不破哲三『私の戦後六〇年』



私の戦後六〇年 日本共産党議長の証言 「愛国」と「売国」という対立軸がある。

 ネット上にあふれかえる「プチ愛国」な言説は、「売国―愛国」の軸上に、「愛国」度の強い順として、社民党<共産党<公明党<民主党<<<自民党といった感じで、政党を配置する。

 この「愛国―売国」という軸自身が有効なのか、という根本的な疑問があることはまずおさえておかねばならない。しかし、その疑問をさしおけば、上記のネット上にころがっている「プチ愛国」な推察はまったくまちがっている。

 日本で最高度に愛国主義的・民族主義的な政党は日本共産党であり、最大限に売国的な政党は自由民主党であるといえる。まあ、こういう言い方は両党の支持者はいずれも嫌がるかもしれないが。


 自民党の最大の売国性はその対米従属にある。
 自民党とその支持者は、その点を現実政治の要請の角度から説明するであろう。それはそれでひとつの理屈だ。しかし、いま聞いていることはそこではなく、「愛国―売国」という角度なのだ。その角度を純粋にとりだし、「主権」という問題のみでアプローチをするなら、まちがいなく日本の戦後自民党政治の対米従属は売国の歴史であった。

 そればかりではない。

 対米従属は、アメリカにしたがっていさえすれば外交たれりとする風潮を生み出した。自民党政治は、アメリカにたいしてだけでなく、外交という機能を放棄してしまった。その結果、対北朝鮮外交においても、対ソ連外交においても、80年代において北朝鮮のいいなりになる「窓口外交」に堕し、ソ連の領土不法占領にも何もいえないという状態をつづけてきたのだ。

 不破がこの本で描いた戦後政治史は、対米のみならず、対朝や対ソにたいしてのこともふくめて、この問題を見事にえぐり出している。

 くり返すが、その描出が現実政治の要請に合っているかどうかはひとまずおくのである。「売国か愛国か」――この対立軸で問題を切ったとき、戦後の自民党政治は、対米従属を中心とした売国の歴史であった。現在ネット上にあふれかえる言説の多くは、この戦後政治の病巣の根幹である「対米従属」にはふれられないものがほとんどだ。もともとネット上のこうした「プチ愛国」の言説が、自民党流の「愛国」の流れ(たとえば石原慎太郎もその一人に位置付けてよいだろう)を発信源にしている。そのために、ネット上の「プチ愛国」言説は、外交にたいする「戦略」姿勢が自民党政治と実に奇妙な一致をみせるのである。

 すなわち、「毅然」と「親密」という軸でしか外交を語れなくなるという点だ。

 「韓国にもっとガツンといえ」
 「中国にヘコヘコしやがって」
 「○○国と仲よくすべきである(すべきでない)」

 彼・彼女らにとって、毅然とは強硬な態度でのぞむことであり、それ以外の態度というのは、卑屈になること(あるいはせいぜい親密=仲よくするということ)でしかない。外交にはこの二つしかないかのようだ。


 不破の本書のうち、第一二章「『北方領土』交渉はなぜうまくゆかないのか」は、この問題を考える上で重要な視座を提供している。

「外交のやり方としては、橋本首相のように、“指導者が仲よくなれば道がひらける”といって、エリツィン大統領と“親友”関係を築くことに熱中した人もいます。あるいは、“択捉、国後に公共施設をばらまけば返還に接近できる”といって、『ムネオ・ハウス』など、利権仕事に熱中した人もいます。/いまの小泉内閣は、どうも“プーチン大統領の来日さえ実現すれば、なんらかの前進がはかれるのではないか”と、大統領招致に全力投球のようです。しかし、領土問題はこんなやり方で打開できるものではないのです」(p.295)

「領土交渉を成功させるには、日本が、世界に通用する大義名分をはっきりさせることが、なによりも大事です。そこをしっかり握ってこそ、交渉の現場でも、論争に負けないで、わが方の立場を堂々と主張することができるし、必要な場合には、相手国の国民にも、日本の主張の正当性を訴え、国際政治の場で、多くの国ぐにの共感をえることもできます」(p.276〜277)

「なぜ、ソ連・ロシアとのいわゆる『北方領土』交渉は前進しないのか。/結論的にいうと、私はその最大の原因は、日本が、領土返還要求の大義を、相手のソ連・ロシアの政府と国民にたいしても、また国際社会と世界の世論にたいしても、明確に示しえないまま、この問題にあたってきた、ここに領土問題のゆきづまりの最大の原因があると、考えています」(p.276)

 日本はサンフランシスコ条約で千島放棄をうたってしまった。そこで日本政府は「択捉・国後は千島にあらず」という論立てをした。しかし、そもそも日本政府自身がサ条約の最初の解釈において、択捉・国後を「南千島」と呼んでしまっているし、国際的にみてもあれが千島ではないなどとは通用しないのだ。

 通用しない論立てでは、どこにも訴求しない。

 ソ連・ロシア側はいっこうに苦しくならないから、交渉はいきおい、親密さを演出しながらの妥協点のさぐりあいになってしまうのである。不破は最初の日ソの領土交渉の様子を交渉の当事者・松本俊一の著書(『モスクワにかける虹』)から描出しているが、読んでみると、不破同様「なんという無戦略な交渉だったのか」という驚きを禁じ得ない。


 不破はこの問題を江戸期の文献にあたることまでさかのぼって徹底して研究し、次のような論立てに到達した。

  1. 日本の戦後処理において連合国が合意した方針は、暴力や侵略で奪った土地を日本からとりあげる、というものだった(1943年のカイロ宣言)。
  2. 他方、やはりカイロ宣言では、戦勝国は日本に対して領土拡大はしない、という「領土不拡大」原則がうたわれた。
  3. 千島列島全体は、日本がロシアとの千島樺太交換条約(1875年)によって平和裏に取得した領土であり、侵略戦争や領土野心などで奪った土地ではない。
  4. ところが、1945年のヤルタ会談でスターリンはルーズベルトと交渉し、対日参戦の条件に「千島列島引き渡し」を要求し、実際に不法占領をおこなった。
  5. したがって、領土交渉では、スターリンの大国主義的な領土拡張主義を批判し、「領土不拡大」原則をふみはずした不公正な戦後処理をただす、という大義を明確にすべきである。
  6. 領土交渉の要求対象は、北海道の一部である歯舞・色丹はもちろん、択捉・国後にとどまらない、北千島までをふくめた千島列島全体とすることによって、逆に交渉は大義を獲得する。


 サ条約との関連や、政府答弁の変遷、各種の領土考察の詳論は不破の著作を読んでほしいのだが、いずれにせよ、スターリンの侵略を最大の是正点として相手に迫るという「戦略」、千島全体を要求することで大義を逆に得ることができるというのが、不破考察のポイントである。

 自民党政権が「北方領土」と奇妙な名前でこの問題を呼ぶのは、このポイントを無視した、まったくの無戦略だからだ。「千島」という言葉が使えないためである。さきほどもあげたが、松本の日ソ領土交渉は、なんと歯舞・色丹までを妥協点にして交渉を妥結しようというものであり、無戦略が売国を導くということをまざまざとしめしている。

 外交、とくに領土交渉においては、この大義の獲得が重要なのだ、というのが不破の結論である。「ナメられられないための」強硬な態度や、卑屈な妥協は、有害なだけだ。


 不破は、スターリンのさまざまな領土拡張主義がすでに世界各地では是正されてきたことを振り返りつつ、この章の結びでこう書いている。

「いま、スターリンの領土拡張主義の結果が、もっとも大きな形で残っているのが、千島列島のロシア領有なのです。それが、スターリンの大国主義、覇権主義にたいする、日本の側からの一言の批判もなしに、未解決の宿題として二一世紀に残されたのです」(p.296)

 ネット上でとくとくと「北方領土は……」などと愛国を気どって書いているむきがあるが、その手合いは、実はスターリンの無法を不問に付した最高度の売国行為を行っていることになる。

 千島全島返還ではなく、「北方領土返還」などという要求をかかげる者は、スターリンの手先である、とでもいえようか。


 問題の最初にたちかえってみて、不破のこの本を読むと、とにもかくにも、アメリカにたいして主権の立場からもっとも手厳しい批判をあびせ、北朝鮮やソ連とも死闘をくりひろげた政党は、日本では日本共産党しかないことがわかるだろう。ぼくもそれはその通りだろうと思う。その意味で――くり返すが、この評価基準がいいものかどうか別にして――日本でもっとも愛国的、民族的な政党は日本共産党だといえるのである。



〔補足〕
 これを書いたあと、「論座」2005年11月号の「今月の5冊」のコーナーに新右翼(一水会)の鈴木邦男が本書への感想を寄せているのを読んだ。
 「この本を読んで日本共産党に対する見方が変わった。日本で最も愛国的な政党かもしれない」「又、アメリカ、ロシア、中国、北朝鮮に対しても一番毅然としている」「北方領土返還運動でも一番の正論は共産党だ。『北方領土返還!』と街宣車に大書きしている右翼でも、歯舞、色丹、国後、択捉の4島返還だ。共産党は、さらに北千島を。千島全島返還だ!と言う」。
 なかなかワロス。(05.10.13追加)




不破哲三『私の戦後六〇年 日本共産党議長の証言』
新潮社
2005.9.13感想記
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