、妖怪さわぎでトイレにいけなくなる子どもが出たとしても、子どもたちは心のどこかで妖怪の出現をねがっている。そして、その「異界」を創造することによって子どもたちは日常から解放される。
 「千と千尋の神隠し」を見に行って、ハクに乗った千尋に自分を重ねて、劇場のなかで自由に意識を解放するように。



(ミネルヴァ書房、21世紀ライブラリー)

採点80点/100

2003年 1月 30日 (木)記

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