羽海野チカ『ハチミツとクローバー』(集英社)



ハチミツとクローバー (1)


 6巻の短評はこちら 8巻の感想はこちら 9巻の短評はこちら

 「ヤングユー」誌連載。突然移ってきた。
 というか、これで「ヤングユー」は、もっているようなもんだ。一時期の勢いがない。

 そんなことはともかく。

 この『ハチクロ』、スジだけいうと、芸大生と一部社会人をまきこんだラブコメ。本当にただそれだけだ。

 もともと、芸術的天才をもつ「はぐ」(女)を焦点にして、それをめぐるライバル2人(男)の恋愛を描きたかったのだろうが、「はぐ」のキャラはちっとも立ってこない。編集部がやった人気投票では主人公なのに3位である。

 かわりに、傍役だった山田(女)と、真山(男)の話が、はずみすぎるほどにはずんでいる。
 山田は真山が好きなのだが、真山はリカが好き。リカはすでに亡くなっている恋人を慕いつづけている。膨大な数の読者は、山田の報われぬ恋に、胸を切なくさせているのだ。

 しかも、展開はさらにわきに逸れて、真山の会社の同僚が山田を好きになってしまい、山田を気にかけなかった真山が心配し出すというハナシに。こういうのは、変に最初の主人公をどうするかとかは考えずに、展開がすすむがままにしておいたほうがイキがいいんだろうなあ。スジだけみると、暴走につぐ暴走。

 わたしはギャグと絵だ。ひたすらそれ。
 たとえば、真山の同僚(女たらし)が、仕事中にケータイに電話がかかってきて、「アタシと仕事とどっちが大事なのよ!」と騒ぐと、「仕事です」と「ドキッパリ」言い、めんどくさくなってそのケータイを海に捨てる。このテンポは抱腹絶倒。

 山田が無気味な料理をつくったのを真山に食べさせるシーンでも「ジャカジャン☆さて問題です」「このカレーにはあるものが隠し味として入っています。さてそれはなんでしょう キャハ」などという無邪気な出題に、むせかえるチョコレートのにおいを前に「か、隠れてねー」とココロの中でつっこむコマも、他ではみない暴走ぶりだ。(だーっ、こんなものコトバで説明でしてもわからん。)

 こう書いてくると、ただのギャグマンガみたいにおもうかもしれない。いったい『ハチミツとクローバー』はなぜ人気があるのか? 『ハチクロ』はみごとな「萌え」要素の集積体なのである。わたしは冬目景を「情感を生み出す情景に頼り過ぎている」と批判したが、羽海野も同じなのである。しかし、羽海野の場合、それは見事に成功している。

 たとえば、冬目のところで問題にした「片思いをしている人は、死んだ人を思いつづけているので、それはいつまでも美しい」というテーマは、冬目では失敗している。しかし、羽海野では、真山とリカの関係において、大成功をおさめている。

 「片思いをしている人は、死んだ人を思いつづけているので、それはいつまでも美しい」は、『めぞん一刻』のテーマであり、体の半分に傷の痕がのこるリカの形象は完全に『エヴァ』の綾波レイを原型にしている。まさに「萌え」要素の集積体である。羽海野はオタクである。それゆえに、冬目よりはるかにすぐれた「萌え要素つかい」なのである。

 読んでみればわかるが、それほど難しい情景描写や心象風景の描写をしているわけではない。しかし、羽海野はくめどもつきぬ「萌え」のリソースの海からいくらでも「萌え」要素をもってくることができる。おそらく無意識に。羽海野はオタクであるがゆえに成功しているのだ。

個人的にはメガネをかけたデザイナー・美和子さんが萌えツボ。どうでもいいことだが。


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