豊田徹也『アンダーカレント』



※ちょいネタバレがあります

 ぼくが祖父から「新田開墾苦労話」を聞いたのは、ぼくが成人し、すでに実家にいる彼とは別々に暮らし始めていたあとだった。
 地味の悪い土地を、祖母といっしょに、岩をとりのぞいたり砂を移動させて改良する――その作業を、気が遠くなるような時間やってきた、という話だった。岩や石をとりのぞくために、爪がはがれそうになるまでやったりとか、やってもやってもうまく排水されない状況だとか、ぼくはびっくりして聞き入ってしまった。

 祖父とは大学に入るまでの18年間、ともにくらしてきたが、そんな話は一度も聞いたことがなかった。その後も、ぽつぽつと彼が思い出話をしたが、彼が保守系の村会議員だったこととか、中国へ戦争に行って「支那兵をやっつけた」こととか、どれも思いもよらないことばかりだった。
 自分のルーツにかかわることなので、彼の話をくわしく聞き取ろうと思っていた矢先、他界してしまった。

 祖父が亡くなってみて、ぼくは彼の「何を知っていた」のだろうかと後悔した。呆然とした、といってもいい。
 祖父は、ぼくがサヨクになっていったことを本当に不快に思っていて、ことあるごとに批判し、不満そうな顔をしていた。そしてお互いにあまり理解しあえぬまま、彼は鬼籍に入ってしまったのである。ぼくは、じーさんっ子だったので、祖父によって育てられたようなものだし、18年間同じ家で住んできた。しかし、ぼくも祖父もお互いの何がわかっていたのだろうかと思う。
 もしこのサイトを熟読してくれている人がいたとしたら、たぶん一面識がなくても、ぼくのじーさんよりはぼくのことをその人はよく知ってくれているかもしれない(笑)

 いまおそらく自分のことを一番よく知っている人は、ぼくのつれあいだろうと思うが、つれあいにしても、このサイトを始めたこと自身を、ある驚きをもってむかえている。

「あんたがこういうことに興味もあることは知っていたが、これだけの分量の言葉が、あんたの中に詰まっているとは知らなかった」

 まったく見知らぬ人、とまではいかないが、まったく別の側面を見た、という感想だった。


アンダーカレント アフタヌーンKCDX  『アンダーカレント』は、銭湯を経営する若夫婦の、夫が失踪してしまう話だ。
 物語は、残された妻のかなえが、風呂の蛇口を放心状態で見つめるシーンからはじまる。
 かなえや周囲の人間は、夫の悟が失踪しそうな原因がまったく思い当たらない。残された人々、とりわけかなえは「なぜいなくなったの?」という問いを発し続ける。

「だって生きているなら
 どうして連絡がないの!?
 どうして何もいわずに出て行っちゃったの!?

 どうしてあたしに何もいってくれなかったの
 どうして!?
 どうして!?」

 かなえと悟は「傍目にゃ おしどり夫婦みてえに見えてた」。だからこそ、失踪が理解できないのである。かなえは山崎という探偵に調査を依頼する。かなえの話した「悟」像を否定した山崎に、かなえは反発する。

「山崎さんは悟さんに会ったこともないわけでしょう
 わかりもしないのに
 決めつけて……」
「ええ 会ったこともありません
 では4年交際して さらに4年間結婚生活をなさってたあなたは
 彼のことがわかるんですか?」
「それは……全てわかってるとはいいません
 でも少なくともあなたよりはわかっているつもりです!」
「ふむ……
 それではひとつ訊きたいんですが

 人をわかるってどういうことですか?」

 突然、根源的なつっこみを浴びせられたかなえは、型通りの答えをしようとして「それは……その……」と言い淀んでしまう。
 悟と銭湯で他愛のない話をしていたとき、ふと思いつめる表情でかなえを悟が見つめていたことを、かなえはそのときにわかに思い出していた。

 北朝鮮による拉致、「なりすまし」事件以来、隣人が「別人」であるかもしれない、という不気味な感覚は、奇妙なリアリティを帯びた。また、SFにおいても、よく知った家族が実は異星人であったという設定も昔から珍しくはない。

 だが、本作はそうした、ある意味「猟奇」といえるような角度からは迫らない
 いなくなった悟の過去や実像について、「こんなすごいことも隠れているんだよ」「あんなびっくりすることも!」などと忙しくしゃべりまくるような物語ではない。

 すぐ横にいる他人。いかにも熟知していそうな他人の中には、実は自分の知らない深淵が広がっているような気持ちにとらわれるときがある――そういうテーマに仕上げるために、本作はゆっくりと語る。
 画面全体、物語全体が、ムダと思えるまでに落ち着いていて、作者は、じっくりと私たちに話しているかのようである。

 風呂場をブラシでこするシーンが、セリフもなくずっと続く。
 読んでいる私たちは、掃除を一心につづけるかなえを見て、その胸中を想像する。
 おそらく、失踪のことをできるだけ考えないようにしようと無心に掃除するのであろう。テレビが同世代の男性の遺体発見をつげるニュースを語り出すと、かなえはそれに見入るのではなく切ってしまうのは、そうした心性の現れだろうと察せられる。しかし、無心に掃除をしていても、「なぜいなくなったの?」という思いが染みのようにじわじわと浮かび上がってくるのではないか。
 日常の生活の、見えない底の方を流れているもの――アンダーカレント――がある。そういう思いにかなえはとらわれていったのだろう。
 掃除の最中、湯舟にざぶんと仰向けになって浮いてみる。

 それはかなえがくり返し夢にみえてきた「イメージ」でもある。
 その夢は、実は他人である悟の「深淵」ではなく、自分自身のなかにある「深い底の流れ」につながるものでもあった。
 理解できなかった「深い底の流れ」であった悟のことと、自分の心の中にある「深い底の流れ」が重なるのである。

 いちばん近しい、横にいる他人のなかにも、そして自分のなかにも、アンダーカレントがある。
 作者・豊田は、そのことを、いそがしい伏線設置や、説明的な展開などで読者に無理矢理説得しようとするのではなく、ゆっくりと時間をかけて読者の胸にしみこませていく。


 原爆症の問題を描いたこうの史代『夕凪の街』でも、日常の表層の生活と別に、自分が眼をむけてこなかった戦争の記憶があることが描かれる。日常の表層と別に、アンダーカレントがある、というテーマは、形をかえていろんなところで奏でられている。


 ぼくが印象に残ったシーンは、かなえが悟の身元調査についての報告を、探偵の山崎から、カラオケボックスで受けるシーンで、報告の内容に衝撃をうけたかなえを、慰めるつもりかどうか、山崎は「奥さん 一曲歌いませんか?」と呼びかける。

 あっけにとられる、かなえ。このシーンはどちらかといえば、おかしみが漂う。
 あっけにとられたまま、山崎にうながされて、かなえはチャラの「デュカ」(作詞:Chara/作曲:Chara/作曲:五十嵐慎一/編曲:Aurora Band)を歌う。

Caramel Milk-The Best of Chara 「Duca」は、アコースティックもまじえて、踊り出したくなるような軽快なリズムを刻むタッチの曲である。しかし、曲の歌詞は、よく聞くと微妙に物悲しい。デュカは犬の名前で、歌詞の中心にいる少女は、なんらかの事情でママがかわった――いなくなった家族がいることを想起させる。
 そのなかで、曲は「パパ ママ アイスクリーム アイスクリーム Duca Duca Duca Duca……」と少女にとって愛しいものをくり返す。

 ただし、この曲をCharaが歌うことで、万人が受け入れられそうな、かわいい、おサレな曲にまとまっている。「まとまってしまっている」といってもいいかもしれない。
 本作で、探偵山崎が、いや作者・豊田が、20代後半から30代前半とおぼしき、かなえに歌わせているところに、このシークエンスの妙がある。
 スーツを着たかなえには、少し老け込んだような、公むきの顔をしたような、気持ちの硬さがある。その姿のまま、かなえはとまどいながらマイクをにぎるのだ。
 歌っているうちに、だんだんと歌詞に感情移入をしていくかなえは、ちょっとコミカルな感じで「じわっ」と涙をにじませながら歌い続ける。やがて、

「向かい風に恋人に似たにおいを感じて♪
 ♪お日様に恋人に似たにおいを感じて」

という歌詞で気持ちがノリはじめ、チャラが小さく口籠るように歌っている

「似たにおいを♪
 歩こうよ
 海につづく道まで♪
 歩こうよ

 1・2・3・ゴー!」

という箇所を、かなえは大声で歌う。
 30前後の疲れた感じをかもし出している「若後家」の、スーツに鎧われた硬い気持ちが解放されていく。バランスの悪い、しかし、ちょっと色っぽいかなえが画面に描き出される。このシーンがぼくは大好きである。つか、ぼくは、かなえが好きなのである。彼女に色気を感じているのだ。

 あーっ、またこんな話になっちゃった!
 最近、セックスのこととか、だれそれはいい女だとかそんな話しかしてないような気がしてくる。友人がこのサイト内で「セックス」を検索したら65件もヒットしたんだと!
 このごろ頭のなかはセックスとか女とかそんなことばかっり。セックス8割、サイト更新しなきゃ1割、その他(仕事・革命含む)1割とかそんな脳内分布。ヤバい。

 
 気をとりなおして。

 ラストは、安易な相互理解には持っていかない。
 しかし、一条の光がさすような希望をみせて、幕が閉じられる。
 多くの人が語っているように、良質の映画を見た後のような、読後感が約束されている。







『アンダーカレント undercurrent』
講談社アフタヌーンKCDX
2006.1.11感想記
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