日本住宅会議編『若者たちに「住まい」を!』




福岡市と交渉したときの話



 若い左翼連中といっしょに福岡市に交渉した。昨年(08年)12月18日のことだ。若い人の働く実態をアンケート方式で集めたので「黒書」にまとめてその改善を訴えたのだ。ぼくも参加しました。子連れでね。

 改善項目の一つに、景気悪化を理由にして失業させられた若年者&不安定な非正規雇用の若年者へ市営住宅を使わせるようにすることを申し入れた。実は結局その日、この住宅問題については担当部局が予算編成の作業で出席できずに回答がなかった。
 ただ、この交渉の少し前に、共産党議員に質問をお願いしていて、首切りに遭った人に市営住宅を開放するようにそこで追及してもらっている(12月12日)。このときの答弁は実に冷たいもので、公営住宅法では目的外使用になるのでできませーん、というものだった。

 ところがその質問の当日、朝日新聞に「大分キヤノン・東芝 非正社員削減 市営住宅で再就職支援 大分市」の記事が出た。この動きは全国にあっという間に波及し、福岡市は驚いたのだろう、ぼくらが交渉した次の日に派遣契約の中途解除をされた人に市営住宅を安い賃料で提供するという政策を発表した。
http://www.city.fukuoka.lg.jp/jutaku-toshi/j-kanri/life/kaikosyahenosieijyuutakuteikyou.html

 何ができませーんだ。要はその時点でやる気がなかっただけなのだ(目的外使用は間違いないのだが国の許可があればできる。そのために市が闘うつもりがあるかどうかなのである)。

 「ネットカフェ難民」報道以来、若年者の非正規雇用の増大とともにその住宅の問題がクローズアップされてきた。
 「足がかりになる住まいがないために定職につけない」という喫緊の問題は、こうした公営住宅開放の動きのなかで多少なりとも改善されていくだろうと思う。もちろん、いろんな報道をみると、条件が厳しすぎたり、周知されていなかったり、まだまだクリアされるべき問題は多いのだが。




若年単身者の住宅政策はどうあるべきか?



 ぼくが関心をもっているのは、こうした超緊急の事態とは別に、若年者一般にとって住宅の問題をどう考えるのか、ということである。
 これだけだと何のことかよくわからないので、もう少しくわしく言ってみよう。
 まあ早い話、若い時期っていうのはカネがないわけっすよ。
 だから、左翼組織で若い人に生活アンケートなんかしてみると、家賃の高さでヒイヒイ言っているという回答がこれまで多かった。とくにぼくが東京にいたころは切実で、首都圏の家賃の高さについては、京都・福岡と暮らしてみてやっぱり尋常じゃないと思った。だから、ぼくも自治体に家賃補助制度とかの実施を求めたりして要請したこともあった。東京の一部の自治体では実施されたこともあったしね。

 しかしまあ、家賃が高くて大変、っていうのは、生鮮食品が高くて大変というのとどう違うのよ、という思いが生じる。じゃあ自治体に生鮮食品補助を要求するのか、とか。
 あるいは安いアパートを探して少々苦労すればいいじゃん、という議論も成り立つ。こういうのはいくらでもビンボー自慢が成り立つので、例えばぼくが「おれは35歳くらいまで中野区でフロ無し・共同トイレの、築数十年の木造アパートに10年住んできた。もちろんクーラーもない。2階カド部屋なので夏はフライパン、冬は冷凍庫だ。家賃は6畳1間で3万。でも住めた。それくらいの条件に我慢すればお金は貯まるよ(´∀`)」とプロ奴隷っぽく言うことはいくらでもできる。

 つまり、若い人の住宅への要求を公的に組織することはそもそも妥当なのか? それをとりあげるとすれば、どのようなことを運動の根拠にできるのか? ということがぼくの問題意識なのだ。
 ぼくがかかわってきた運動ではずいぶん長いこと「自治体は若者に家賃補助を」という政策を出してきたのだが、そういう運動は単に「生活が大変だからお金を援助して」という範囲のものなのだろうか、と。

 そこで本書ですよ。




日本の住宅政策の盲点、つうか大穴



若者たちに「住まい」を!―格差社会の住宅問題 (岩波ブックレット)  本書は住宅問題の専門家や学者たちが集まった「日本住宅会議」が編者となった4本の小論文集である(平山洋介・丁志映・川田菜穂子・坂庭国晴)。大本圭野が書いた〈はじめに〉のところに本書の意義が4点にわたって記されている。

 ぼくなりにまとめると、こうである。最近若い人のなかに非正規雇用が目立ってきた。当然収入も低く、雇用も不安定である。
 ところが日本の住宅政策というのは、正社員で年功序列の賃金体系を前提としてきたので、若いうちは企業の独身寮や社宅、民間アパート、そのあと結婚して家族を持ち、住宅金融公庫からお金を借りてマイホーム、というのをイメージしていた。だから〈政府の住宅政策が力点を置いたのは、住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)の融資供給による中間層の持家取得である〉(平山p.8)。マイホームにまで行けない人には民間のマンションを基本にし、公団などの住宅供給はあったけども結局市場なみ家賃ということであった。
 公的な住宅政策のなかには「若年単身者」という視点はない。公営住宅は基本的にお年寄りと生活保護などの低所得者層のものとなり、若年単身者が入るのはきわめて難しい。「民間で借りればいいじゃん」というわけだ。

 ところが非正規雇用が増えているということだから、この人たちはマイホームへとつながる階梯をのぼることは難しい。すると、ずっと民間アパートぐらしということになる。転居や更新のたびに必要な資金の多さ、雇用が途切れる危険などから、これを続けていくことが実はなかなか困難になってくる、というのが非正規率4割の時代の新たな事態である。「ネットカフェ難民」になる人はこの綱渡りからこぼれ落ちてしまった人で、こぼれ落ちなかった人でも不安にさらされている人がもっとたくさんいるということなのだ。

 日本の住宅政策にはこのような非正社員で、マイホームの階梯をのぼらない人が想定されていない。その人たちは〈政策の恩恵から抜け落ちているのである〉(大本p.3)。

 1本目の平山論文は、こうした日本の住宅政策の重点をふりかえり、そこから若年単身者がこぼれ落ちていることを知る上で役に立った。
 実は平山論文は、国勢調査を分析して年齢階層ごとなどで居住のありようを明らかにしている点がメインなのだが、正直ぼくには退屈なものだった。〈世帯内単身者と単身者の比率は、一九八〇年から二〇〇五年にかけて、二五〜二九歳までは二四%と一二%から四一%と一九%、三〇〜三四歳では八%と六%から二五%と一四%に上昇した〉(平山p.13)てな具合の文章がずーっと続くので苦痛で仕方がない。ブックレットでやるか、これ? 資料として手元においておいて、問題意識がわいたときに振り返るしかない。




現行の住宅法制は若年単身者をどう見ているか



 ぼくが本書を読んで一番役に立ったのは4本目の坂庭論文である。坂庭論文は現存する住宅法をいくつか紹介し、そこからは「若年単身者」が排除されていることを明らかにする。

〈若者を含めた居住者にとって重要な関心事は、「居住の安定の確保」である、これは同法〔住生活基本法——引用者注〕第六条にある。しかしながら、この「居住の安定確保」の対象者は限定されている。/すなわち「低所得者、被災者、高齢者、子どもを育成する家庭その他住宅の確保に特に配慮を要する者」(住宅確保要配慮者)についてのみ、「居住の安定の確保を図る」ということになっている。若者は最初からこの住宅確保要配慮者の大将に入っていないのである〉〈若者の単身者は公営住宅に応募すらできない現状にあり、高齢者や子育て世代への住宅供給は存在しても(現実には極めて不十分であるが)、若者単身者への住宅供給は法律には盛り込まれていない〉(坂庭p.67)

 坂庭はなぜ若年単身者が入っていないのかという理由に考察をすすめ、「若いヤツは民間で全部おk」という国の認識が横たわっていることを批判する。

 さらに、この住生活基本法にもとづいてつくられた国の計画を紹介し、そのなかで若年者はどう位置づけられているか、そして最近できた「住宅セーフティネット法」では若年単身者はどう扱われているかをみていく。
 そして最後に坂庭の提言が載せられている。

 坂庭論文は単に若年者が現行の住宅法制から排除されていることを明らかにしただけではない。
 今の法律や国の計画のなかに、「足がかり」はないか、検討を加えている点が参考になるのだ。
 ぼくは住宅セーフティネット法が住宅確保要配慮者にたいして〈賃貸住宅の供給の促進を図る〉と記し、政府だけでなく自治体に対しても地域住宅計画にこの〈促進に関し必要な事項を記載するよう務めなければならない〉としている点に注目した。坂庭も〈努力義務の規定で不十分であるが、地方自治体の地域住宅計画への記載を謳っていることは足掛かりとなる〉としている。

 もちろん、前述のとおり、住宅確保要配慮者には若年単身者とは書かれていない。しかしそこには「低所得者」や「失業者」が入っている(失業者は、住宅セーフティネット法において〈家賃を負担するために必要な収入が十分にないこと等の民間賃貸住宅市場において適切な規模、構造等の賃貸住宅を確保することを困難にする特別の事情を有する者〉として具体的に列挙されている)。

 国会議事録の検索をかけてみたが住生活基本法で「低額所得者」が立法時にどう定義づけられているのかはわからなかった。
 いきなり若者全体を住宅確保要配慮者にすることはできないし、また適当でもないと思うが、不安定な非正規の若年者をここに位置づけることをまずはじめることはできるのではないかと思った。
 坂庭は〈「賃貸住宅の確保を困難にする特別の事情を有する者」に、低所得の若者(単身者)を明確に入れるべきである〉(坂庭p.73)として明文化を求めているが、それ以前にも自治体の「居住支援協議会」や議会質問、陳情・請願の場などで要求していけるものだと感じた。

 坂庭の提言には、まず公営住宅の活用がのべられていて、そのカナメを「目的外使用」にしている。今回、非正規切りのさいに活用されたアレである。冒頭に述べた通り、公営住宅法では使い道が制限されているのだが、今回の事態で突破した自治体が少なくない。これをさらに非正規一般に拡大することができるはずである。




ルームシェアのこと



 それから坂庭の提言には「公団住宅(現・機構住宅)、公社賃貸住宅の若者向け活用」が述べられている。
 これは若年者のハウスシェアリング(2人以上で一緒に住むこと)が想定されていて、URではすでに実施されている(09年1月現在)。
http://sumai.ur-net.go.jp/Sumai/ArrNormal/90/Systems/Index.html

 どうも独り身のお年寄りを想定したようなのだが、申し込みは若年層に集中している状況のようだ。
http://www.gakugei-pub.jp/kobe/g_kin/35hon.htm

 おりしも、「はてな匿名ダイアリー」では次のようなエントリーが話題になった。

ルームシェア良いよ。 − はてな匿名ダイアリー
http://anond.hatelabo.jp/20090104094203

 実は本書でも第2章の丁論文はシェア研究である。
 丁論文ではルームシェア、ハウスシェア、ゲストハウス、ミングルという4つの形態を紹介している。ルームシェア・ハウスシェアというのは2人以上で部屋や住宅を借りることで、ゲストハウスというのは、まあ管理者のいる、小さな寮みたいなもんである。ミングルはフロ・トイレ・キッチンだけが共同で部屋だけがカギつきの個室のような形態だ。

 丁論文ではいくつかの事例が紹介されていて、これが面白い。

〈事例2 好立地でクリエイティブな同居人男性三人の生活 東急東横線自由が丘駅より徒歩一二分の場所に位置しており、三階建てマンションの一階でルームシェアが行なわれている。ワンルームマンションと同家賃でも、好立地で住環境が整っているクオリティの高いシェア居住がしたい男性三人が生活している。入居希望者の一人がウェブ上でルームメイト募集サイトを利用してシェア居住を積極的に楽しむ同居人を集めた。住宅の家賃は二〇万円でるが、部屋の間取りと広さに応じて家賃負担は異なる。……〉

 掃除はどうしているか、帰宅時間はどうか、などがそのあとに続く。
 「ルームシェア良いよ。」にも書かれているし、丁論文にも7つのメリットが書かれているのだが、ぼくが思うに最大のメリットはやはり都心などに家賃の制約をこえて住めることだろう。仕事や生活に便利なのだ。

 



健康で文化的な住生活を送ってますか?



 さて、話が脱線したのだが、坂庭論文でもう一つ注目したのが、国が定めている「最低居住面積」の記述である。「健康で文化的な住生活の基礎として必要不可欠な住宅の面積に関する水準」である。
 この話は以前、当サイトでも扱ったのだが、本書はよりくわしい。

 さて、「健康で文化的な住生活の基礎として必要不可欠な住宅の面積に関する水準」ってどれくらいだとみなさんは思うだろうか?

 〈若年単身者の場合、二五㎡は住戸専用面積のことで、これには便所、浴室、収納スペース等を含み、居住室(寝室及び食事室兼台所)面積は15㎡(畳数で九畳)である。つまり四畳半の寝室と四畳半のダイニングキッチン(DK)、そして便所、浴室、収納スペースがある住宅ということである〉(坂庭p.69)

 さらに、「誘導居住面積水準」についても定めがある。政府として「あるべき住空間」をこう考えているという数字だ。

〈つまり当面の望ましい住宅の面積水準ということであるが、「都市居住型」(都心とその周辺での共同居住を想定)の場合、若者単身者で四〇㎡(住戸専用面積)である。居住面積は二五㎡(畳数で一五畳)と算定されるので、六畳の個室と九畳のLDKのある住宅が若年単身者の誘導居住面積である〉(坂庭p.69〜70)

 ため息のでるような数字であるが、若年単身者の住まいを「民間市場まかせ」にしている現状ではこの水準はまったく確保できていないことは明らかである。
 したがって、この国が考えている「健康で文化的な住生活の基礎として必要不可欠な住宅の面積に関する水準」をテコにして、自治体や政府に住宅の供給や対策を迫るということができるのだ。

 これから多くの人が言うように右肩上がりの経済がのぞめず、したがって年功序列的な「賃金の階段」が十分に形成できないのであれば、正社員でも非正社員でも、とりあえず「健康で文化的な最低限度」の生活が営める最低生計費は確保するという賃金体系(しかし階段状ではなくフラットに近い体系)を考えてみよう。
 しかし子どもが大学にいったりして人生のステージが上がったり変わったりしたときに、平坦な賃金体系では対応できない。そこで対応できるように公的な支援を充実させていく必要がある。あるいはこれまで賃金に含まれていたものを公的な支援によって解決するのである。
 たとえば国立大の学費を無料にしたり、保育園の保育料を安くしたり、とかいうことである。その中の一つとして非正規雇用の労働者には公的な住宅手当か家賃補助、もしくは公営住宅の建設という形で新たな対応をしていく必要があるだろう。自治体や政府の対応は時代にあっていないのだ、ということを主張していくべきだ。







『若者たちに「住まい」を! 格差社会の住宅問題』
日本住宅会議編
岩波ブックレットNo.744
2009.1.18感想記
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