宇仁田ゆみ『スキマスキ』



 宇仁田ゆみのマンガは「かわいい」「明るい」そして「しぶとい」というイメージに要約できる。
 とりわけ、作品から伝わってくる「生活のしぶとさ」は、ぼくにとっては新鮮なのだ。

 本作品の前に、宇仁田は『マニマニ』というオムニバスを出していて、ぼくはこちらのほうがどちらかといえば好きなのだが『スキマスキ』を読んで、宇仁田のイメージが定まったので、とりあげさせてもらった。隙間をのぞくのが嗜好になってしまっている夜間学生が、となりに住む女の子の家をのぞいてしまう日常を送り、そこから恋心が芽生えていく、という話。

 宇仁田ゆみは、「ヤングキング」、「IKKI」など、どちらかといえば男性向けの雑誌に描いているようなのだが、ぼくがいつも読んでいるのは女性向けの「フィール・ヤング」誌上で、なのだ。
 同じ女性向けの「ヤングユー」がキャリアのあるOLやその予備軍である女子大生などに照準をあわせ、やはり女性向けの「クッキー」が事務職系のOLや派遣などに開かれているのにたいして、「フィール・ヤング」は、専門学校生、フリーター、自由業種などに向かっている。どちらかというと、生活臭が薄い。ギラギラもしていない。少しスカしている。
 しかし、そのなかにあって、宇仁田の作品群からは、「生活のしぶとさ」のようなものが伝わってくる。それはたとえば中卒母子家庭とか二部学生とか帰省先としての田舎とかを描いているという「生活臭」の強いモチーフを描いているせいもあるだろうが、専門学校生や学生を描いていても、「フィール・ヤング」誌に掲載されている他の作品の人物がどこかふわふわした現実感のなさをただよわせているのにたいして、その学生なら学生なりの生活のいちばん濃密なところからキャラを立ち上げてきているように感じるのだ。

 『マニマニ』のなかに、ヤンキーの主人公の話が出てくる。腕に愛する男の入れ墨を安全ピンで掘ってしまった主人公だが、妊娠と同時にやはりヤンキーである男の愛情が冷めていく。男が買ってきた雑誌に妊婦を笑い者にする投稿を見つけて猛烈に腹をたて、さらに自分が留守の最中に“妊婦姿って萎えるよ〜”と友人に電話する男をみて、主人公はブチきれる。
 「ほんじゃ自分で産めよ! ハヤダシ野郎!」
 と、このタンカは胸がすくようで、ぼくなど仕事をしている最中にこのセリフがまったく無意味にフラッシュバックしてしまうほどだ。
 男に捨てられた主人公は、中卒で腕に入れ墨があって、茶髪の自分なんかどこも雇ってくれないだろうな〜と負のスパイラルに陥りそうになるのだが、ふと「ちがうちがう…」と思い直す。
 やれることをやってみてから、と赤ん坊を祖母にあずける算段を思いつき、どんな公私の援助が得られるのかを調べ、仕事も居酒屋のバイトをみつけていく。

 正直言って、えらくシンプルな「ポジティブシンキング」みたいな話なんですが、ぼく自身がなんだかものすごく励まされちゃいました。「おれはこんなタンジュンな話じゃなぐさめられないぞ」というふうに思っているふしのあるワタクシなのですが、もう、コロッと。やられた、みたいな。「たぶんおれ、つらいときがあったらこのマンガ思い出しちゃうよ」と完全降伏でした。マルクスとかなんとかえらそうなこといっといて、実は人生の指針はこんなふうに得てしまうのかもしれませんなぁ。

 それくらい下からわきあがってくるようなしぶとさがある。

 この主人公は、居酒屋でバブルに湧く他の女子大生バイトが無神経に海外旅行にさそってくるのに心のなかで憤るのですが、そのあとあとでカレ氏になる男性がさりげなくその話題をツブしてくれるやさしさにふれる。
 『スキマスキ』のなかでも、主人公が居酒屋で飲んでいるととなりで一部の学生たちが話をしていて、「だいたいヤツら(二部学生)と一緒にされたら、必死こいて一部入ったおれらがバカみてえじゃん」という会話が聞こえてしまう、というエピソードが出てくる。
 「なんだ…? おれらはこーゆー風に言われちまうような場所にいるわけか?」
と主人公は心のなかで激しいショックをうける。
 しかし、主人公たちは、そのなかから、再びしぶとく這い出てくるのである。
 打たれ強い。
 打たれる現実に平然とはできないけど、それをお腹の力でぐっとうけとめて再び歩き出すような、そんな感じ。「フィール・ヤング」のほかの作品にはみられない。しかもそれは安定した生活をもっている人々の生活臭なのではなくて、派遣とかフリーターとか自由業とかいった類いの生活そのものが不安定にさらされている人々のなかにある、しっかりした根、のようなものをよく見ているのだ。

 宇仁田の描く人物は、昨今の流行にもれず足と手のひらがデフォルメされてそれが宇仁田の作風と結びつくと、現実にたいする根拠感のようなものを生み出す。くわえて、宇仁田の各人物はどれも背中を丸めている、ということが多い。たんに首が前に突き出ているというデッサンの狂いなのかもしれないけど、このいつも背中を丸めて暮らしているという宇仁田のキャラたちからは、大言壮語もない、浮遊感もない、暮らしている実感そのものがしっかりと伝わってくる。

 ちなみに、「かわいさ」も宇仁田漫画の特徴で、主人公格の女性はどれも「かわいい」。むろん、それは「クローバー」的な、小さくって弱くってケナゲで守ってアゲタイという「かわいさ」ではなくて、イジワルでしぶとい女性たちがもっているかわいさなのだ。
 この『スキマスキ』では、主人公が、
 「やべえな…… なんであんなかわいいんだろう……
  女子って…… ずりぃ〜よ……」
といっているのには笑うが、ほんとうにそう思えてくるのだから不思議だ。
 宇仁田はインタビューで『マニマニ』に出てくる楓子という中学生の女の子をかわいくかいた、といっているけど、ほんとうにかわいい。いや、へんな意味じゃなくて。母親から妹を身ごもったことを知らされたときに眼がハートになるのだが、それがやっぱりフラッシュバックしてしまうくらいにかわいいのだ。


小学館 IKKIコミックス 2003年
『スキマスキ』
採点77点/100 年配が読んでも楽しめる度★☆☆☆☆

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